4章 17話 真剣勝負

 準決勝、第1試合は驚くほどあっさり終わった。


 「……これも運命ですね。後悔はありません。ありがとうございました」


 咲良さんは落ち着いているように見えたが、声が少し震えていた。


 「……ありがとうございました」


 挨拶をしながらも、改めてこの酷い盤面を見てみる。

 相手の場には何もユニットが出ておらず、俺の場には4体もユニットが並んでいる。置かれているマナはわずか5枚。

 そう。先攻5ターン目に俺が勝利したのだ。その間、相手は低コストのユニットを1枚も出す事ができなかった。先攻ブン回りと後攻事故。そりゃ勝負は一瞬で着く。

 会場内も、なんとも白けた空気だ。だが無理もない。そんな試合、スクリーンにでかでかと映されても、盛り上がりようが無いからな。だが、これもカードゲームだ。準決勝だろうが決勝だろうが、勝利の女神に見放された者には容赦無く、事故という名の死神がやってくる。残酷な物だ。

 ステージから退場する時、俺はそっと彼女に気になっていた事を聞いた。


 「……あの、なんで俺に勝ちたかったか、聞いてもいいですか?」


 彼女は、ぴくりと眉を動かしたが、首を横に振った。


 「この様な場で話す事ではありませんので」


 にべもない態度で突き放されてしまった。

 彼女はそのまま去って行った。一方俺は裏手の控室に通された。椅子と机が置いてあるだけの狭い部屋だが、まぁ仕方ない。我慢しよう。俺達と入れ替わりで、ステージ上ではマッキーとレンさんの試合が行われている。

 あの二人の試合、正直見てみたかった。対戦相手としてではなく、一人のプレイヤーとして。なんせプロ同士の本気の試合だ。あの二人は『プロの溜り場』でも見た事があるが、やはり大きな大会での試合とフリープレイじゃ見ごたえが全然違うからな。おそらく数日後に動画としてアップされるだろうから、今はそれを楽しみにしよう。

 そんな事より……頭を決勝の事に切り替える。どっちが勝ち上がってくるか。それが問題だ。

 マッキーはおそらく前回と同じ黒の『白神コンボ』デッキ。扱いが難しいデッキだが、マッキーレベルのプレイヤーが使うと本当に脅威的な強さだ。フリープレイを含めても、やや負け越している。

 対してレンさんは何でも使う人だからデッキが読めない。フリープレイで好んで使っていた赤デッキあたりが有力だろうか。そうしたら戦略としては……。

 しばらくあーでもないこーでもないと考えていたが、突然遠くから、『うぉおおおお!』と歓声が聞こえてきた。

 勝負が決まったんだろう。俺達の試合とは違って盛り上がったようだ。


 「ジェット選手。決勝の相手がマッキー選手に決まりました。15分後に試合開始です」


 「わかりました」


 スタッフが入ってきて、そう教えてくれた。

 そうか。また決勝の相手はマッキーか。あの少年はプロを目の前に、またしても俺の前に立ち塞がるんだな。


 『また、決勝で会おう』 『また、決勝で会いましょう』


 そんな事をお互いに言いはしたが、まさか本当に決勝で戦う事になるとはな。

 こんなの、奇跡だ。3度目はおそらく無いだろう。

 そう考えると、体がぶるぶると震えだした。

 押さえようとしても、震えが止まらない。

 寒いわけじゃない。戦うのが恐いわけでもない。ついでに言えば、トイレに行きたいわけでもスマホが鳴っているわけでもない。

 これはそう、武者震いだ。

 俺はあいつと、決勝で戦うのが、物凄く楽しみなんだ。

 

 「……ふはっ」


 今にも、笑いだしそうだ。こんなに戦うのが楽しみだなんて、初めてだ。

 やっぱりあいつは、俺にとって最強のライバルなんだな。


 「……でも、一応トイレには行っとくか」


 試合中に行きたくなったらシャレにならないからなー。

 さて、控室を出てトイレに向かい、余計な水分を出したところまでは良かったのだが、俺は自分の部屋がどこかわからなくなってしまった。ステージの裏は資料とか椅子とか機材とか、色々とごちゃごちゃしていて、まるで迷路みたいだ。スタッフさんも忙しそうにしていてちょっと声を掛けづらい。どうした物かと思ってうろうろしていると。


