第22歩 vs バーダントⅣ

 ときは『豹はわたしが引き付けるっ!』とニコルが発したところまでさかのぼる。


「ザックはニコルのフォローを!ベアは僕がッ!」


 ニコルが微かに聞いたソラの言葉は、この言葉だった。


 明らかにソラを標敵ひょうてきと捉えて向かって来るバーダントベア。

 しかし、ソラはニコルのフォローを優先した。


 自分の力を過信している訳ではない。でも、そうしないといけない。

 ソラの言葉は、そんな根拠のわからない数舜の判断によって発せられていた。


 それでも、ザックはソラとニコルどちらのフォローをするかで迷ったのだろう。

 ソラの発した言葉から少し遅れて、「ソラッ、任せたッ!」という言葉が僕に向けて返ってきた。

 

 先の個体とは打って変わって、ソラを見定める様な慎重な動きでじりじりと歩み寄って来るバーダントベア。


「ッハッッ」


 バーダントベアが自分からザックへと標敵ひょうてきを変える気配を察知したソラは、相手は自分だとばかりにバーダントベアへと斬り掛かった。


 ソラの意図にたがわず、バーダントベアはこれに応戦。

 一度はザックを追う気配を見せたものの、、しかも、自身に斬り掛かってきた怨敵おんてきを無視する事はできなかった。


 バーダントベアの薙ぎ払いを小太刀で捌き続け、ザックとニコルの戦闘が終わるまで自身の元に留める戦いが、自身に小太刀を授けた教官に成長を見せるソラの戦いが幕を切った。


 ―― とにかく、捌いて回避してッ…ザックとニコルのッ…戦闘がッ終わるまでッ耐え続けることがッ…僕の役割ッ! ――


 ―― バーダントベアへ止めを刺すのはッ、僕の役割じゃないッ! ――


 バーダントベアと相対し、攻撃を捌き、逸らし、回避しながらそう自分に言い聞かせるも、決定打がない悔しさが汗と共に滲み出てくる。

 ソラもバーダントベアの隙を見つけては反撃を試みているが、やはりダメージは小さい。


 ただ只管に、バーダントベアの薙ぎ払いを限界まで引き付けて対応するソラ。

 時に受け、時に捌き。躱し、往なし、逸らし、受け流し……。


 急激に削れていく神経と精神。

 何十というバーダントベアの追撃を小太刀とダガーと身一つで相対する。


 ―― ニコルとザックの相手はッ…素早いバーダントパード ――


 ―― 負けはせずともッ、時間は掛かる ――


 ―― その間にッ僕が引き付けておかないッ、とぉーッ!? ――


 何度も何度も繰り返されるぎりぎりの攻防、いや、防防の中、集中力は既に低下の極点へ。

 思考の途中で動きが遅れ、ソラの捌きが甘くなった。


 それでもソラは、体制を崩されたところに来たバーダントベアの大振りを何とか回避した。


 ―― あーッ くそッ!! ――


 いつものように自分の戦闘に集中できていないことに苛立ちが募る。


 ―― 一発でもッ…攻撃をまともにッ貰うとッ…僕はエンドだッ! ――


 ソラは自分にそう言い聞かせ、苛立ちを無理やり抑え込み、低下の極点に達した集中力を取り戻そうとする。


 左手の小太刀でバーダントベアの外から内への右薙ぎ払いを捌き、掌が痺れる。

 左爪の振り下ろしをバックステップで回避し、防具に創傷そうしょうが刻まれる。


 そして、内から外への右薙ぎ払いの隙を突いてバーダントベアの目へと投擲とうてきしたナイフは、顔を振るだけで弾かれた。


 ―― 悔しい…でも、 ――


 ―― でもッ、そろそろッ、もたない ――


 汗、疲労、息の荒さが身体のキレを奪っていく。


 ―― 満身ッ創痍ッ! ――


 ―― それは今の僕の為にッ作られた言葉なんじゃッ、ないかなッ ――


 戦いに全く関係のない思考がソラの頭に浮かび始めかけたちょうどその時、ソラの右側から飛んできたニコルの矢が熊の左脇腹に刺さった。


『グァガァ!?』


 ニコルの方へと意識を向けさせられるバーダントベア。


「おっらぁあッ!!」


 バーダントベアの背面へザックが飛び袈裟斬りを見舞う。


『グガァァ!ガグァァアアアア!!!』


 新規に現れた怨敵に、バーダントは発狂し憤激ふんげきした。


『グァッ!ガァァアッ!グギャァアアッ!!』


 近接するザックに向かって策も思考もなく只々ただただ腕を薙ぎ続ける。


 しかし、それはザックの盾で全て防がれた。

 強烈な金切り音が響く中、ザックはニコルが最後の一撃を見舞う為の隙を生み出すときを淡々と狙っていた。の、だが。


「ッフッッ」

「!?」


 ザックの頭上にソラが現れたかと思うと、バーダントベアに無理やり組み付き、左手の小太刀を首元に突き刺した。


『ガギャァアアッ!!』

「かはッッ…」


 バーダントベアの右腕によりソラは薙ぎ払われ。強打により口から息が抜けた。


「ソラッ!?」

「っんの、バカッ!」


 ニコルとザックの叫び声が意識の遠のくソラの耳に鮮明に響く。


 持久戦により消耗していたのはソラだけではない。

 ザックとニコルから見れば、数分に渡って薙ぎ払いを繰り出し続けていたバーダントベアも十二分に満身創痍だった。


 その為、無理をせずとも撃退可能。

 それが、ザックとニコルの共通見解だった。


 そう。

 そのバーダントベアと対峙していたソラを除いて。


 高さ距離共に優に十メートル以上は吹っ飛ばされたソラは、そのまま受け身なしに地面に叩きつけられた。


 頭を地面へと打ち付け、揺られて、朦朧もうろうとする。


 そしてソラは、様々な記憶を映し出す夢の渦に飲み込まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る