2章 9話 新品のスリーブはよく滑る

 「「あーきはーばらー!」」


 「……それは何かの儀式なのでございますか?」


 秋葉原の駅前で両手を広げて叫んでいる俺とよっぴーを、絢子さんはますます冷めた目で見ていた。儀式というか、お約束みたいなものだ。

 一方きずなさんは、初めて来た秋葉原に興味津々で、まるで遊園地に来たみたいに楽しそうに周りをキョロキョロしていた。


 「ここが秋葉原かぁ。あ、ジュンみたいな恰好している人がいる!」


 「お嬢様。あれは偽物です。誰でもかれでもご主人様やお嬢様と呼ぶ、プロ意識の欠片も無い連中です」


 絢子さんはなぜかメイド喫茶のメイドさん達に厳しかった。

 そりゃ、本物のメイドさんなんてもはや数少ないだろうが……。


 「……料理ができないメイドは本物メイドなんですか?」


 「あ?」


 絢子さんは余計な事を言った俺を、暗殺者みたいな目でひと睨みして黙らせた。マジ恐い。


 「大丈夫だよ絢子ちゃん! 毎日冷凍食品でも俺は気にしないから!」


 「黙っていろでございます」


 絢子さんのツッコミがそろそろ追いつかなさそうだったので、俺達は駅の近くのビル、ラジオ会館の中にあるカードショップに向かった。

 とあるアニメでタイムマシンが屋上に落っこちた事で有名なラジ館だが、数年前に建て替えられ、外観も結構変わっている。

 初めて訪れた時は既に建て替え後だったので、ちょっとがっかりした物だ。

 さて、エスカレーターを登って、プラモやフィギュアや同人誌など様々な店を通り過ぎ、カードショップにたどり着いた。

 まずはスリーブコーナーだ。最新のアニメのキャラクターの物や、模様だけの物、『令和』と書かれた謎のスリーブまで大量に壁に掛けられていた。


 「絢子はこれにするでございます」


 絢子さんはその中から、イケメンの男キャラクターが描かれたスリーブを選んでいた。知らないキャラのはずなのになぜか見覚えがあると思ったら、この前買わされたBL同人誌の表紙に載っていたキャラクターだった。ブレない人だ。

 一方きずなさんはアニメには詳しくないようなので、キャラクター物ではなく模様や記号か描かれた物を見ていた。


 「あ! これにしよっと!」


 ト音記号と五線譜をテーマにした、カラフルな音楽の楽譜のようなスリーブだった。

 さすがきずなさん。お洒落でセンスが良い。


 「外スリも買った方がいいですよ」


 「外スリ?」


 「スリーブを守るためのスリーブですね」


 「カードを守るためのスリーブをさらに守るの……?」


 スリーブはカードを守るための物で、プレイしていると擦れたり切れたりすることもある、消耗品だ。だがスリーブは基本的に再販されないので、人気の物はプレミアがついて、元々の値段は千円もしないぐらいなのに、下手すると1万円を超える物になることもある。

 そうじゃなくてもお気に入りのスリーブが汚れたりするのは嫌なので、スリーブの上に透明のスリーブを着けて保護するのだ。


 「スリーブが汚れていると、『マーキング』って言って、カードに印を付けて裏からでも何のカードかわかるようにしていると疑われる事もありますからね」


 スリーブと外スリを買った後、デュエルスペースに座って、二人のデッキにスリーブを装着するのを手伝った。なんせ50枚ものカードをスリーブに入れて、さらに外スリを着ける作業はなかなか骨が折れる作業だ。

 ふと、視線を感じたので顔を上げると、店内のプレイヤー達が、何人かこちらをチラチラ見ていた。最近はちょっとずつ見るようになったが、やはりカードショップに女性がいるのは珍しいし、何より二人ともルックスは抜群だ。ついでに言えば一人はメイド服だしな。目立つ事この上ない。だからと言って二人に話しかけてくるような豪の者はいないが。

 それから数十分かけて、スリーブに入れ終わると、デッキはピカピカ輝いて見えた。


 「おお……なんだか気分いいね!」 


 カードゲーマーにとって、デッキは剣。そのスリーブは鎧みたいな物だ。装備がピカピカだと使っている者の気分も高揚する。

 きずなさんが嬉しそうな顔でカードを束ねて持った瞬間、ちゅるん、と手から滑って、半分ほどテーブルの上に零れ落ちた。


 「すべる……」


 「よくあるよくある」


 俺とよっぴーの経験者二人はうんうん頷いた。おろしたてのスリーブはよく滑るのだ。


 「『レジェンドヒーローTCG』の大会参加受付を開始しまーす」


 そうこうしているうちに、公認大会の受付が開始した。レジで大会参加費として1パックを購入して、参加者名簿に名前を記入すれば受付完了だ。


 「こちらにお名前をお願いしまーす」


 ふと見ると、きずなさんは、名前の欄に『音野姫珠菜』と本名をそのまま書こうとしていた。


 「きずなさんストーップ!!」


 「はい?」


 何か間違えたかしら? というキョトンとした顔でこちらを見ていた。


 「こういうのは本名を書かずにハンドルネームって言って……あだ名みたいなものを登録するのが普通なんです」

 

 本名を書くカードゲームもあるが、どちらかと言えば少数派だ。俺も『ジェット』という名前を使っている。ちなみに特に意味は無い。

 

 「そうなんだー……うーんあだ名かぁ」


 きずなさんはちょっと考えて、ちょっと恥ずかしそうに『ルリアン』と書いていた。

 何かの意味があるのかもしれないけど、残念ながら俺にはわからなかった。


 「絢子ちゃんの名前は俺が考えてあげるよ!」


 よっぴーは絢子さんの分の名前欄に『スーパーロリメイド』と書いていて、それを見られた彼女に思いっきり蹴り飛ばされた。よっぴー、それじゃ見たまんまだろうに。

 さて、きずなさんと絢子さんにとっての初めての公認大会だ。初心者がいきなり勝つことは難しいかもしれないが、せめて楽しんで欲しいと願うばかりだった。

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