3章 3話 強くなりたければ

 「おっ。ジェット君おひさ~」


 「お、お久しぶりです! ヒナタさん!」


 俺達は山手線のとある駅で待ち合わせた。集合時間の20分前からソワソワしながら待っていると、ヒナタさんは時間ぴったりに現れた。


 「今日は、なんで東京に?」


 「他のチームとの交流会やら、運営会社の役員との会食やらミーティングやらで1週間ほどこっちに来ることになってな。ほんま面倒やで……ほな、行こか」


 俺はヒナタさんに続いて、歩き出す。


 「ヒナタさん、今日は変装しなくて大丈夫なんですか?」


 前回カードショップの公認大会で会った時は、ばれないように帽子とサングラスを身に着けていたが、今日はそういった物は何も着けていない。


 「ははは。プロゲーマーなんてカードショップでも行かんとわからへんからなぁ」


 ヒナタさんはちょっと自虐的に笑っていた。

 

 「最近調子はどうや?」


 「ええ、まぁ。ぼちぼちです。……そうだ。きずなさん……えっと、前ヒナタさんが対戦した、ルリアンさんってお姉さんがいましたよね。あの人が、昨日初めて公認大会で勝ったんですよ」


 「ほー。あの子が。まぁ、あの子はガッツある子やったからなぁ。うまなるやろなぁ」


 そんな事を話しながら駅から10分ほど歩いて、たどり着いたのは、なんてことのない平凡なビルだ。建物の脇に設置された階段を登って行き、3階まで来た。薄暗い廊下を奥まで進むと、一つの部屋があった。看板には『貸会議室』と書いてある。いわゆる、レンタルスペースというやつだろう。


 「ここは……?」


 「知りあいが共同で金出して借りてるスペースや。……驚くで?」


 そう言ってヒナタさんはにやりと笑い、扉を開けて入っていた。


「おっすー今日はゲスト連れてきたで~」


 部屋の中は、中央に3つぐらい小さなテーブルが置かれ、そこを囲うようにソファーが置かれている、カラオケボックスに似た内装になっていた。

 ただしカラオケとは違い、周りに置かれているのはカードが大量に入ったストレージボックスの山だ。

 そして、そのテーブルで向かい合って対戦している男の人が二人。それを横から眺めている女の人が一人。合計3人の人がいた。


 「んー? あれ、誰だっけその子。見覚えある気がする」


 まだ春先だというのに、タンクトップに短パンと随分ラフな格好をしている、お姉さん。


 「……前回、プロ昇格試験。準優勝」


 ボソボソと喋る。長い髪で片目を隠している男性。


 「あー。マッキーと戦った『ライオンハート』デッキの子かぁ。なんだっけ。シャトル君だっけ?」


 「ジェット君だよ。……よく来たね。ジェット君。歓迎するよ」


 そして、えらく身長が高い男性。190cmぐらいあるんじゃないか?

 3人共、ネットニュースで何度も顔を見た事がある。

 そう、全員がヒナタさんと同じ『レジェンドヒーローTCG』のプロゲーマーだった。


 「え、え? な、なんで!?」


 なんで、こんな所にプロのプレイヤーが!? しかもさらに驚いた事に3人とも所属しているチームが違う。シーズン中はそれぞれ別のチームで、優勝を掛けて争っている人たちが、なんで仲良さそうにこんなところに集まっているんだ?


 「ほら、驚いたやろ?」


 ヒナタさんはドッキリが成功した事でケラケラ喜んでいた。


 「プロ制度が始まる前から、ここを借りて、みんなで対戦したりデッキを作ったりといった、いわゆる研究していてね。プロになった後も、オフの時はこうして自然と集まっちゃうんだよ」


 そう言って説明をしてくれた長身の男性は、『ブレイブソウル』のレンさん。丁寧な物腰と丁寧なプレイングが特徴で、ブログなどで初心者向けの記事を書いたりと、『レジェンドヒーローTCG』の顔ともいえる人物だ。


 「そーそー。まぁ今でこそ豪華な顔ぶれだけど、 元々はただの身内の集まりだったんだよねー」


 そう言う薄着のお姉さんは、『ブルースカイ』のナギサさん。外見だけでなくプレイングまでやらしいと陰で評判の人だ。


 「…………」


 黙々とプレイしているのは、『零』の東雲(しののめ)さん。奇想天外なデッキを作っては世間を騒がす、あらゆる意味で普通とは違うプレイヤーだ。


 「今日はたまたまこの3人やけど、別の日に来たらまたちゃう奴らがおるかもしれへんで。まだプロになってない奴らなんかも来てるしな。俺も他のやつに紹介されて、東京来る時はようここに来とんねん」


 「そうだね。ここに来てるのは全員でだいたい10人ぐらいかな。君の知っている人も大勢いると思うよ」


 「でも、なんで俺をここに……?」


 そんな、プロが大勢いるような集まりに、たかだかランク7の俺が、なんで誘われたんだ?


 「そら、ジェット君が将来有望やからやで」


 「え!?」


 俺が、将来有望!?

 どうしよう。プロにそんな事を言われるなんて思わなかったので、抑えようとしても顔がにやけてしまう。


 ヒナタさんは急に真面目な顔になった。


 「ジェット君。……君、プロになりたいんやろ?」


 「え、ええ……も、もちろん!」


 「これは極秘情報やねんけどな。来月の1DAYトーナメント……ゴールドクラスの上位者は新チームにスカウトされる可能性が高いそうなんや」

 

 思わず息を飲む。

 先日、プロリーグに新チームが加わる事が正式に発表された。チーム名は『真田丸』。

 あのきずなさんの自称婚約者、真田幸助さんがオーナーのチームだ。

 しかも、現在確定しているメンバーの一人は、前回の大会の決勝で俺に勝った男、マッキーということもあり、俺にとっては色々と因縁のあるチームだ。


 「じゃあ、来月の1DAYトーナメントで勝てば……プロになれる?」


 「そういうことやな」


 次のプロ昇格試験大会は半年後。それに勝つことが一番早い道だと思っていたが、まさか、こんなに早くチャンスがやってくるとは思わなかった。

 元々勝ちたいとは思っていたが、これはなんとしても勝たないといけない。俄然やる気が出てくる。

 とは言え、1DAYトーナメントとプロ昇格試験大会には大きな違いがある。

 それは、プロ昇格試験大会にはプロプレイヤーは参加することができないが、1DAYトーナメントには参加できるという事だ。

 トーナメントは1発勝負。1回戦や2回戦でプロに当たって負けてしまう可能性もある。


 「そのために、ここを教えたんやで」


 「強くなりたかったら、強い人といっぱい対戦するのが一番だからねー。弱い人と対戦しても、得る物が無いっていうかー」


 ナギサさんは随分過激な事を言う人だ。その言葉にレイさんはちょっと顔をしかめていたが、特に否定したりはしなかった。


 「じゃあジェット君。さっそく俺と……」


 「ジェット君ウチとやろー!」


 腕まくりをするヒナタさんの言葉を遮って、ナギサさんが手を上げてブンブン振っている。どうしようかとヒナタさんの方を見たが、彼は肩をすくめて、「どうぞ」というジェスチャーをしていた。


 「じゃあ、ナギサさん。よろしくお願いします」


 「よろしくー!」


 プロチーム『ブルースカイ』、ナギサさんとの対戦が始まった。

 フリープレイとはいえ、プロ相手だ。全力で戦わないといけない。

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