2章 1話 TCG同棲生活スタート
「この部屋、自由に使ってくださいね」
「……ありがとうございます」
リビングから螺旋階段を登り、上の階にあがった先にはさらに部屋がいくつもあって、俺はその中の部屋の一つに案内された。
それにしても一体何部屋あるんだ。ここの家賃はいくらなのかと考えただけでもぞっとする。
中はベッドとタンスと机が置いてあるだけのシンプルな部屋だったが、俺からすれば十分快適に過ごせそうだった。
でも音野さんは申し訳なさそうに、
「狭い部屋でごめんなさい。他の部屋は物で埋まっちゃってて……」
「い、いえ……」
これが狭い部屋……なのか?
この部屋だけで俺が最近まで暮らしていたボロアパートの一部屋分ぐらいの広さはあるんだが。
しかも荷物なんてほとんど無いから余計に広く感じる。
「隣がジュンの部屋で、奥が私の部屋だから、何かあったら遠慮無く言ってくださいね。……そろそろご飯にしましょうか? 翔太さんは何が食べたいですか?」
「俺は、何でもいいですよ」
他人の家に世話になって好き嫌いを言うほど図々しくはないのでそう言った。
だが、音野さんはちょっと頬を膨らませて、たしなめる様に、
「何でもっていうのが一番困るんですよ?」
「す、すみません」
「それに、何も遠慮する必要はありませんよ? 一年間、同じ屋根の下で暮らすんですから。ここは自分の家だと思ってください」
「……肉が食べたいです」
観念した俺が遠慮がちにそう言うと、音野さんはにっこり笑った。
『よくできました』と幼稚園の先生が子供を褒める時のような、とても優しい笑顔だった。
「じゃあ、ハンバーグにしましょうか。……ジュン。ハンバーグをお願い」
「かしこまりました。絢子のとっておきのハンバーグを食らうでございます」
メイドらしく、料理は絢子さんの担当らしい。
彼女は腕まくりをすると、冷蔵庫の引き出しを開けてごそごそと探ったかと思うと、『高級ハンバーグ』と書かれた袋からハンバーグを取り出すと、お皿に乗せてそのまま電子レンジに入れた。
…………。
「って冷凍食品かい!」
思わず突っ込んでしまった。
いや、別に冷凍食品なんて一人暮らしでよくお世話になったから食べる分には別にいいし、食べさせてもらっている身で文句を言うつもりなんてまったく無いんだが……やっぱり期待しちゃうじゃない? こんな高級そうな家だし、メイドさんもいるし、たとえば手作りの超高級フランス料理のコースとか、そういうのが出てくるんじゃないかなーとか。
そんな俺の様子を察したのか、音野さんが申し訳なさそうに、
「ごめんね。私もジュンも料理できなくて……」
「え!? 絢子さん、メイドなのに料理できないの!?」
お嬢様である音野さんはできなくても仕方ない気がするが、メイドさんができないのは予想外だ。
だが、当の絢子さんはすました顔で、
「ええ、絢子は万能人型戦闘アンドロイドメイドでございますので。戦闘は得意ですが料理は苦手なのでございます」
「アンドロイド!?」
通りで喋り方も変わっているし、こんなに体は小さいのに力はあるし、おかしいと思ってたんだ! そりゃアンドロイドなら料理の味はわからないから苦手でも仕方ないかもしれないな!
「……ほんとに?」
「いいえ? 嘘でございますが?」
……だろうと思ったよ!
そんな事を言いながら絢子さんはハンバーグ、サラダ、ご飯などを次々とテーブルに並べていった。
全部出来合いの物とは言え、食卓に並ぶとやはりおいしそうだ。
そう言えば、家を出てから何も食べてない。ハンバーグのいい匂いを嗅いだら急速にお腹が空いてきた。
ごくり。と唾を飲む俺を見て音野さんは笑って、
「さぁ、食べましょうか」
と言って、3人共席に着いた。
「いつもは2人ですから、3人だとちょっと不思議な感じですね。……いただきます」
いただきます、とみんなで行儀よく挨拶して、肉を頬張り始めた。
「あ、おいしい」
冷凍食品とは思えないぐらい肉汁たっぷりでジューシーだ。
しかも口に入れた途端とろけるように柔らかくて、今まで食べたどんなハンバーグよりおいしかった。
「そうでございましょう。絢子が丹精込めたハンバーグですから」
「レンジで温めただけやろがい」
丹精込めた人はいるかもしれないが、それは間違いなくこのロリメイドではない。
俺が突っ込んだ瞬間、俺の目の前からハンバーグが消失した。
「そんな生意気な事を言う子にはお母ちゃんはお肉食べさせてあげないよでございます」
彼女の手にしたフォークに、俺の食べかけのハンバーグが突き刺さっている。何という早業だ。まるで見えなかったぞ。
「誰がお母ちゃんだ。……あ、ちょ。ホントに食べようとしないで!? ごめんなさい謝るので!」
おもわず俺は音野さんの方を見て助けを求ようとした。
「音野さん……」
「その呼び方」
「はい?」
だが、彼女は俺たちの会話を聞いていなかったようで、何やら難しい顔をしていた。
「これから一緒に生活するのに、『音野さん』というのは他人行儀すぎませんか?」
「え!?」
「私のことは、『姫珠菜』と呼び捨てにしていただいて構いませんよ?」
「お嬢様。さすがに最近まで高校生で、カードゲームオタクで仕事も学も無い、しかも童貞な翔太さんに、いきなり名前を呼び捨てさせるのはハードルが高いと思います」
おいこらそこのロリメイド。
全部本当の事とは言え、その言い方はないだろうが!
しかし音野さんは『なるほどそういうものなのですね』と納得したように頷いていた。辛い。
「では、きずなさんと呼んでください。……敬語で話すのも変ですよね?」
彼女はこほん、と可愛く咳ばらいをして、
「では……翔太君。これからよろしくね?」
「は、はい。よろしくお願いします。きずなさん」
「よふぉしくおふぇふぁいしますね。ふぉうたふぁん」
「あんたはハンバーグ返せ」
家で食事する時は、長い間一人きりだったので、3人での食事というのは楽しかった。
まだぎこちないけど、まるで家族の食卓のようだった。
1年間限定の家族だけど、俺にはとても温かく思えた。ちょっと前まで死にたい死にたいと言っていたのが嘘みたいだった。
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