4章 18話 解決

 「きずなさん、どうしてここに?」


 部屋の扉で仁王立ちをするきずなさんに問いかける。

 このステージ裏の控え室は、関係者以外立ち入り禁止のはずだ。スタッフと決勝戦の出場者以外が入ってこれるはずは無い。一体どんな手段を使って入って来たのかと思ったが、彼女は少し小首をかしげると、


 「翔太君の家族ってことで、通してもらっちゃった」


 と、悪びれず言った。何やってんのこの人。スタッフもよく通したな。


 「本当はダメだって言われたんだけど、『お金ならいくらでも払いますから!』って言ったら通してくれたよ」


 急に思い出したかのようにお嬢様設定を生かさないで欲しい。この人、普段俺の見てない所でそんな事やってるんじゃないだろうな。


 「驚かせようと思って、控え室に『翔太君、またあーんして食べさせてあげるよ!』って言って入ったのに、スタッフさんしかいなかったから、恥ずかしくてどうしようかと思っちゃった」


 何やってんのこの人!? 元々突拍子もない事をする人だけど、本当に何やってんのこの人!?

 俺にも世間体という物があるんだが……いや、既にヒモでニートだしこれ以上失う物なんて無いか。じゃあいいや。

 そんな俺達のやり取りを見て、真田さんはがっかりした風に大げさに首を振った。


 「姫珠菜さん、あなたまでそんな事を言うなんて……あなたは、OTONOを継ぐ方なんですよ? それなのに、カードゲームなんて低俗な遊びに真剣になるなんて。……まさか本当に優勝するなんて、とても思いませんでしたよ」


 それを聞いて、きずなさんはふふんと自慢げに笑った。まるで子供だ。ちっともお嬢様らしくない。


 「知らなかったんですか? 私、とても負けず嫌いなんです。あなたにあんな事を言われて、黙っていられるわけありません。翔太君のためにも、何が何でも勝ちたいと思ったんですよ。元ランク10の人にだって、負けませんよ」


 嬉しい事を言ってくれる。しかし、それで思い出した。きずなさんと決勝で当たった、元ランク10の人。神崎さんと言ったか。


 「あの人……神崎さんに、きずなさんに勝ったらプロになるなんて言ったのは、あなたですか?」


 レンさんと話していた彼は、なぜかきずなさんの事を知っていて、勝てたらプロになれるなんて言っていた。そんな事を吹き込んだ人は、この人の他に思い当たらない。

 真田さんはつまらさなさそうに、


 「……ああ、そんな奴いたね。まったく、イカサマして追放された人間を今さらプロにスカウトするなんてありえないのに、あんな嘘に釣られて大会に参加するなんて、バカな奴だよ」


 その言葉に、彼とは仲間だったマッキーが大きな声を上げる。


 「オーナー! あなた、彼まで利用したんですか!?」


 「おいおい。彼の事を教えてくれたのは君だろう? 私がビギナークラスで強い人はいないのかと尋ねたら、『強い人はみんなシルバークラス以上になっている。もしいるなら、ランク0に落とされた人でしょう』って」


 「そんな……!」


 マッキーはショックを受けているようだ。だが、彼は利用されただけだ。責任は無い。悪いのは全部、こいつだ。きずなさんは、真田さんを問い詰めた。


 「真田さん。今回の件。あなたは、私と結婚するためにこんな事をやったんですか?」


 「ええそうですよ。式の事もありますし、できれば早いうちにあなたと正式に約束をしたかったんですが、あなたがなかなか強情で首を縦に振ってくれませんでしたからね」


 思わず舌打ちしそうになる。本当に、なんて奴だ。こいつはきずなさんの気持ちなんて、何とも思っていないんだろう。欲しいのは金か、名誉か、ステータスか。何にせよ、男として最低だ。こんなやつと結婚するぐらいならヒモでニートの俺と結婚した方がマシだろう。……どうだろうやっぱり自信無いわ。

