4章 13話 賞金首
ナギサさんが手を振って去って行くと、俺は机に突っ伏した。
「……はぁ、はぁ……」
まだ心臓がバクバク言っている。1戦目からドキドキしっぱなしだった。
あんなの、地獄の谷で綱渡りしているようなものだ。たまたまあと1手だけ足りず、ナギサさんが詰め切れなかっただけで、負けに限りなく近かった。
なんとか力を込めて立ち上がり、ふらふらしながら対戦席から離れる。
「翔太君、大丈夫!?」
きずなさんが慌てて近寄ってきて、心配そうな顔でのぞき込んでくる。
「ええ、大丈夫……ちょっと疲れただけです」
まったく。1回戦目からこれじゃあ、体が持たない。なんせゴールドクラスはビギナークラスと違って7回戦まであるのだ。
「あ、そうだ! ラムネ食べる?」
そう言って彼女が差し出してきたのは、さっき俺があげた残りだった。自分の分も勿論買っているのだが、ありがたくいただく。きずなさんの好意を無下にするなど俺にできるわけがない。
「はい、あーん」
「……あーん」
きずなさんが直接口に放り込んでくれた。嬉しいのだがちょっと照れ臭い。
ラムネを噛むと、甘さが口の中に広がって溶けていく。糖分が体に染みていくのを感じる。
「うん、元気出てきました」
いくらブドウ糖が早く吸収されるからと言って、そんなに早く効果が出たりはしないだろう。単に、きずなさんが優しくしてくれて癒されただけかもしれない。
「喉乾いてない? 飲み物でも買ってくるね!」
「え、ちょ」
俺が何かを言う前に、彼女はぴゅーっと飲み物を買いに走って行ってしまった。
飲み物ぐらい、自分で用意しているんだが……。
「翔太さん」
そんな時、さっきまでどこにいたのか、絢子さんがふっと現れてそっと耳打ちしてきた。
「先ほどの対戦中、翔太さんの後ろから対戦を見ていた女性に気づいたでございますか?」
「……いいや?」
周りを見ている余裕なんか無かったし、そんな人いっぱいいるだろうから、気づかなかった。
「あの女性……スマホを操作しているふりをしながら、翔太さんのデッキのカードをメモしていたのでございます」
それ自体はあまりマナーが良いとは言えないが、禁止されている行為では無いし、止められるような物ではない。ただ、俺は先ほどのよっぴーの話を思い出した。あいつも女性が俺のデッキを知りたがっていると言っていた。同一人物の可能性が高そうだが……。
「仕方ないし、どうしようもないけど……ちょっと不気味だな。何で俺のデッキの中身を知りたがるんだろう」
首を捻った。ふと、絢子さんは不安そうな目で俺を見ていた。
「ひょっとして、俺のファンだったりして」
「……そうでございますね」
かなり冷たい目でそんな事を言われてしまった。
不安にさせないためにわざとおどけて言ったというのに、この扱いは辛い。
そうこうしているうちに、時間になった。2回戦のマッチングが発表されて、対戦席に戻ると。
「やぁ、ジェットさん」
「げっ」
にこやかに席に座っていた俺の対戦相手の男性は、ランク10の緑使い、ちくわ大魔王さん。ふざけた名前だが、いつも大会の上位に入賞している、おそろしく強い人だ。プロにならないのは、単に他に仕事をしているからだ。噂では医者らしい。そりゃ、プロになるよりそっちの方が稼ぎはいいだろう。
「ちくわさんかぁ……よろしくお願いします」
思わずため息をついてしまう。なんというか、消費カロリーの多そうな相手が続いているなぁ。
この人との公式戦での対戦戦績は、1勝2敗。現状は負け越している。俺と同じ緑使いだが、デッキタイプは結構違う。この人は強いカードをバランス良く積んだオーソドックスなグッドスタッフデッキをよく使っている。シンプルなデッキ故に、基本的なプレイングと構築が問われるのだ。
「よろしくお願いします。……そうだジェットさん。ちょっと小耳に挟んだんだけど」
「はい?」
「ジェットさんが、賞金首になっているらしいですよ?」
「……はい?」
一瞬、言われた意味がわからなかった。賞金首? なんだそれ。どういう意味だ。
「私を含め、ゴールドクラスのランク10が高いプレイヤーの何人かにTitterにDMが来ていたんですが……今日の大会でその人たちがジェットさんを倒せば、賞金が出るらしいです。……私は興味無かったのでスルーしたんですが」
「な、なんだそれ……」
愕然としてしまう。そりゃ、そんな事になっていればちょっとでも俺に勝つ可能性を上げるために、デッキの内容を知ろうとする人ぐらいいるだろう。
俺に勝たれると、まずい人。俺に買って欲しくない人。そしてそんな俺に賞金をかけるような人。……そんな人、一人しか思い当たらんぞ。
「マッキー選手は我がチーム『真田丸』のメンバーですからね。プロらしい試合を見せていただきたいです」
実況席でステージの上で行われているマッキーのフィーチャーマッチをしたり顔で解説している真田さんの顔が、酷く腹立たしく見えた。
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