4章 8話 あと1勝

「《スカーレットキング》で、プレイヤーを攻撃!」


「……投了します」


「ありがとうございました!」


 きずなさんは、3回戦を危なげなく突破した。2回戦目は彼女のメンタルに思わぬダメージを与えたようだが、試合自体は早めに終わった事もあって、十分休息は取れたようでよかった。

 改めて、彼女の集中力は大したものだ。

 初戦こそ緊張してプレイミスをしてしまったが、その後はミスも無く丁寧にプレイしている。このまま行けば、きっと問題無く優勝できるだろう。

 さて、そろそろ俺も受付にエントリーしに行かないといけない。

 ヒナタさんは妹さんが負けるのを見届けてから、先に受付に行ってしまった。よっぴーは物販に並びに行ってそのまま帰ってきてないが、まぁあいつの事は放っておいていいや。一人で行こう。

 ビギナークラスとブロンズクラスの参加者もほとんどが敗退し、どんどん人が減って対戦席が空いてきている。彼らが終わったら、今度は俺達の番だ。きずなさんが頑張って優勝してくれても、俺が負けてしまっては意味が無い。と言うか、ビギナークラスの彼女よりゴールドクラスの俺の方が遥かに難易度が高いから、そっちの方が問題だ。


「はい、ゴールドクラスのジェットさんですね。12時から試合開始ですので、それまでに集まってください」


 「はい」


 シルバークラスとゴールドクラスの参加者の受付は参加者で溢れかえって行列になっていて、受付を済ませるだけで15分ほどかかってしまった。もうきずなさんの4回戦は始まってしまっているだろう。急いで戻らないと。

 走って対戦席の方に戻ろうとした時、突然声をかけられた。


 「やあ。姫珠菜さんの調子はどうだい?」


 「真田さん……!」


 真田さんだった。相変わらずド派手な真っ白なスーツを着ていて、とてつもなく目立っていた。

 

 「なんでそんな事知りたがるんですか?」


 急いでいるし、この人の事は大嫌いなので、トゲトゲしく答える。


 「婚約者の様子が気になるのは当然だろう?」


 「は? 婚約者……?」


 きずなさんとの結婚の話は無くなったんじゃなかったのか?

 訝しげな顔をしていると、真田さんはバカにしたような顔で笑う。


 「君をスカウトする代わりに結婚するという約束は反故になったけど、まだ婚約者である事に変わりはないからね。……彼女のご両親だって、そのつもりのようだしね」


 きずなさんの両親の事を持ち出されると、俺にはどうしようもない。

 忌々しいと思いながらも、一応答える。


 「……彼女は、勝ってますよ。次は4回戦です」


 「あのお嬢様がそんなに勝てるなんて、すごいな。さすがの豪運だ」


 「……運だけじゃありません。彼女は、必死に練習して強くなったんですから」


 きずなさんの頑張りを、運だけだと馬鹿にされたみたいで、腹が立った。

 だが、彼はそんな事には興味無さそうだった。


 「ああ、そう。ところで、何回勝てば優勝なんだっけ?」


 「……ビギナークラスは5回戦です。あと2勝で優勝ですよ」


 プロチームのオーナーが、まさかそんな事も知らないなんて。俺はさすがに驚きを隠せなかった。


 「ふーん……。まぁ、君もせいぜいがんばりたまえよ。……二人とも優勝なんて、無理だとは思うけどね」


 そんな風に嫌味を言って手を振って去って行った。

 本当に感じの悪い人だな。あの人のチームに入れたとしても、やっていけるのかどうか不安だ。試合に出させてもらえないとか、そういう陰湿ないじめを受けそう。

 そんな事を考えてため息をついていると、また別の人間に話しかけられた。


 「ジェットさん、オーナーと知り合いだったんですね」


 マッキーだった。確かに彼にとっては、自分のチームのオーナーという事になるのか。


 「まぁね……」


 ため息交じりに答えた。正直、あんまり知り合いたくない類の人だがな。

 なんであの人がきずなさんの婚約者で、プロチームのオーナーなんだろうな。まったく。

 できるなら一生関わり合いになりたくなかった人だが、そういう意味ではきずなさんの方が大変だろう。あんなのと結婚させられそうになっているんだから。

 

 さて、その彼女だ。俺はマッキーと一緒に対戦席の近くに戻ってきた。

 席の方を見ると、きずなさんの対戦が終わっていて、絢子さんと楽しそうに何やら話していた。あの様子なら、たぶん……。

 彼女はこちらに気づくと、立ち上がってブンブン手を振って来た。


 「翔太君! やりましたよ! 決勝進出しました!」


 やっぱりそうだったか。こちらも大きな声を出して手を振って答える。


 「おお、すごい! あと1勝です! 頑張ってください!」

 

 相手が格下とは言え、きずなさんにとって初めての大きな大会なのだ。その大会で決勝進出なんて、純粋に素晴らしい戦績だと思う。そして、あと1勝。あと1勝で優勝だ。


 「うるせぇよ」

 

 興奮する俺の横を、目つきの鋭い、ガラの悪そうな男がぼそりと呟いて通って行った。

 なんだ今の男?

 男はきずなさんの前まで来ると、

 

 「あんた、音野姫珠菜か?」


 え、なんできずなさんの本名を知ってるんだ? 音楽関係者とか? 


 「え? あ、はい」


 「ふん……」


 そして、男はきずなさんの前の席に座った。

 ……まさか、あの男が彼女の決勝戦の相手なのか?

 困惑している所に、マッキーが驚いた声を上げた。


 「あの人……!」


 「え、知っている人?」


 「……前、お話しましたよね。僕たちの知り合いに、大会で不正をしてランク9からランク0に落とされた人がいるって。……彼が、そうなんです」


 じゃあ、あの人の実力は実質ランク9って事か……!?

 そんな人が、きずなさんの決勝の相手だっていうのか!?

 きずなさんにとって、初めての、運命の決勝戦が始まる。

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