4章 4話 決戦の時
ついに、この時が来てしまった。
『レジェンドヒーローTCG 1DAYトーナメント SPRING』。そう書かれた看板が道沿いにいくつも置かれている。
そう。ついに、俺がプロになれるかもしれない日。運命の1DAYトーナメントの日が来たのだ。
会場となった国際展示場の前には、朝早くだというのに既に多くの人が集まっていた。
「……こ、こんなおっきい会場で、カードゲームをするのね」
駅から数分歩き、巨大な会場が見えて来ると、きずなさんは既に会場の大きさと、人の多さに圧倒されていた。なんせ彼女にとっては初めての大きな大会だ。無理もない。
空は雲一つない晴天。まさに大会日和だ。大会自体は屋内でやるから雨が降ろうが嵐が来ようがあまり関係無いが。いや、道中で鞄に入っているデッキが濡れてしまうかもしれないから、やっぱり関係あるかも。いや、そもそも雨の日はちょっと憂鬱な気分になるから、メンタルに良くないかもしれない。でも、それならみんな条件は一緒だから……。
……自分でも何言っているのかわからなくなってきた。
「翔太、緊張してるのかー?」
「き、きききききき、きんちょうなんてししししししてないぞい」
よっぴーのからかうような口調に答えようとしたら、噛みまくった上にうわずった声が出てしまった。
「翔太さん。お水でございます」
さっと絢子さんがペットボトルを渡してくれた。さすがエレガンスメイドだ。気が利くぜ。
「き、きっと大丈夫だ。か、勝てるはずだ」
おかげで口調が若干マシになったかと思われたが、
「そそそそそそそ、そうよよよよよ。い、いっぱいれれれれ、練習したもののの。だ、大丈夫よよよよよ」
きずなさんにまで緊張がうつっていて、絢子さんとよっぴーは揃ってため息をついた。
「……二人とも、緊張するのはわかるけど、もうちょっと気楽に……」
ちなみによっぴーには事情を話してある。コイツはシルバークラスなので俺と直接当たる事は無いのが幸いだ。
「お嬢様も、お水でございます」
「ああ、ありがとう……」
きずなさんは500mlのペットボトルの一気飲みしていた。そんなに一気に飲んで大丈夫だろうか。試合中にお腹が痛くなったりしないといいけど。
「絢子ちゃん、俺も! 口移しで!」
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
絢子さんはちょっと前の落ち込み様はどこへやら、すっかり元気になっていてよっぴーといつもの漫才を見せてくれた。
思わず笑みがこぼれる。二人のおかげで少し落ち着く事ができた。きずなさんも、クスクス笑っていて、いつもの調子を取り戻したようだ。
ふと、トンッと背中に衝撃があった。絢子さんが、よっぴーから逃げ回って俺の後ろに隠れていたのだ。
「ほら、いつまで追いかけっこしてるんだ。行くぞ」
そう言ってよっぴーに声をかけると、後ろにいる絢子さんにこっそりと話しかけた。
「絢子さん、本当に大会に出なくていいの?」
「……ええ。お嬢様の護衛もしないといけませんし、今回は応援に徹するでございます」
本当は参加したかったんじゃないか? 本選は事前エントリーが必要だが、サイドイベントなんかは当日受付もしているから、そちらに出てもいいんじゃないだろうか。
そんな事を考えていたのだが、俺の言いたい事を察したのか、絢子さんは首を振った。
「次の機会には、必ず出場するつもりでございますから。……その時は、絢子とも特訓してくださいませ」
「ええ、もちろん」
絢子さんが、素直にカードゲームをやりたいと言えるようになった事は、とても喜ばしいことだ。今回は残念だが、彼女の実力はなかなかの物だから、次の大会が楽しみだ。
さて、駅から人の流れに逆らわずに付いていき、建物の入口にある受付にたどり着いた。
「はい、ルリアンさん。ビギナークラスですね。受付完了しました。9時に集まってください」
最初にビギナークラス、ブロンズクラスがスタートし、昼前ぐらいからシルバー、ゴールドクラスが始まるというスケジュールになっている。つまり、俺達の中ではきずなさんが一番最初に対戦する事になるのだ。
