4章 7話 本気と遊び
「ヒナタさんの妹さん!?」
「コハルいうてな。8つ年下の妹やねん」
顔がだらしなくでれでれしてる。年の離れた妹が可愛くて仕方ないんだろう。
だが俺は、そんな事より気になる事がある。なんせ、きずなさんの対戦相手なんだ。
「彼女、強いんですか?」
「おい、カノジョなんて言い方、女性として意識しとるんちゃうか? いくらコハルが可愛いからって、俺は許さへんぞ?」
「え。いや……俺はどっちかと言えば年上の方が好みなんで……」
「はぁ!? うちのコハルがかわいない言うんか!?」
何この人めんどくさい!? っていうか、普段の気のいいお兄さんのヒナタさんはどこ行った!? この人、シスコンだったのか……。
「ただでさえあのロリっぽいメイドさんを侍らせとんのに……」
侍らせてねぇ!
そういえばさっきから姿が見えないが、あのロリメイドどこ行った。
絢子さんは対戦席の近くにいた。
対戦席はロープでしっかり区切られていて、対戦者以外は近寄る事もできず、俺達のように遠目から見るしかない。だが、彼女はそれでも近くできずなさんの対戦を見ようと、ロープギリギリの所から、ちっちゃい体でジャンプしてぴょんぴょん跳ねさせていた。
……ちょっとかわいい。
俺が彼女を微笑ましく見守っていると、ヒナタさんが疑わしそうな目でこちらを見ていた。ロリコンだと思われてるっぽい。
こほん。
話を戻そう。
「それで、妹さん、強いんですか?」
なんせプロの身内だ。ヒナタさんに日ごろから鍛えられているのなら、相当な実力を持っていてもおかしくないんじゃ……。
「いや、別につよないよ。大した事は教えてへん。だから、コハルよりジェット君のお姉さんの方が絶対強い」
だが、あっさりと否定された。
ちなみにきずなさんは俺のお姉さんでは無いです。
「でも、手っ取り早く勝つ方法は教えた」
手っ取り早く勝つ方法、だって?
……もしかしてそれは……。
「先攻いただきまっしゅ! 1コスト《ガーベラ》! 『速攻』でウォールに攻撃ぃ!」
「はうっ」
1ターン目から、きずなさんのウォールが削られる。
「ドロー。ええっと……マナを置いてターンエンドです」
「ドロー! 2コスト《シェルプリンセス》を出して、2体とも『速攻』で攻撃ぃ!」
「うう……」
2ターン目にして、きずなさんのウォールはもう5枚しかない。
やっぱりそうか。手っ取り早く勝つ方法とは。
「ウィニー……!」
低コストユニット主体で、序盤に勝負を決めにかかるアグロタイプのデッキ。以前きずなさん相手に練習で使った事がある。あの時とはきずなさんのデッキも、実力も大違いではあるが……。
「まずい……!」
対ウィニーは、先攻か後攻で勝率も大きく変わってくる。だいたいのカードゲームは先に動ける先攻が有利とされているが、序盤に勝負を決めるウィニーはそれが特に顕著だ
それに、ウィニーは相手のデッキによって相性の有利不利がはっきり出るデッキタイプだ。高コスト主体の、始動が遅いデッキにはほとんど何もさせずに勝つ事ができるだろうが、逆に、以前ナギサさんが使っていたような、バーンとウォール回復系が大量に入ったデッキにはほとんど勝てないだろう。そういう意味では、安定感とは程遠い。5回戦全てに勝つのは難しいと言わざるを得ないデッキだ。
きずなさんのデッキは中速のミッドレンジタイプのデッキ。相性的にはそう悪くないはずだが……。先手を取られたのと、相手の方が引きが良いのか、押し込まれている。
「カードゲームは将棋やチェスとは決定的にちゃうところがある。それは、どうしても運の要素が絡んでまうとこや。実力が低くも、カードの引き、デッキ相性、マッチ運……運次第では遥か格上相手にも勝てる可能性がある。……そこが面白いんやけどな」
「……確かに、そうですね……でも、ウィニーで5回戦を勝つのは難しいんじゃ……」
俺の懸念に対して、ヒナタさんは肩をすくめた。
「コハルは5回戦勝とうなんて思てへんよ。せいぜい勝てたら嬉しいな、ぐらいや」
……確かに、誰もが俺達みたいに、優勝したいとか、負けたくないと思っているわけでは無い。純粋にカードゲームをしたい、楽しみたいというカジュアルなプレイヤーの方が多くて当然だ。それは、何も悪い事じゃない。
「俺らみたいなプロは、例えどうしようもない運の差で負けたとしても批判されてまうのが辛いとこやけどな」
俺がなんとも言えない気持ちになっている間にも、きずなさんの試合は進んでいく。
「《鉄壁の悪来》を出します!」
お。あのカードは、ウィニー対策として入れていたカードだ。ブロック時に強く、しかも相手の低コストユニットを複数回ブロックできる。
だが、相手も敵ユニットを手札に戻す効果を持つスペルカードがあれば、解決する。
きずなさんは、ほとんど祈るようなポーズだった。彼女のウォールはあと1枚。《鉄壁の悪来》が除去されてしまえば、負けが確定する。
ウィニーは大量に手札を消費するから、相手の手札はわずか1枚。その1枚と、相手のデッキトップが除去スペルでなければ……!
「うーん、ドローっ!」
相手は、難しい顔だった。
「うーむっ。3コスト《ムーンサイエンティスト》を出して終了ですっ」
よっしゃ! 残った!
「一手、やな。一手足りんかった」
ヒナタさんは、やれやれ、と首を振っていた。
きずなさんは必死な顔で、手札から勝負を決める大型ユニットを出した。
「《隻眼の大将軍》を出します! そちらの3コスト以下のユニットを全て手札に戻します!」
効果で相手のユニットが全て手札に戻っていく。きずなさんの盤面には防御ユニットがいるから、勝ち筋はほぼないはずだ。序盤さえ凌げば、ウィニーは途端に勝ち筋が薄くなる。長期戦に持ち込めばまず勝てるはずだ!
「あちゃー。投了しまっしゅ!」
だが、決着は、あっけなかった。彼女はそのまま投了した。
「いやー惜しかったんですけどねっ。間に合いませんでしたわっ」
「……ありがとう、ございました」
きずなさんは、勝ったというのに生きた心地がしない、という表情だった。だが反対に負けたコハルさんの方はにこにこ笑っている。これじゃあどっちが勝ったかわからんな。
「お兄ちゃんに、楽に勝つ方法を聞いてこのデッキを教えてもらったんですけどねっ。もっと練習しないとだめですねっ」
「あの……負けたのに、悔しくないの?」
「えっ。だって。ゲームですしっ。そりゃ負ける事もありますよっ。でも別に、また今度挑戦すればいいだけじゃないですかっ」
きずなさんはその言葉に呆然としていた。自分とは全然考え方が違うからだろうな。
「俺は、あいつが本気でカードゲームをやりたい言うたら、付きっ切りで何時間でも教えたるよ。……でも、あいつはそうやない。単に趣味として、楽しみたいだけや。そういう人間の方が、普通なんや。そういう人間に、無理矢理勝負の厳しさとかを教えたら下手したらカードゲーム自体やめてまうかもしれんからなー」
俺の周囲には本気で勝ちたいと思っている人間が多いけど、そうじゃない人もいる。それは、普通の事だ。誰よりも本気でやっているプロは、それを一番痛感しているんだろう。ヒナタさんは、ちょっと寂しそうな顔をしていた。
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