1章 4話 今、何でもするって

 「《白銀獅子 シルバーレオン》を出して、プレイヤーに攻撃! これで俺の勝ちだ!」


 「……参りました」


 対戦相手が悔しそうに顔を歪め、頭を下げて負けを認めた。

 俺は対戦席から立ちあがり、観客席に向って吠えた。


 「やった! 俺が、優勝だ! プロだ!」


 しかし観客席はしーんと静まり帰っていた。

 誰一人として、俺の優勝を喜んでいる人間はいなかった。みんながみんな、俺を軽蔑したような目で睨んでいる。


 「……なんだよ! なんで、みんなそんな目で俺を見るんだよ! 俺が、勝ったんだぞ!」


 「カッテナイ! オマエハ、マケタ!!」


 背後から、人の物とは思えないような声が突然聞こえてきた。

 ビクッとして振り返ると、対戦席に置きっぱなしになっていたカード達が、ガタガタと動き出した。


 「ひえっ!?」


 「オマエ……オレヲ……ウラギッタ」


 俺の相棒、《シルバーレオン》。


 「オマエノセイデマケタ!!」


 「シネ! シネ! シネ! シネ!」


 《星詠み人》、《リュウジン》、《キリン》。


 みんな、俺のデッキのカード達だ。大事な、仲間たちだ。

 カード達は、いつの間にか一枚一枚が人間と同じぐらいのサイズになって、こちらにじりじりと迫ってきていた。


 「や、やめろ! 俺が、悪かった!」


 カード達は俺にのしかかってきて、俺は大量のカードの下敷きになる。

 苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。


 「うわああああああああああああああああああああああああ!!」


 ……………。

 …………………。

 ……………………。


 あれ?

 気が付くと、いつの間にか自分のいる場所は大会の会場では無くなっていた。

 白いシーツに布団。白くてちょっと薬っぽい匂いのする部屋。

 どう見ても、病院だった。


 「……知らない天井だ」


 改めて天井を見て、病院に運ばれたら人生で一度言ってみたかったセリフを言ってみた。

 しかし、なんて夢だ。自分のカード達に襲われるなんて。

 ふと枕元を見ると、俺のリュックと、中身のデッキケースが置かれていた。

 慌ててデッキケースを開いて中身のカードをベットの上に広げて一枚一枚確認したが、特に問題は無かった。


 「はぁ……良かった」


 夢とは言え、自分のカードに襲われるなんて気分がいいわけない。

 再びデッキケースに戻し、もうお前たちを裏切ったりしないぞという思いを込めてぎゅっと胸に抱きしめた。


 「おや。お目覚めでございますか?」


 そんな恥ずかしい場面に突然現れたのは、メイド服を着た、小さな女の子だった。俺が慌てて抱きしめていたデッキケースを布団の中に隠しているのをじっと見ていたが、にこりともせず、ロボットのように無表情だった。

 愛想の無い子だなぁ……。

 しかしその無表情には、見覚えがあった。


 「君は……」


 気を失う前、この顔を見た気がする。

 改めてみると、ものすごく小さい。小学生……いや、中学生ぐらいだろうか。

 彼女はぺこりと頭を下げた。


「瀬乃絢子(せのじゅんこ)と申します。絢子とお呼びください」


「……背の順?」


 俺がそんな事を言うと、彼女は無表情をまったく崩そうとせず顔を近づけてきた。無表情だけど顔自体は整っているからちょっとドキドキする。

 だが、一体どこから取り出したのか、彼女の右手には食器のナイフが握られていた。そして、ゆっくりとそれを俺の首筋に当ててきた。


 ……えっ。ちょ。別の意味でドキドキしてきたんだけど!?


 俺が青い顔をしていると、彼女は無表情をまったく崩さず、淡々と、


 「瀬乃 絢子です。『子』を付けるのを忘れないようにしてくださいませ。そして、『瀬乃絢子さんは背の順だといつも前だね!』などと絶対におっしゃることの無いようにしてください。もしそのような事をおっしゃられたら……」


 ピュンッと彼女はナイフを壁に向けて投擲した。ナイフはそのまま壁にグサッと突き刺さり、側ににあった花瓶に飾られていた花が一房、茎から綺麗に切り取られて床に落ちた。

 これがお前の未来の姿だと言わんばかりに。


 ……まじこえええええ!!


