4章 3話 ちぐはぐな彼女

 絢子さんのホムンクルス生成事件から3日が経ち、台所に漂っていた異臭もようやく収まった。下手したらご近所から苦情が来る所だったと思う。まぁ、この超高級マンションは2フロア分きずなさんが貸し切っているのでお隣さんとかはいないんだが。

 そもそも、絢子さんはなんで料理なんかしようと思ったんだろう。

 聞いても教えてくれないし(そもそもしばらく口を利いてくれなかった)、何であんな事をしたのか、一向に謎のままだ。

 ちなみにその絢子さんはあの優しいきずなさんが真顔でガチのお説教をした事もあってかなり露骨にへこんでいた。リビングの隅っこで延々と見えない汚れを雑巾で拭いている。おかげで部屋中がピカピカだ。 


 「……ジュンは落ち込むと徹底的に掃除しだすのよ。いつもは綺麗になったら満足するからそっとしているんだけど……今回は長引きそうね」


 すでに全ての部屋が新築みたいに綺麗になっていて、現在2週目に突入している。このままだと部屋中が光り輝きだしそうだ。どうしたものかと思っていたのだが。


 ピンポーン


 突然インターフォンが鳴った。


 「おいっすー」


 来客があったと思ったら、よっぴーだった。


 「帰れ」


 「お前、困った時はうちに逃げ込んでくるくせによくそんな事言えるなー。はいきずなさん。お土産」


 「わーい。ありがとうよっぴー君。ゆっくりしていってね!」


 デパートで買ったらしいケーキを貰って、嬉しさのあまりネットスラングみたいな事を言いだした。いや、他意は無いんだろうけど。


 「絢子ちゃんには、はいこれ」


 隅っこでいじけている絢子さんは、ネコミミカチューシャをそっと頭に乗せられていた。

 ……っておいこら。何やってんだ。ロリな絢子さんに似合っていて正直かなり可愛いけど。

 いつもなら逃げ回るかよっぴーをボロ雑巾のようにするかどちらかの行動を取る絢子さんだが、今日はその気力も無いのか、チラッとよっぴーの姿を確認すると、ため息をついて再び雑巾に向き直った。


 「……絢子ちゃん、どうしたの?」


 「……ちょっと色々あったんだよ」


 そう言って肩をすくめる。

 さて、ケーキを摘まんで一息入れると、すぐに対戦が始まる。

 よっぴーが来ている時は俺の部屋でやる事より、リビングでみんなでワイワイやる事の方が多い。いつもなら4人で相手を入れ替えながら対戦するのだが、今日は絢子さんが参加していないので3人で回していて、今はよっぴーときずなさんが対戦している。

 でも、絢子さんは時々チラチラとこちらを見ている。

 なんとなく、気まずい雰囲気だ。……声を掛けた方がいいんだろうか。俺が悩んでいると、


 「絢子ちゃん、対戦しないの?」


 空気を読んでいないのか読んだ結果なのか、よっぴーは絢子さんに声を掛けた。

 彼女はビクッと肩を震わせて、


 「……絢子は……お風呂掃除をしてくるでございます」


 ピューッっとお風呂の方に飛んで行ってしまった。これには、さすがのよっぴーも複雑そうな顔をしていた。


 「……まずかった?」


 「……うーん」


 そんな様子に、きずなさんがため息をつく。


 「あの子にも困ったものね……普段はしっかりしているのに、たまに子供みたいに拗ねちゃうんだから」


 「……子供ですか」

 

 確かに、あの様子はまるで構って欲しかった子供が叱られて拗ねているみたいだ。

 12歳で大学を卒業し、13歳から5年間きずなさんに仕えているメイドさん。

 見た目は中学生で、実年齢は18歳。仕事は料理以外完璧だけど、性格はちょっと子供。

 ……全部ちぐはぐだ。

 あの人の様子が変になった原因についても、きっと普段の様子に騙されちゃいけない。何か、子供みたいな理由なのかもしれない。

 そんな事を考えていると、よっぴーが残念そうに言う。


 「俺、絢子ちゃんと対戦したかったんだけどなー。彼女、結構うまいし」


 そうだな。彼女は頭が良いからか、相手の嫌がる事を突くプレイングがとても上手だ。

 カードゲームは性格が悪い方が強い、なんて以前プロのナギサさんが言っていたけど、そういう意味では絢子さんは才能があるんだろうな。


 対戦か。……そう言えば……。


 「きずなさん、最近絢子さんと対戦しました?」


 最近、絢子さんが対戦している姿を見ていない気がする。

 きずなさんは、しばらく考えて、首をかしげていた。


 「……そういえば、しばらく対戦していないわね」


 前は絢子さんときずなさんと頻繁に対戦していて、俺が二人にアドバイスをする事が多かったのだが、ここ最近はずっと俺ときずなさんが対戦している事もあって、絢子さんが対戦していないのだ。


