1章 5話 プロゲーマー

 なんとか誤魔化そうと思ったのだが、音野さんの戸惑ったような視線と絢子さんのじっとりとした問い詰めるような視線を浴びて思わず全て話してしまった。

 話を聞き終えたお嬢様はまだ戸惑っていた。


 「カードゲームって……花札とか、トランプのことでしょうか?」

 

 「お嬢様。翔太さんのおっしゃっているカードゲームとは、TCG。つまりトレーディングカードゲームのことでございます」


 「とれーでぃんぐかーどげーむ?」


 どうやら音野さんはTCG自体を知らなかったようだ。可愛らしく首を傾げている。


 「2人のプレイヤーが、それぞれ自分の持っているカードの中から自由に組み合わせた『デッキ』と呼ばれるカードの束を持ち寄って対戦を行うゲームのことでございます」


 音野さんは絢子さんの説明を聞いて、ようやく意味が理解できたらしい。


 「え、ええ? その程度のことで? ……だって、カードゲームって、たかが遊びでしょう? それに負けたからって……」


 「違います! 違うんです!!」


 思わず叫んでいた。俺にとっては、遊びであっても、ただの遊びではない


 「俺にとって、カードゲームは……『レジェンドヒーローTCG』は、遊びだけど、遊びじゃないんです! ……あの大会で、最後の試合で勝っていれば、俺はプロになれていたんです!」


 「ぷ、ぷろ? ゲームで?」


 この人の中で、ゲームと、プロという単語がうまく結びついていないようだ。

 たしかに、一般人からすればプロと言えば野球やサッカーといったスポーツ、あるいは将棋や囲碁などの伝統ある競技の物を想像するだろう。

 だが、他のカードゲームでも昔から企業と契約したプロというものは存在するし、最近はテレビゲームやスマホゲーム、いわゆるeスポーツのプロ制度だってある。


 「俺は勉強もできなくて、スポーツもできなくて……大学受験も失敗して、もう俺にはカードゲームだけしかなかったんです。他の人から見れば、くだらないような事だと思うけど……俺にとっては、全てだったんです。カードゲームをやったことない人にはわからないと思いますけど……夢だったんです。カードゲームで、プロになることが。そして、あと一歩でプロになれる所だった。……でも、俺はそんなチャンスを目の前にして、負けてしまった……自分が許せなかったんですよ。もう、どうする事もできないんですよ。帰る家も無いし、お金も無い。死にたくなっても、仕方ないでしょう?」


 「……家も、お金も?」


 「ええ。俺に残っているのは、もうこのデッキだけです」


 俺は布団の中に隠していたデッキケースを取り出し、両手でぎゅっと握りしめた。

 音野さんは、しばらくじっとそんな俺の様子を見ていた。


 「……あの、ご両親は?」


 「2人とも海外で暮らしています。俺の事は基本的に放置で、高校卒業まで仕送りはしてくれる約束だったんですが、先日無事卒業したのでもう援助は受けられません」


 両親は昔から俺の事には無関心だ。勉強をしろと言われたことすら無い。

 高校に入学する頃に2人は海外に行く事が決まったが『卒業まで金は出すから、その後は勝手にしろ』と言ってそれっきりだ。


 「……あなたは、これからどうするおつもりなんですか?」


 「…………」


 俺は何も言わなかった。どうすればいいかなんて、わからない。俺にはもう何も無い。


 「……カードゲームでプロになること、夢だったんですよね? 諦めてしまうんですか?」


 「……!」


 確かに、夢だ。でも、もう無理だ。

 じっと黙っていると、音野さんは続けて尋ねてきた。


 「まだ、プロになりたいと思いますか?」


 「なれるものなら、なりたいですよ。でも、もう無理ですよ。それとも、あなたの力で俺をプロにしてくれるんですか? 何でもするって、言いましたもんね?」


 イライラして、つい言葉を荒げてしまった。

 だが、音野さんは怒らなかった。代わりに、絢子さんと目配せをした。


 「ジュン」


 「はい。お嬢様」


 呼ばれた絢子さんは、どこからともなく大きな白い袋を取り出した。

 サンタさんが子供たちに配るプレゼントを入れておくような、とても大きな物だ。まるで、人が一人入ってもおかしくなさそうなサイズの。


 「動かないでくださいませ」


 そう言うと絢子さんは、俺を抱きかかえた。小さな体なのに、とんでもない力だ。


 「え、ちょ!? 音野さん!? 絢子さん!?」


 「暴れると舌を噛むでございますよ」


 そのまま袋の中にぽいっと押し込まれて、袋の口を閉じられてしまった。

 狭いし、何も見えないんだが!?

 そのまま持ち上げられると、どこかに移動し始めた。

 どこへ連れていく気なんだ!?

 俺は袋の中で手足をバタバタさせて叫んだ。


 「出せー!! 人さらい!! ロリメイド!!」


 ゴンッ!! 

