4章 5話 まずは

 ビギナークラス優勝に必要な勝ち数は、5勝。たった5回。たった5人に勝てばいい。

 でもその5勝が、普段公認大会に出て1勝できたらいい方の私には、あまりにも果てしなく遠く、長い道のりに思えた。


 もし負けてしまったら、どうしよう。

 ただ私が負けるだけだったら、私が悔しいだけだからいい。

 でも、私のせいで翔太君がプロになれなかったら、もう翔太君に合わせる顔が無い。

 そう思うと、手の震えが止まらなかった。

 今まで出たどんなピアノのコンクールでも、こんなに緊張した事は無かった。

 舞台慣れはしていたつもりだったのに、怖くて小鹿みたいに震える自分がとてもちっぽけに感じる。


 「……あの、ターン終了ですよ?」


 「え、あ……は、はい」


 相手の終了宣言が聞こえていなかったようだ。

 えっと……今何ターン目だっけ?  盤面も、自分の手札も、対戦相手の顔もロクに見えない。どっちが先攻だっけ? 相手の盤面には何のユニットがいるの? 相手の色は? 自分のウォールはあと何枚なの? 頭が真っ白で、何もわからない……。ともかく、何かユニットを出さないと……。


 「えっと……4コスト《鉄壁の悪来》をプレイします」


 あ、違う! プレイしてから気づく。自分のマナの枚数を確認する。今は5ターン目だ。

 手札には5コストの《妙才の弓手》があるから、こっちを出した方が絶対に強かった。

 思わず、頭を抱えてしまう。こんな、誰でもわかるミスをしてしまうなんて……。

 どうしよう。このテンポ損、取り返せるかしら……。


 「5コスト《疾駆の戦士》を出して、『速攻』で攻撃します。パワー3500です」


 焦っている時に、相手が『速攻』を持つユニットでいきなり攻撃してきて、さらに頭がごちゃごちゃになってしまう。

 ブロックするべき? それとも、ウォールで受けるべき? 

 いつもならもっと落ち着いて考えられるのに、全然考えがまとまらない。

 焦った結果、先ほど自分が出したばかりのユニットに手が伸びた。


 「え、えっと、えっと……《鉄壁の悪来》でブロック! パワー1000上がって、4000です」


 「……死亡します」


 相手の出したカードは。そのまま捨札にいった。 


 (え? なんで!?)


 一体どういう意図があるのか、わからなくて混乱する。

 これじゃあ、ユニットのタダ捨てだ。この後一体何をされるの!? 追加で効果ダメージを飛ばされて、《鉄壁の悪来》が倒されるの? それとも、何か、私の知らないカードを使われるの!?


 「……ターン終了です」


 「……え?」


 驚いて、思わず、声に出てしまった。対戦相手は、バツの悪そうな顔をしていた。

 ……違う。意図してやったんじゃない。この人も、ミスしたんだ。《鉄壁の悪来》はブロック時にパワーが上がる事を忘れていたのか、知らなかったのか。どちらかはわからないけど。


 (あれ……この人……)


 よく見ると、相手の人も緊張しているのか、手が震えている。

 はたと気づく。そうだ。このビギナークラスに出場している人達は、公式大会でまだ勝った事が無い人がほとんどなんだ。この人も、自分と同じで、大会は初めてなのかもしれない。

 そうだ。みんな条件は同じなんだ。

 そう思うと、急に冷静になってきた。霧がかっていたような視界も次第にはっきりしていく。

 さっきのターン、高コストを出す事はできなかったが、相手の盤面も決していいとは言えない。序盤に手札が事故っていて、低コストのユニットを出せていないんだ。おかげで私のウォールはまだまだ残っている。手札も悪くない。先ほどの攻防で相手のユニットを1体タダで倒せた事もあるし、


(……なんだ、全然優勢だ)


 目を閉じて、大きく深呼吸をする。そして。


 バシッ!!


 「え?」


 両手で自分の頬を叩く。突然の事に相手も驚いていた。

 コンクールの演奏前はいつもこうやっていた。あんまり強く叩きすぎて、顔が赤いまま演奏していた事もある。

 よし! これで、気合が入った。


 「ドローします!」


 引いたカードを見る。うん、悪くない。


 「《スカーレットエンペラー》を出して、ターンエンド!」


 「ドロー。《戦斧の鬼人》を出して、ターン終了です」


 相手の出したカードを見て驚く。あのカードは、確か前にデッキを作っていた時に翔太君と話した覚えがある。彼はスペックは悪くないが効果が微妙なので他のカードでいい、と言っていた。相手の捨札やマナに置かれているカードを見てみる。そんなカードが、何枚もある。つまり、あまり強くないカードがデッキに入っているということだ。


 (もしかして……)


 普段練習している相手が翔太君だし、公認大会でも自分より格上の相手ばかりだった。

 勝てた回数よりも、負けた回数の方が何倍も多い。みんな私よりも長い間このゲームをプレイして、私よりも多く戦って、私よりも多く勝っている。

 でも、この人は違う。

 手つきも、プレイングもおぼつかない。

 私は確信する。間違いない。私は絶対に……この人よりも、強い!

 そうだ。翔太君も言っていたじゃない。私なら、勝てるって。

 私は……勝てる!

 だって、翔太君といっぱい練習して、翔太君と一緒にデッキを作った。

 だから、プレイングもデッキも、私の方が強いんだ!


 「《スカーレットエンペラー》で攻撃!」


 「……ブロックします」


 「勝利したので、1枚ドローして《隻眼の大将軍》を出します! さらに《スカーレットエンペラー》のデュアルアタック! もう一度攻撃!」


 「……っ! ブロックします」


 「もう一度、《スカーレットエンペラー》の効果!」


 効果でドローし、さらに『速攻』を持つユニットを盤面にどんどん並べていく。

 相手のウォールもユニットもどんどん無くなっていき、そして……。


 「……ありません。投了します」


 「……ありがとうございました」


 まずは……1勝。

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