 「……もしかして」


 立ち上がって、部屋の奥に向って走り出す。


 「絢子さん」


 お風呂場に行くと、絢子さんは浴槽の中に入ってごしごしとタワシで中を擦っていた。

 ちなみにまだネコミミをつけたままだ。


 「絢子さん、今度の大会の事なんですけど」


 「絢子は出ないでございます」


 「え?」


 出ないの? まじで?


 「……もう、カードゲームに飽きちゃった?」


 「違うでございます」


 絢子さんはむこうを向いたまま、首を振る。


 「絢子はお嬢様と同じビギナークラス。もし大会でお嬢様と当たるような事があれば、お嬢様のお邪魔になってしまいかねません」


 俺は、彼女の懸念を笑って否定する。


 「大丈夫ですよ。ビギナークラスは卓がいっぱい立ちますから。それに、もしきずなさんと絢子さんがマッチングしても、わざと負ければ……」


 彼女はくるっと振り返って、氷点下の目でこちらを見てきた。


 「お嬢様が、そんな事をお許しになると思うでございますか?」


 うっ。確かに、言われてみればその通りだ。彼女は負けず嫌いだが……。不正はそれより嫌いだろう。なんせ、不正のせいで夢を諦めないといけなくなったんだ。 


 「絢子は、翔太さんやお嬢様と違って、勝たなければいけない理由が無いのでございます。だから出る必要は無いのでございます」


 勝たなければならない理由。

 俺ときずなさんがそれぞれのクラスで優勝したら、俺がプロにスカウトして貰える。そういう約束だ。だから、俺もきずなさんも必死に練習しているのだ。


 「翔太さんもお嬢様も、今度の大会で勝たなければいけない理由がございますが……絢子にはありません。だから、絢子はお二人の邪魔をしたくないのでございます」


 それで、対戦しなくなったのか。俺ときずなさんに練習をさせるために。自分はその必要が無いから、あえて身を引いていたんだ。

 ……そういう、他の人の事を考えられる所は、とても大人だと思う。

 でも、彼女はやっぱり子供だ。


 「……理由なんて、必要無いですよ、そんなの」


 そんな事を言いながらも、彼女は、本当はずっとカードゲームをやりたかったんだ。

 だから、俺達が対戦している所をじっと見ていたんだ。本当は、構って欲しかった。誘って欲しかったんだ。


 「勝負したい、勝ちたい、楽しみたい。オリジナルのデッキを使って勝ちたい、好きなカードを使いたい。デッキを作りたい。……カードゲーマーには、色々な人がいます。拘って勝つのも、環境デッキを使って勝つのも、もっと言うと勝たなくても、その人の自由です。カードゲームをやる理由なんて、10人いれば、10通りあっていいんですよ。ただ、楽しんでさえいれば」


 楽しくないなら、辞めてしまっても仕方ない。

 でも、絢子さんは絶対に違う。この人はいつも無表情だけど、カードゲームをしている時はいつもキラキラと、子供みたいな目をしている。


 本当に、ちぐはぐな人だ。

 面倒くさくて、でも可愛らしい。


 「絢子さんは、どうしたいですか?」


 「絢子は……」


 彼女は、自分の本音を言っていいのか、迷っているようだった。

 言ってしまいたい。でも、言ったら迷惑になるんじゃないか。そんな事を考えているようだった。

 俺は、そんな彼女の手をぎゅっと握り、目で伝える。『そんな事迷惑でも何でもないんだよ』と。

 すると、彼女は、目に涙を浮かべながら。


 「翔太さんと、お嬢様と……一緒に遊びたい」


 良かった。その言葉が聞きたかった。俺はにっこり笑う。


 「……絢子さん。一緒に遊びましょう」


 そのまま、彼女をリビングに連れ行って、4人で気が済むまでカードゲームをやったとさ。


 「お嬢様。手札を全部捨てるでございます」


 「ああああああああああああああああああ」


 きずなさんは綺麗な顔を歪めて叫んでいたが。


 でも、一つだけ謎が残っている。彼女は、なんでいきなり料理なんかしだしたんだろう。

 後によっぴーに話した時、忌々しそうに、


 「好きな人に振り向いてもらうために、手料理を振舞いたかったんじゃないか? ……クソが」


 俺は笑って答えた。


 「まさかー」

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