 っていうかそんな事言ってねぇ!!


 恐怖の余り、もげるかもしれないぐらいの強さでブンブンと首を横に振る。


 「言いません! 言いませんとも!!」


 「ならばよろしいのです」


 彼女は無表情をまったく崩さず、俺から離れて壁に刺さっていたナイフを引き抜いて、服の中にしまった。


 「えっと……瀬乃さん」


 「はい。瀬乃絢子でございます」


 名前がコンプレックスなら連呼する必要は無いと思うよ?


 「あなたが、俺を助けてくれたんですか?」


 「はい。お嬢様の命の恩人を目の前でむざむざ死なせるわけにはいきませんでしたから」


 そのお嬢様の命の恩人にナイフを突きつけて脅した人間がいた気がするが。

 だが、その事には触れず素直にお礼は言っておく。


 「そうですか……ありがとうございます」


 「それはこちらのセリフでございます」


 絢子さんは無表情をほんの少し崩して、神妙な顔をしながら俺に向って頭を深々と下げた。


 「絢子があの時……お嬢様のお傍にいられなかったばかりに、あんな事になるなんて……不甲斐ない限りでございます」

 俺が何かを言おうとした時、


 「いいえ、ジュンのせいではないわ」


 女性がドアを開けて入ってきた。その女性を見て絢子さんは慌てた声を出した。


 「お嬢様! まだ動いてはいけません!」


 「ジュン。私は大丈夫よ」


 この人がどうやら、俺が助けた絢子さんのお嬢様のようだ。

 遠目からと、びしょぬれの姿しか見た事が無かったから、驚いた。

 長い髪はまるで夜空のように黒く、美しい。年は俺より3つか4つぐらい上だろうか。見た目も物腰も気品にあふれていて、しかも物凄く美人だ。

 お嬢様と言われるだけはある。広い庭で紅茶とか飲んで、大きな犬と戯れてそうだ。勝手なイメージだけど。

 彼女は傍まで近寄ってくると、ぽかんと見惚れていた俺の手を取った。細く繊細な指にどきまぎしてしまって顔が一気に赤くなるのを感じる。

 そんな俺の心情を知ってか知らずか、潤んだ瞳でこちらをじっとみつめてきた。


 「音野姫珠菜(おとのきずな)と申します。この度は、私の命を救っていただき、本当にありがとうございました」


 「あ、えっと……飛田翔太(とびたしょうた)です」


 「翔太様。あなたはご自分の身も顧みず、お嬢様を助けてくださいました。何度感謝しても足りません」


 絢子さんも、再び頭を下げてきた。

 そんなにお礼言われても正直困ってしまう。

 俺にはそんな事を言われるような資格は無いのだ。


 「お礼は何でもおっしゃってください。私にできることなら、何でもさせていただきます」


 ん? 今何でもするって言った?

 そう言われて、ついつい包容力がありそうな大きな胸に目が行ってしまう。

 こういう時、男が要求することなんてだいたい決まっているよなー。命の恩人だものなー。いやー人助けはしておくもんだなー。

 俺がいかがわしい妄想に浸っていると、絢子さんが『エロいこと要求したりしたらわかってるんだろうな? あ?』という目でこちらを睨んできていた。無表情なのに子猫を守ろうとする親猫みたいに目が鋭く光っていて滅茶苦茶恐い。

 ……いやいやいや。俺としては音野さんにそんな事言わせてしまって、罪悪感でおっぱいだ。間違えた。いっぱいだ。

 慌ててぶんぶん首を横に振る。


 「い、いや、そんな。俺なんかにお礼なんか言わなくていいですよ。たまたまあそこの橋で死にてー飛び降りようかなーなんて思ってたけど恐くてできなくて、それでたまたま音野さんが溺れた所に居合わせただけですから!」


 「え? 飛び降りる?」


 あ。

 まずい。勢いで余計な事まで言ってしまった。

 青くなっている俺を、問い詰めるように2人はじっと見つめてきた。


 「飛び降りるってどういう事ですか?」

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