 「いいか、これがあの男のデッキに入っているカードだ。頭に入れておけよ。あの男にだけは絶対に負けるんじゃないぞ!」


 聞き覚えのある声が聞こえてきた。あんまり聞きたくない声だ。


 「……僕には、こんな物必要ありません。彼とは正々堂々戦って、勝ってみせます」


 もう一人、少年の声が聞こえて来た。この声にも聞き覚えがある。


 「黙れ! 他の奴らは、レシピを教えていても負けたんだぞ! せっかく調べさせたというのに……! あいつが勝ったら、私の計画が台無しだろうが! それなのに、まさか決勝まで上がってくるなんて……第一、デッキレシピがあれば有利だと言ったのはお前だろうが!」


 「……まさかあなたがこんな事をするなんて、思いもしませんでした。ギリギリイカサマでは無いとはいえ……フェアとは言えません」


 「うるさい! たかがゲームで真剣勝負だと!? ふざけるな! こっちは」


 「……そういう話、普通聞こえるとこでやります?」


 実は違う人物が犯人だった、とかそういう可能性もあると思っていたのだが、やはりこの男だったらしい。


 「やあジェット君。一体どうしたんだい?」


 真田さんは、さっきまで怒鳴っていたとは思えない、にこやかな笑顔でこちら見ていた。しらじらしい。一体どういう厚さの面の皮をしているんだ。


 「ジェットさん……」


 マッキーは困惑した様子だった。すまんな。マッキーは関係無いのに。

 思わずため息が出る。


 「……なんでこんな事したんですか。真田さん。『俺ときずなさん、二人が優勝したら俺をスカウトする』って言い出したのはあなたですよね?」


 マッキーは驚いた顔で真田さんを見る。彼は何も知らなかったようだ。

 真田さんは薄笑いを顔に浮かべたまま、


 「……彼女にとって、君は大切な存在のようだからね」


 意味がわからない事を言う。だから何だって言うんだ。大切に思われているとしたら、そりゃ嬉しいけど。


 「君が姫珠菜さんに与えられた時間は残り11か月。その期間、君がプロになれなければ、彼女は必ず僕の所に泣きついてくるだろう。そうすれば、今度こそ彼女は僕と結婚するという提案を断らないだろう?」


 頭が痛くなるほど稚拙な考えだ。そんな事で、きずなさんがこいつと結婚するだなんて思えない。確かに1度はそうしようとしたが、彼女はもう自分の事を諦めたりしないだろう。彼女の人生を、諦めたりしない。だから、もう彼女の事は心配していない。それよりも。

俺は頭が痛くなるよりも先に、頭に来ることがあった。


 「あんたの考えはわかった。でも……カードゲームを、俺達の戦いを、真剣勝負を、そんな事に利用するんじゃねぇ!」


 俺は、マッキーとの真剣勝負を、こんな形で邪魔されようとした事に腹を立てていた。

 だが、真田さんは呆れたような、バカにしたような声で言う。


 「何言っているんだい。カードゲームなんて、たかが遊びだろう? スポーツや将棋のような競技ならともかく。たかがゲームじゃないか。何が真剣勝負だ。くだらない」


 とても、プロチームのオーナーの言葉とは思えない。マッキーも顔色を変えている。

 俺がさらに何かを言おうとした、その時だった。


 「違います」


 俺より先に、彼の言葉を否定する声があった。


 「確かに、カードゲームは、ゲームです。遊びです。……でも、『たかが』じゃありません。私たちは、その遊びで勝つために、何回も何回も練習して、何度も何度も考えて……何度も諦めそうになりながらも、何度も絶望しながらも、勝ちを掴むために必死になっているんです。……私達にとっては、真剣勝負なんです」


 俺と初めて会った時、彼女はこいつと同じ事を言った。たかが、遊びだろうと。

 でも、今の彼女にとって……音野姫珠菜にとって、カードゲームはただの遊びなんかじゃない。それが、俺にはとても嬉しかった。

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