4章 6話 挨拶
「勝ったよ! 翔太君!」
「ええ、見てましたよ。やりましたね!」
1回戦が終わったきずなさんは、俺の所に嬉しそうに走り寄って来た。
こういう時のきずなさんは、親にいちいち報告にくる無邪気な子供みたいで、年上感が無く物凄く可愛らしいな。
「でも、緊張で頭が真っ白になってミスしちゃって……相手のミスに助けられたおかげで冷静になれたけど」
喜んでいたと思ったら途端にしゅんとするきずなさんに対して、首を振る。
「反省は全部終わってからにしましょう。あの時ああしてればよかった、こうすればよかったなんて反省は、後からで十分です。今は、ミスした事は忘れて次の事に集中しましょう」
大きな大会の時のメンタルは普通では無いのだ。緊張から、普段は絶対にしないような信じられないミスをしてしまう事もある。見ている人は対戦している人と違って冷静だから、そのミスを見て下手だの弱いだの好き勝手言う事ができるが。
特に良くないのは、ミスをしたという意識を引きずることだ。ミスはミスを呼ぶ。ミスをしたら、それを取り返そうと焦り、普段と違う事をしてさらにミスをしかねない。
つまり大事なのは……。
「大事なのは平常心やで。いつも通りにプレイして、練習した事を全部出せば勝てるはずや」
「はい! わかりました!」
そう。平常心……。うん?
「……あれ、ヒナタさん。どうしたんですか」
「いや、挨拶しとこう思うて」
「……挨拶ならさっきしたじゃないですか」
俺はつっけんどんに返す。
一応俺達は、対戦する事もあるかもしれないライバルだからな。あんまり馴れ馴れしくするべきでは無いだろう。間違っても言おうと思った事を言われてしまって、ふてくされているわけでは無い。断じて無い。
するとヒナタさんはなぜか曖昧に笑って、きずなさんに向かって、
「そろそろろ時間やで。行った方がええ」
「あ、はい! 行ってきます!」
きずなさんは、慌てた様子で席に戻って行った。
「ちらっと見たけど、あの人、随分強なったみたいやな」
そう言われて、思わず笑みがこぼれる。
きずなさんが褒められるのは、彼女にカードゲームを教えた身としては悪い気がしない。我ながら単純だと思うが。
「ええ。彼女、負けず嫌いですから」
まるで子供の成長を見守る親の気持ちだ。もちろん俺に子供はいないし、何度も言うが、養われているのは俺なのだけれど。
「デッキは? なかなかええデッキみたいやけど。ジェット君が組んだんか?」
「いえ。俺はアドバイスしただけですよ。ほとんど彼女が一人で作りました」
「ほう……」
感心しているようだ。うんうん頷いている。
「初心者が成長しよう思たら、熱意が大事やからな。どんだけ対戦したか。どんだけ環境を研究したか。どんだけデッキを組んだか。ともかく数や。数をこなせば、とりあえず一定水準までは強くなれる。……上級者がさらに強なろうと思ったら、それだけじゃあかんねんけどな」
そう。彼女は随分強くなった。理由は単純で、たくさん練習した。本当にそれだけだ。
彼女は毎日、大学から帰ってくると俺や絢子さん、たまによっぴーと何度も対戦した。何度もデッキを調整した。
俺も、普段使っている自分のデッキだけでなく、環境に存在する様々なデッキを使ってきずなさんと対戦し、カードやデッキに関する知識を与え、対戦経験を積ませた。
カードゲームの経験が無いきずなさんは、タケノコみたいにぐんぐん成長して行ったのだ。彼女自身は、普段練習している相手が遥か格上の俺だから、なかなか勝てないと思っているようだが、少なくとも、ビギナークラスにいるプレイヤーには、実力では負けないはずだ。
ただ、大会には魔物が住んでいる。最後まで、何が起こるかはわからない。
大会経験の無い彼女の不安要素は、よっぽど運が悪くて手札が事故るか、何かミスをするか、それぐらいだろう。
それよりも……せっかくヒナタさんが横にいるんだ。いい機会だし、今まで聞けなかった事を、聞いておきたい。
「ヒナタさん。俺に足りない物ってなんなんですか?」
ヒナタさんは、なんで知っているのか、と驚いた顔になった。まぁ、直接聞いたわけじゃなく、話しているのが聞こえてしまっただけだしな。
彼らは、俺に足りない物があるから、プロになれないと言っていた。最初は実力かと思ったが、そうじゃなかった。
彼らと練習するようになってしばらく経つが、まだ答えはわからない。何度も聞く機会はあったのだが、正直言うと、聞くのが恐くて聞くことができなかったのだ。でも、俺達の試合開始時刻も少しずつ近づいている。もし、何かヒントになるような事があったら、今のうちに聞いておきたい。
だが、ヒナタさんは答えてくれなかった。
「……それを今言うのは、ルール違反やからな。大会が終わったら教えたるわ」
ずるいなぁこの人。俺がうらめしそうな目で見ると、苦笑して、
「心配せんでも、今のジェット君ならきっと大丈夫や。俺はそう思てる」
やれやれだ。どうにも信用ならないんだよなぁこの人。
さて、そろそろきずなさんの2回戦目が始まる。
「対戦相手は……あれ?」
きずなさんの前に座っていたのは、中学生ぐらいの女の子だ。
活発そうな、カードゲームよりスポーツでもやっていそう雰囲気の少女だった。
「おねがいしまっしゅ! コハルです!」
「よ、よろしくお願いします!」
はて、あの女の子、どこかで見たような気がする。
いや、直接は会った事がないはずだ。顔も見た事が無いし、知らないんだけど……誰かに似ているような。そんな感じの……。
「俺の妹や」
ようやく理解した。挨拶って、そういう事かい。
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