 ともかく。もう1個確かめないといけない事がある。


 「そのために、マッチングまでいじったりしたんですか」


 「マッチングをいじった?」


 これはきずなさんも初耳だったようだ。驚いた顔をしていた。

 彼は面白そうな顔で、


 「ええ。それぐらい、構わないでしょう? スポンサー特典ですよ。」


 「……まさか、そんな事まで……!?」


 マッキーの顔は真っ青になっていた。


 「おいおい。君は喜ぶべきだろう? 雑魚ばかりと当たるようにしたんだから。おかげで決勝までこれたんじゃないか」


 マッキーは悔しそうに唇を噛みしめている。

 その時だ。きずなさんは、にやりと笑うと、満足したように頷いて、振り返った。


 「ジュン。今の撮ってた?」


 「ばっちりでございます」


 絢子さんが、スマホを構えて扉の裏からにゅっと現れた。突然新たな人物が現れた事にマッキーと真田さんは驚いていたが、俺は驚かなかった。さっきから、姿が見えないと思ってたんだよ。


 「部屋に入ろうとしたら、あなた達が不穏な会話をしていたのが聞こえたので。ジュンに録音を頼んでおいたんです」


 そう言って、恭しくスマホを差し出す絢子さんから受け取って操作すると、さっきまでの会話が、再生された。マッチングをいじった事など、彼の悪行を自白する様子がばっちりと録音されていた。

 きずなさんは満足そうに、スマホをふりふりしていた。


 「この音声、公表したら大変な事になると思いません?」


 きずなさんの言葉に、絢子さんはうんうん頷いている。


 「SANAGAMESの社長が、大会に出資したのをいい事に、マッチングを操作したり特定の参加者を潰すために金をばらまいたり嘘をついたり……これはTwitterにアップしたらバズりそうでございます」


 絢子さんは目がキラキラしていた。真田さんを追い詰めているのが楽しいのか、それともTwitterがバズりそうなのが楽しみなのか。どっちにしろ、後でアカウントを教えてもらおう。

 今度は、真田さんが顔面蒼白になる番だった。金魚みたいに口をパクパクさせている。


 「……な、何が望みだ!?」


 きずなさんは可愛らしく小首をかしげた。


 「……特に何も。ただ、もう彼らの真剣勝負を、邪魔しないでください。それと……」 


 彼女は深々と頭を下げた。


 「真田さん。私との結婚は、元々私の両親が言い出した事ですが……この場で、正式にお断りさせていただきます。今後、あなたと結婚するということは絶対に、ありません」


 そうきっぱり言い切った。


 「……しかし、あなたのご両親が何と言いますかね?」


 きずなさんの両親は、超有名音楽メーカーOTONOの社長と社長夫人。娘に自分の会社を継がせるためにピアニストとしての道に進みたい彼女を邪魔した過去がある。お世話になった人の息子だという真田さんと無理矢理結婚させようとしたのもその二人だとか。

 そんな二人が、きずなさんの言う事を聞いてくれるものかとい言いたげな真田さんだったが、彼女は毅然と、


 「両親には、もう話は通してあります」


 真田さんの顔が完全に凍り付いた。これには、俺も驚いた。

 彼女は肩をすくめた。


 「説得するの、大変でしたけどね。なんせ、人の話を聞かない両親ですから。……でも私、もう自分の事を、自分の人生を諦めないって、翔太君と約束しましたから。私には心に決めた人がいて、もう同棲もしているし夜通し一緒の部屋にいた事もあるって言い聞かせたら、渋々認めてくれました。後日きちんと両親からもお話が行くと思います」


 「……そんな……」


 真田さんは今にも膝から崩れ落ちそうになっていた。


 「……ん?」


 だが俺は、ちょっと引っかかる事があった。心に決めた人がいるって話、嘘なんだよな? なんだろうやけに具体的だな。俺の知る限り、きずなさんと同棲している男の人なんていないし、男を連れ込んだ事なんかないはずなんだが。


 「あ、そういうわけで翔太君。今度うちの実家に来て貰う事になったから」


 「ちょ、きずなさん!?」


 ちくしょうやっぱりかよ! そんな気はしたよ! 無理無理無理! お嬢様の婚約者とか、無理!


 「え、何。翔太君。嫌なの?」


 「そうじゃなくて!」


 そりゃまぁ、きずなさんに不満があるわけないけど! 真田さんと結婚するぐらいだったら俺とって、さっき思ったけど! 俺には荷が重すぎる! あと、さっきから絢子さんのジト目がすごく恐い! なんでこの人あんなに怒ってるの!?

 そんな俺と絢子さんの心情を知ってか知らずか、きずなさんはクスクス笑って、


 「大丈夫大丈夫。フリだけしてくれたらいいから。……どっちにしろ、一緒に暮らすのは1年間って約束でしょ? その間だけでいいの」


 「……えー……」


 これにて色々と問題は解決したが、随分と大変な役目を担う事になった俺だった。

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