「今更ですけど、プレイヤーネームの『ルリアン』ってどういう意味なんですか?」
いい機会なので長い間疑問に思っていた事を聞いたら、きずなさんはちょっと顔を赤くなった。
「フランス語で『絆』って意味よ……。もう、ほんとは恥ずかしいんだから言わせないでよ」
恥ずかしがらなくても、なかなかきずなさんらしい、いい名前だと思うが。
さて、会場の中には大量の長机とパイプ椅子が並べられている。これが、俺達の対戦フィールドだ。
その他にも、スリーブやパックなどのグッズが売っている物販もあるし、軽食も販売している。
「俺は物販行ってくるわー。翔太達は何かいる?」
「《ライオンハート》のスリーブを頼む」
「あいよー」
「私は大丈夫」
「じゅんこもだいひょうぶでごふぁいまふ」
絢子さんはいつの間に買ったのやら、さっそくホットドッグを頬張っている。まぁ、この人は大会に参加しないからこういう所で楽しんでもらった方がいいんだが。
「せっかくですし、きずなさんも、何か食べます?」
「わ、私は……いい。今は喉を通ら無さそう」
まぁ、お腹がいっぱいになると眠くなって集中できなくなるから、食べすぎは良くないのだが、きずなさんは朝食も食べていなかったから、途中で倒れたりしないか、ちょっと心配だ。
「おージェット君やん」
「あ、ヒナタさん」
そんな時に、ヒナタさんが声を掛けて来た。彼が現れただけで周りがざわついている。さすがはプロだ。
「なんや、ジェット君もはよから来とったんやな」
俺やヒナタさんが出場するのはゴールドクラスだから、集合時間まではまだまだ時間があるのだ。
「ええ。応援に」
「おお、俺と同じやな。……デッキの調子はどうや?」
ヒナタさん流の挨拶とも言える質問に、俺はにやりと笑う。
「まぁ、見ていてくださいよ」
俺の顔を見て、彼も楽しそうに笑った。
「本選が楽しみやな。……ほな、またな」
……。
………。
…………。
「ビギナークラスの方は、集まってください」
いつの間にか、集合時間になったようだ。アナウンスがあり、ビギナークラスの参加者が続々と集まってきた。
「い、行ってくりゅ!」
「きずなさん待って。はい。きずなさん。秘密兵器」
そう言って、再びガチガチになっているきずなさんに向かって鞄から小さな袋を取り出して渡す。
「……え、ラムネ?」
中身はいたって普通の、コンビニに売っているラムネ菓子だ。
「ブドウ糖は素早く吸収されるんで、集中したい時に食べるといいんです。大会はいつもより緊張して、余計にエネルギーを使いますからね。合間に食べるといいですよ」
きずなさんは、ラムネの袋を大事そうに胸に抱えた。
「うん……ありがとう。翔太君のために、勝ってくるね」
「きずなさん。……俺の事より、初めての大会、楽しんできてください」
「う、うん」
そりゃ、俺のためにも勝って欲しいという気持ちはあるが……そんな事で、きずなさんがプレッシャーを与える方が嫌だった。ひいき目に見ても、彼女はビギナークラスで優勝できるだけの実力を持っていると思う。のびのびとプレイして、楽しんできて、そして勝ってくるのが一番だ。
マッチングの抽選結果が発表され、ビギナークラスの参加者が、つまりきずなさんのライバル達が次々と席についていく。きずなさんも、自分の番号札が置かれた席を見つけて席に着く。
彼女の前に座っていた相手は、俺と同い年ぐらいの男だった。
デッキをシャッフルし、交換してシャッフルする。いつもの、何十回も何百回もやった流れだが、ガチガチに固まっているきずなさんは、何度かカードを取りこぼしていた。
……大丈夫だろうか。心配だ。横にいる絢子さんも、不安そうに見ていた。
「それでは、第1試合、始めてください!」
『よろしくお願いいたします』、と一斉に声が上がった。
きずなさんの初めての公式大会が、ついに始まったのだ。
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