3章 11話 契約

 改めて確認しよう。プロになるには、プロ昇格試験大会で優勝するか、プロチームから直接スカウトされるか。このどちらかだ。

 プロにスカウトされるプレイヤーは、みんなだいたいランク10。俺に残されたおよそ11か月でランク10まで上がるのは少し厳しいので、そうなると、やはりプロ昇格試験大会で優勝するのが一番早い。

 だが、一つ裏道があった。プロも入り交じって戦う、次の1DAYトーナメントで上位に入賞すれば新設プロチームに『真田丸』にスカウトされる可能性が高いらしい。

 それを踏まえた上で。


 「な、何で俺なんですか?」


 なぜ、今このタイミングで俺をスカウトしようとしているのか、それがわからなかった。

 俺はまだランク7だ。

 俺よりランクが上で、プロになっている人なんて山ほどにいる。


 「それはもちろん、君の実力を見込んでの事だよ。君の事を調べさせてもらったが、恐るべき短期間でランク7まで来ている。ランク10まで上がるか、プロ昇格試験大会で優勝するのも時間の問題だ。ならば、今のうちにプロになっても問題無いだろう?」


 確かに、俺は大会に出るのが遅かった事もあって、ある程度強くなってから大会に参加し始めたから他の人より早くランク7まできているが……。


 「それに、1DAYトーナメントの上位者がスカウトされるって聞きましたけど……」


 それを聞いて、真田さんは少し驚いた声を上げた。


 「そんな噂が流れていたのかい? 確かに、その予定ではあるが、メンバーは1チーム4人以上と決められているからね。今はマッキー一人しか決まっていないから、枠は少なくとも3人分あるんだ」


 つまり、俺が入る枠は十分あるという事だ。


 「ほ、本当に俺が、プロに?」


 だが、未だに信じられない。これは本当に現実か?

 左手で思いっきり頬をつねってみる。滅茶苦茶痛い。昨日絢子さんに殴られたからまだ真っ赤に腫れあがっている所だし。


 「ああ。それで、返事は?」


 「もちろんです!」


 即答した。迷いも後悔も1ミリたりとも無かった。


 「そうか! それは良かった! ではさっそく明日、今から言う場所まで来てもらえるかい? 契約書にサインしてもらいたいからね」


 電話口から嬉しそうな声が聞こえてくる。

 ひょっとしたら、この人の事を誤解していたのかもしれない。

 俺の事をこんなに評価してくれてスカウトしてくれるなんて、すごく良い人じゃないか。

 明日、都内の真田さんの会社のオフィスで会う事になった。


 「お、おい。何があったんだ?」


 電話を切ると、何がなんだかわかっていないよっぴーに、説明をした。

 最初は突然俺がプロになれるという事で、目を丸くして驚き喜んでいたが、全てを聞き終えると首を捻って、


 「うーん」


 「どうした?」


 「いや、いいんだけど……なんか、話がうますぎるなーって思っただけ」


 うますぎる、か。確かにその通りではあるんだが。


 「でも俺を騙して、真田さんが得をするような事あるか?」


 「まぁ、そりゃなぁ」


 確かに、俺には都合が良すぎる話だが、仮に俺を騙したとして、得られる物なんて無い。

 なんせ金無し、今は宿無しだぞ。俺の資産なんてせいぜいカードぐらいだ。

 

 「その人、きずなさんの自称婚約者なんだろ? 翔太をスカウトして、きずなさんに気に入ってもらいたいとか?」


 「きずなさんの好感度上げのダシに使われたって事か? 無くは無いかもしれないけど」


 そうなると、俺の事を評価してくれていたのが嘘かもしれないという事だが……。


 「……まぁ、例えそうだとしても、プロになれるってんなら、俺はこの話、受けるつもりだよ」


 どんな理由があれ、プロになれるというなら、断る理由は無い。

 それが、俺の夢だからだ。

 だいたいそんな事できずなさんの好感度が上がったとしても、あの人がきずなさんと結婚できるとは思えないぞ。結構嫌われてたみたいだし。

 よっぴーは一応納得したのか、笑顔になって、


 「OKわかった! もうグダグダ言わん! 前祝いだ! 今日は飲み明かすぞ!」


 「俺ら未成年だぞ」


 ………。

 ……………。

 …………………。  


 よっぴーの家で飲み明かし(主にコーラ)、ついでにカードゲームをしまくった俺は、次の日、指定された真田さんの会社のオフィスに向かった。


 「あー……ここって」


 都心の一等地にそびえ立つガラス張りの巨大なビル。表の看板には『SANAGAMES』書いてあった。

 『SANAGAMES』とは、世界的にも有名なゲーム会社だ。スマホゲームでいくつもヒット作を出していて、今最もノリに乗っている会社の一つと言っていいだろう。

 そんな会社のビルの中は、入口からしてとても煌びやかで、床も壁もピカピカで、ゲームのイラストなんかがいくつか飾られていた。

 ひとまず、受付に行くにする。


 「あの、真田幸助さんという方にここに来るように言われたんですけど」


 「社長が? ……少々お待ちください」

 

 社長? え、社長なの?

 しばらくして、相変わらず派手派手な真っ白なスーツを着た真田さんと、秘書らしき女の人が現れた。


 「やあジェット君。よく来てくれたね。じゃあ、上に行こうか」


 そう言って、彼らに着いて行ってエレベーターに乗る。


 「真田さん、社長だったんですね」


 「……知らなかったのかい?」

 

 真田さんはちょっとショックを受けて肩を落としていた。

 おかげで秘書らしき女の人に、バカにしたような目で見られてしまった。

 エレベーターで上の方の階に上がり、奥まった所にある真っ白な会議室に入る。

 周りが白いから真田さんが半分ぐらいステルス状態になっていた。本当にそのスーツでいいのか、この人?

 そして秘書の人から、契約について説明される。

 主に給料の事とか、住む所のこととか。

 給料は一般的な会社員の初任給よりちょっと多いぐらい貰えるし、このオフィスの近くに立派な寮があり、そこにタダで住ませてもらえる。

 おまけにカードは経費で買えるらしいし、大会で上位に入ったり、2か月後から始まる今年のプロリーグで優勝すれば別途賞金も出る。

 まさに、至れり尽くせりだ。文句なんて付けようもない。

 細かい説明が終わると、真田さんが一枚の紙を出した。


 「さぁ、ここにサインをしてくれ」


 契約書だ。これにサインをすれば、俺はプロになれる。

 ペンを持つ手が震える。

 ゆっくりと、一文字ずつ名前を書いていき……。

 最後に翔太の『太』の文字を……


 「ダメでございます!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る