第13歩 イズレンデさんの薬屋

 建物の外壁と水路に挟まれた路地を歩く。

 

 数人がすれ違うには細いみちに屋根の間を抜けて陽の光が差し込み、所々につくられた日向では猫がのんびりとお昼寝中。


 交差する水路から流れ落ちてくる水音が心地よく響き、縁側で木製の盤面を挟んで遊戯に興じるお爺さんたちが心を和ませる。


 そんな僕のお気に入りの路を、猫を撫でたりお爺さんたちと話したりしながら歩いていくと。

 軒先にまるで日傘を差すように緑樹が伸びた一軒の薬屋が見えてくる。


 葉の間を抜けた木漏れ日が横を流れる水路の水面で風に合わせて揺れ動き、落ち葉が小さな波紋をつくる。

 喧騒はなはだしいガレリアにあって、ゆっくりとした時間が流れるこの場所が、今日の一つ目の目的地だ。


「こんにちはー」


 日除けの付いた高窓から入る光と壁面に取り付けられた小さな魔石の灯でほんのりとした明るさの店内。

 左右の壁際に据え付けられた棚に商品が並び、奥には帳場ちょうばと居室へと繋がる廊下がある。


 そして、帳場の裏には椅子に腰掛けてウトウトしているお爺さんが一人。


「こんにちはー」


 店半ばまで歩を進めたところで、僕がもう一度声を掛けると、


「ん…ああ、ソラ坊か。いらっしゃい」


 長く伸びた白眉で目元が隠れた顔をゆっくりとこちらの方に上げたお爺さんが、そう言いながら会釈したので、僕も頭を下げて「こんにちは」と、もう一度挨拶をした。


 目元を隠す白眉に後ろで結わえられた長い緑白髪も相俟あいまって、仙人みたいな雰囲気を纏ったこのお爺さんは、イズレンデさん。


 僕と同じでバーナ村の出身なんだけど、僕が生まれるずーっと前からガレリアで暮らしているので、イズレンデさんに会ったのは僕がガレリアに来てからだ。


 イズレンデさんは今年で御年九十二歳。

 年齢と容姿の特徴だけ聞くと、仙人みたいな雰囲気を纏っているのも当然な感じがするけど。

 よくよく見ると顔にはシワ一つなくて。

 親しくなればなるほど本当に九十二歳なのかわからなくなってくる。


 というのも、イズレンデさんは長寿で有名なエルフの血筋で、それも純血。

 純血のエルフとなると寿命が百五十年とも二百年とも聞く。


 それから考えるとイズレンデさんはごく一般的なエルフの歳の取り方なのかもしれないけど、寿命が長くて八十年くらいのごく一般的な人族である僕からすると、九十二歳なんてまだまだ働き盛りだとかって言われてもなんだかよくわからない世界だ。


 だから僕の中ではイズレンデさんはお爺さんってことで勝手に結論づけている。


「今日は新界しんかいには行かないのかい?」

 イズレンデさんはよっこらしょと言って立ち上がると、僕にそう尋ねた。


「そうですね。野営探索から昨日帰ってきたところなので、今日は消費した道具の補充に」

「それはそれは。おつかれさま」


 イズレンデさんはにっこり笑ってそう言うと、商品の並んだ棚の方へ。


「またすぐ野営探索に出るのかい?」

「はい。次回はもっと奥まで進むことになりそうなので、しっかり準備しなくちゃなんです」

「おー、そうか。順調そうで何より何より」


「あと、ザックとニコルにもイズレンデさんの魔法薬を買ってくるように頼まれちゃって」

「皆の分もか。こりゃ少しはまけんといかんかな」


 そう言うと、イズレンデさんはニッと笑った。


「いつもありがとうございます」


 僕が頭を下げてお礼を言うと、イズレンデさんはお礼なんていいよと言うように片手を上げてから、棚に並べられた魔法薬まほうやくを選び始めた。


「じゃあ、昨日までの探索での魔法薬の消費状況について聞こうかね」


 イズレンデさんの問いの答えを探して昨日までの野営探索を思い返す。


 そして僕が、


「え〜と、使った魔法薬は、」


 と、そこまで言いかけたところで、


「ソラ。いらっしゃい」


 奥の方から涼しく透き通った声がした。


「あっ、ララ姉」


 声のした方に振り向くと、銀白の女性が居室へと繋がる廊下から顔を出していた。

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