 いてぇぇぇぇ!! 頭を思いっきりどこかにぶつけられた。何も見えないので状況がよくわからないが、おそらく袋ごと俺を壁にぶつけたんじゃないだろうか。


 「ダメですよ。身長のことはジュンも気にしているんですから」


 「気にしてなどいないでございますが?」


 そんな事を言いながら、絢子さんは歩きながら俺を壁にべしべしぶつけてくる。


 「大人しくしてくださいませ。暴れると手元が狂って誤ってどこかにぶつけてしまうでございます」


 いや、絶対わざとだろ。ぶつかった所が滅茶苦茶痛い。


 「あ、先生。飛田さんはお預かりさせていただきます。大丈夫です。責任は私が持ちますので」


 「か、かしこまりました」


 本当に人さらいみたいな事を言い出した。先生もあっさりスルーしてしまったらしく、解放される見込みはなさそうだ。

 そのまましばらく運ばれたかと思うと、ドンッと乱暴にどこかに投げ込まれた。そしてエンジン音が鳴りだした。おそらく、車に乗せられたんだろう。

 なんとかして袋から出ようとしたが、袋の口は紐か何かでしっかり閉じられていて、どう頑張っても中からは開けられそうになかった。


 「……あのーそろそろ出してくれませんか?」


 「ダメです」「ダメでございます」


 2人に仲良く拒否されてしまった。ちくしょう。

 俺は袋の中で不自由な体勢からなんとかポケットからスマホを取り出した。海に落ちた時からずっとポケットに入っていたのにしっかり生きていた。さすが天下の林檎製品だ。 

 地図アプリを開いて現在地を確認すると、車は都心に向かって走っていた。

 そのまま数十分間車に揺られ、停まった所を見てさすがに驚いた。有名な芸能人や社長が住んでいる事で有名な、超高級な商業施設。某ヒルズだ。その中にあるマンションの中に入っていくと、ふわっとした無重力感を一瞬味わった。どうやらエレベーターに乗ったようだ。

 そして、しばらくして。


 ドスッ!!


 「いってぇ!」


 どうやら、床に落とされたようだ。思いっきり腰を打ってしまった。

 俺が痛めた腰をさすっていると、袋の口が開けられて、ロリメイドがこちらを覗いていた。


 「大丈夫でございますか?」


 「……おかげさまで」

 

 なんとか袋から這い出て周りをキョロキョロ見回したが、


 「えーっと……ここは?」


 ちょっとしたダンスパーティが開けそうな大きなリビングだった。大きなソファがいくつも並び、テーブルやテレビもサイズが一般家庭に置いてある物とはかけ離れたサイズだ。

 部屋の中には螺旋階段があって上の階に上がれそうだし、ドアがいくつもあってまだまだ部屋がいっぱいあるようだ。俺が住んでいた六畳一間のアパートが犬小屋に見えるレベルだ。

 そして、壁にある大きな窓の外を見ると、ビルがいくつも見えた。遠くにはスカイツリーらしき物もある。どうやらビルのかなり上の方の階のようだ。おそらく30階か40階ぐらいの高さだろうか。下を見ると滅茶苦茶恐い。


 「私の家です」


 音野さんがそう言ってきて、さすがに目を剥いた。どこかのベンチャー企業の社長の別荘か何かかと思ったが、こんな若い女の人の家だとは。


 「ここに住んでいるのは、私とジュンの二人だけです。そして、今日からあなたもここで生活してください」


 ……は? 

 何かの冗談かと思って音野さんの顔を見たが、彼女は真剣そのものの顔だ。冗談を言っているようには見えない。


 「…・・・・どういう、ことですか?」


 ここに、俺が、この二人と暮らす?

 まるで意味がわからない。そんな事に何の意味があるというんだ。


「あなたは、プロになりたいと言いましたよね? 私の力で、プロにしてくれと」


「……え、ええ」


 言ったが、そんな事できるわけが無い。それとも、この人のお金持ちパワーでどうにかできるとでも言うのか?

 だが、音野さんはさらにとんでもない事を言ってきた。


 「あなたに、私の一年間を差し上げます。その1年間で、プロになってください。私は、可能な限りあなたのサポートをします」


 「は?」


 一年間? サポートする?


 「あなたは私の命の恩人です。だから、今のあなたを放っておくことはできません。……私はあなたに夢を叶えてもらいたいんです」


 「……なんで、そこまで」


 なんで、俺なんかにそこまでしてくれるんだ。


 「私が、そうしたいんです」


 詳しい理由について彼女は語ろうとしなかった。


 「……あなた達にとっては『ただの遊び』じゃないんですか? ばかばかしいと思わないんですか?」


 「あなたにとっては『ただの遊び』では無いんでしょう? とても……とても大事な夢なんですよね?」


 ……そうだ。俺にとっては、たった一つの、大事な夢だ。

 でも……俺は……もう一度、プロを目指す事ができるんだろうか。

 あんな不甲斐ない負け方をして、一度は全てを諦めた俺が。


 「無理ですよ……俺なんて」


 実際、プロ直前まで行けたのは奇跡に近い。

 『レジェンドヒーロー大戦TCG』には、プレイヤークラスという物が存在する。

 要するに、プレイヤーの実力がどの程度か測るレベルだ。

 ランクは0から10まであり、大会に勝ち進んでいくと少しずつ上がっていく。プロに選ばれた人たちはみんなランク10。一方の俺は、ランク7。大会で良いところまで行くが、優勝には程遠くて、ほんの少しだけ強い。そんな位置だ。

 ではなぜ俺が全国大会で決勝まで勝ち進み、プロ手前まで行けたかと言えば、カードゲームには、将棋や囲碁には無い、運の要素が強く影響するからだ。

 たとえ力が足りないプレイヤーでも、滅茶苦茶運が良ければ、大会で勝ち進める事ができる可能性がある。

 あの日の俺は、相当ついていた。おかげで、俺の腕以上のプレイができていた。

 安定して勝てるようになるには、もっと練習し、もっと勉強して強くなるしかない。


 「俺に、できるかな……」


 弱気になって、下を向いたが、ふいに体が温かい物に包まれた。気づくと音野さんに優しく抱きしめられていた。


 「あなたなら、きっとできる。自分を信じて」


 そう言って、俺の頭を優しくなでてくれた。

 なんて、優しく、やわらかく、温かいんだ。

 またしても、天国にいるようだ。不安が吹き飛んでいく。

 後ろで絢子さんも、無表情だが『やれやれ仕方ないな』と首を振って俺を見ていた。

 そんなこんなで、俺とお嬢様とメイドのTCG生活が始まったわけだ。

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