4章 19話 2度目の

 「マッキー選手……あ、ジェット選手もこちらでしたか。そろそろ時間になります」


 「わかりました」


 スタッフさんにそう告げられ、俺は部屋を出ようと思って、マッキーの方を向いたが、彼は深刻な顔をして首を横に振った。


 「……僕は、決勝戦を棄権します」


 「え!?」


 突然、そんな事を言い出した。彼は放心している真田さんをキッと睨みつける。


 「オーナーがマッチングをいじったせいで、正当なマッチングが行われなかった。……このままでは、僕に負けた人達に申し訳が立ちません。僕はこのまま決勝戦を棄権しようと思います」


 悔しそうに体を震わせていた。俺はそんな彼の肩に手をぽんと置いた。


 「マッキー。俺思うんだけどさ。君が6回勝って、ここまで来たのは間違いないだろう? 負けた人達だって、ランク7だろうがランク10だろうが……同じゴールドクラスだから、君に当たる可能性は常にあった。彼らが君とマッチングして負けた事には変わらないんだ。君は十分、決勝で戦う資格はあると思うんだよ。それに……」


 もちろん、正当なマッチングで無かった以上、全員を納得する事はできないとは思う。それでもだ。


 「君はプロだろ。俺達の決勝戦を楽しみにしている観客達をがっかりさせるような事はしちゃいけないんじゃないか?」


 俺自身はプロじゃないけど、プロゲーマーはエンターテイナーであるべきで、試合を見てくれている人たちを楽しませる事も重要な役目だって、本で読んだ事がある。

 このまま決勝戦が行われずに俺が不戦勝で優勝なんて事になったら、不完全燃焼にもほどがあるだろう。彼らは、俺達の決勝戦を、この長い1日のトーナメントの締めくくりの戦いを待ち望んでいるんだ。

だが、俺の言葉を聞いた彼は戸惑った様子で、


 「でも……ジェットさん。あなたが優勝すれば、彼にスカウトして貰えるんですよね? 僕が棄権した方が、あなたにとって良いのではないですか?」


 「うっ。えっと、それは」


 確かに、そうなんだけども。

 俺がなんと言った物かと考えていると、きずなさんが突然ぽん、っと手を叩いた。


 「あ、わかった! 翔太君。本当は彼と全力で試合したいだけなんでしょう?」


 「……きずなさん。本当の事でも言っていいタイミングと悪いタイミングというものがあるんですよ」


 そして間違いなく今は後者だ。

 きずなさんの仕方ないなーという目、絢子さんのジト目、マッキーの戸惑った目、三者三様の目に見つめられて、たまらず叫んだ。


 「ああそうだよ! 俺はマッキーと決勝で思いっきり勝負したいんだよ! それで、この前のリベンジをしたいだけだよ!」


 確かに、ここでマッキーが棄権してくれたら、俺の優勝だ。これでプロにスカウトして貰えるという約束だ。まぁ、この状況で彼が約束を守ってくれるか保証なんて無いが……。

 でも。それでも。ここまできて不戦勝なんて、納得できるか!

 こんなんでプロになれても、後で絶対に後悔する。俺は気持ちよく勝って、きずなさんと絢子さんと、3人でわーわー言いながらハグしあったりして、何の文句も付けようが無いぐらい、綺麗に勝ちたい!

 それで、胸を張ってプロになりたいんだよ!

 マッキーはしばらく考えていたが、やがて大きく頷いた。


 「……わかりました。僕たちの、本気の決勝戦をやりましょう」


 「そうこなくっちゃな!」


 俺達は笑って、拳の代わりにデッキケースを突き合わした。


 「お二人とも、そろそろお願いします!」


 スタッフが急かして来たので、慌てて出て行こうとしたのだが、ちょんちょん、と肩をつつかれた。振り返ってみると絢子さんだった。


 「……ここで負けたら、翔太さん。とてもカッコ悪いでございますよ?」


 「わかってらい」


 「だから……おまじないでございます」


 彼女はんーっと背伸びをしたかと思うと、突然俺の口元に、温かく柔らかい感触が……。


 「え、ちょ、ちょ、ふぁ、ふぁふぁふぁふぁ、な、ななななな!?」 


 え、ちょ、俺のファーストキスが!? なんで!? いや、俺のファーストキスなんて、スーパーの特売日のもやしぐらいの価値しかないんだけど、でもなんで!?

 俺の言いたい事がわかったんだろう。顔を真っ赤にさせながらも、絢子さんはいたずらっぽく笑った。


 「残念でございますが、絢子も翔太さんも、これはセカンドキスでございます」


 ええ!? いつだ!? 俺は記憶に無いぞ!?

 でも確かに、あの柔らかい天国のような感触は、なんとなく覚えがあるような……一体いつだ!? なぜか、水に濡れていたような……うーん思い出せない。

 俺が真っ赤になったり、うんうん唸っているのを呆気にとられながら見ていたきずなさんは、思い出したかのように、びっくりするぐらいの棒読みで、


 「あーあ。翔太君、婚約者の目の前で浮気したー。いけないんだー」


 突然そんな事を言い出した。


 「はぁ!?」


 これって浮気なの!? いやほら、俺達家族じゃん!? 家族でのキスなんて、欧米じゃありふれた文化であって、浮気に入らないと思うんだけど!? っていうかそもそも婚約者って、嘘なんでしょ!? なんで今さらこんなラブコメみたいな事になっているのんだ!?


 「……なぜか、今まで以上にジェットさんには絶対に負けたくないと思ってきました」


 マッキーが、対戦中にも見せた事がないような、真剣な顔でポツリと言った。

 ははは。なんでだろうなぁ。俺は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

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