4章 12話 諦める理由にはならない
「いや~まさか1回戦からジェット君と戦うなんてね~」
「……こっちのセリフですよ」
目の前に座ってケラケラ笑うナギサさんに反して、俺はげんなりして答える。1回戦からプロ、しかも一緒に練習した人と当たるなんて本当についていない。
この人とはここ数週間何度も対戦したし、デッキに入っているカードもお互いに知り尽くしている。やり辛い事この上無い。まったく知らない人と対戦する方が全然気楽だ。
「ジェット君には勝って欲しいと思ってるんだけどね~」
「え?」
「本当だよ? 一緒に練習した仲間が勝つのは嬉しいよ。いい結果が出たら、あたしは自分の事みたいに喜ぶよ」
確かに、きずなさんが勝った時、俺はとても嬉しかった。それは彼女が勝つ事が、俺がスカウトされる条件の一つになっているから、というだけではない。勝つために一緒に努力した仲だからだ。
「ジェット君がプロになってくれると、あたしは嬉しいと思うよ」
そんな事を、真剣な顔をして言われるとどぎまぎしてしまう。その言葉は、勝ちを譲ってくれるという事だろうか? いやいや、そんなわけないだろう。気を引き締めないと。でも、ほんの少し気が緩んでしまった。
さて、じゃんけんに負けたので、俺は後攻になり、マリガンをして手札を入れ替える。
彼女はいつも盤面をガチガチに固めてロックする、嫌らしい青のバーンデッキを使う。ほとんど攻撃せず相手のリソースが尽きるまでひたすら焼き続けるデッキだ。そんなデッキ相手に軽いユニットなど不要だろう。ロックを崩すための《シルバーレオン》と《ライオンハート》のコンボを揃えに行こう。
「シルバークラス、ゴールドクラス、1回戦、開始してください!」
対戦開始のアナウンスがあり、『よろしくお願いします』、と一斉に声があがる。
そして、目の前の人は。
「でも、その前にあたしはプロだからね……。負けるわけにはいかないんだよ!」
そう言って、獰猛な顔をしてにやりと笑った。その表情に俺はひたすら困惑する。
さっきまでの態度と全然違う。まるで、罠にかかった獲物を狙うハンターの様な目だった。
「《火弓の射手》を出して、ターンエンド!」
ん? あれ、これは……。
序盤から違和感があった。ナギサさんの出してくるカードは、俺の知っている彼女のデッキのカードとは違う。
「《決死の旗本》の効果で、《星詠み人》に2000ダメージを与えながらウォールに攻撃!」
「!!」
そして気づいた。これは、彼女のいつものデッキじゃない。
同じ青でも、バーンで相手の盤面を除去しながらウォールをどんどん詰めていくビートダウンデッキだ。
今日の1DAYトーナメントは、事前のデッキ登録が必要無い。途中でデッキを変える事はできないが、1試合目開始時点で使用するデッキを選ぶ形式だ。
だから、俺と当たるとわかって、使うデッキを変えたんだ!
理由は見当がつく。初めて対戦した時はカウンタースペルを使ってうまく凌がれたが、基本的に盤面を作ってロックするナギサさんのバーンデッキと、相手の盤面を崩す事が得意な俺の『ライオンハート』デッキだと、俺のデッキの方が有利なのだ。練習でも、最終的に俺が勝ち越す事が多かった。
だから、彼女は自分の得意なデッキを捨てざるを得なかったんだ。
まずい、いつものデッキ用にマリガンをしたから、低コストユニットが余り手札に無い。
とはいえ、彼女にとっては慣れないデッキだ。絶対にどこかで隙が生まれるはず……!
「驚いた? でもね……慣れないデッキだと思ったら、大間違いだよ!」
だが、こっちの考えなどお見通しの様だ。隙なんて見せず、どんどん攻撃してくる。
「……ナギサさんも、そういうデッキ使えるんですね」
考えが読まれた事を誤魔化すためにそんな事言ったのだが、ナギサさんはふん、と鼻を鳴らす。
「プロを舐めないでよね。一つのデッキに拘っているだけじゃ、リーグ戦は勝ち残れないのよ」
プロなら、色んなデッキを使えなければならない。かつてヒナタさんがそんな事を言っていたのを思い出した。
「《ストライダーシュウ》の効果で、タップ状態のユニットに2000ダメージ! さらにウォールを1枚破壊する!」
そうこうしている間に一気にウォールを詰められてしまう。
「……さすがは、プロだ」
思わず舌を巻く。不慣れなんてとんでもない。
少ない手札を、最も効率よく俺の盤面にダメージを飛ばし、最も効率よくウォールを詰める様に使っている。
今まで戦ってきた、このタイプのデッキ使い達よりも、全然強い。これが、俺の目指す場所、プロなんだ。
「……なんでそんなにプロになりたいのさ」
突然、ナギサさんがそんな事を言い出して驚く。
「ジェット君はすごく憧れてるみたいだけど、プロなんていい事ばかりじゃないんだよ。特にプロゲーマーなんてものは。ちょっと負けただけで批判される。結果が出ないとすぐにクビになる可能性だってある。長く続けることも難しい世界だよ。ゲームが終わる可能性だってある。そうしたら、いきなり無職よ」
華やかな世界に見えるが、まだまだ整備が整っていない環境なのは間違いない。
「たとえそうだとしても……」
そんな事は、ネットを調べたらいくらでも出てくる。百も承知だ。
「それでも、なりたいんですよ、俺は!」
そんな事は、諦める理由に、ならないんだ。
俺の正面に座っているナギサさんのさらに向こうに、表彰式を終えたきずなさんと、絢子さんがいた。彼女達は、俺を期待のまなざしで見つめていた。相手がプロだなんてわからないから、俺が負けるなんて、微塵も考えていないんだろう。
やれやれ。でも……心強い!
ナギサさんがプロだから負けられないというのなら。
俺だって、プロになりたいから負けられないんだ!
「《リトルキング》で、《リュウジン》に2000点を与えながら攻撃!」
「《リュウジン》でブロック!」
「デュアルアタック! そのままウォールに攻撃! ……ターンエンド」
ナギサさんんは手札を使い果たし、俺のウォールを全て破壊した。このままだと、彼女のユニットを全滅させない限り俺の負けだ。
……プロになるためだ。それくらい、やってやるさ!
「《白銀獅子 シルバーレオン》を出して、さらにスペル《ライオンハート》を使います!」
序盤から温存しておいた、デッキの主力コンボを使う。
これで、俺の手札の枚数分、相手のユニットを破壊する事ができる!
今まで、俺はナギサさんの攻撃を紙一重の所で受けながら手札を温存しておいた。ウォールを全部捨てたとしても、このターンまで生き延びれば、俺が逆転できるからだ。
「……だから、それまでに詰め切るしかないと思ったのよ」
手札が無いナギサさんは、そのまま両手を挙げた。降参、ということらしい。
「……ジェット君なら、その2枚を絶対に手札に揃える。……あたしのいつものデッキにカウンタースペル、1枚しか入ってないのばれてるからね」
……そう。初めて戦った時に、俺の《ライオンハート》に対してカウンタースペル《停止命令》を使われて俺の攻め手が無くなってしまったが、後にあのカードは実は1枚しか入っていなかったと判明した。つまり、あの時彼女があのカードを持っていたのは、運が良かったからなのだ。
「……咄嗟にデッキの中身を入れ替える事も考えたんだけど、そうしたらデッキが弱くなる。ジェット君に勝てても、他の人に勝てなきゃ意味がない。……だったら、初めから他のデッキを使った方がいいと思った。……んだけどな~……やっぱ最初からいつものデッキ使っときゃよかったかな~。まぁ、負けたら結局後悔するからどのデッキを選んでも一緒かもしれないけど……だったら最初から納得してるデッキで挑んだ方が良かったかな~……」
彼女は、はぁとため息をついた。そして席から立ちあがり、俺の頭にぽん、と手を置く。
「このあたしを倒したんだ。負けるんじゃないぞ。少年」
ギリギリだったけど。プロを倒すという大金星を挙げて、まずは1勝だ。
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