日常:ガレリアという街で

第12歩 朝を告げる鐘

  カァーン カァーン カァーン … …


 朝を告げるかねに合わせて陽の掛かったグラスの水が震え、反射した細かな光が部屋のあちこちを駆け回る。


 まぶたを抜けて差し込む光に朝だよーと起床を促されたソラは、大きなあくびと背伸びを連れ立って上半身を起こした。


 木の実とパンくずを窓辺に広げ、せわしなく食事を始める二羽の小鳥。

 その奥では群青ぐんじょうの空がどこまでも晴れ渡り、澄んだ風に大型の雲が時間を掛けてゆっくりと運ばれていく。


 そんな、快活さと穏やかさが同居しつつも流れていく時間の中に、くーぅ すーぅ という寝息が再び交じり始める。


 結果、昨晩どろのようにまとわりつく眠気をこらえながら浴室の片付けをする羽目になったソラが陽の光におはようと告げることができたのは、小鳥たちがうに食事を終えた二度目の鐘の音が響く頃だった。


 夢の国への三度みたびの入国をどうにかまぬがれたソラは、ベッドから降りて顔を洗おうと台所の流し台に設置された蛇口を捻った。


 だが、水が出たのはほんの数秒で。

 今は蛇口の先で膨らんではぽたっ膨らんではぽたっと落ちていくだけとなった水滴を、閉じかけた目で只々ぼーっと眺める。


 しばらくしてやっと動き出した頭が水浸しの浴室の映像に辿り着いたのか、のろのろと浴室へと向かい、浴槽に溜めっぱなしになっていた水で顔を洗った。


 二度三度と水で濡らした後に上げた顔から見えた窓の外の景色は、それはそれは見事なまでの晴天。

 雨なんかこの先、何日も降りそうにない。


 だが、昨夜の失敗の所為せいで貯水槽に溜められていた生活用水は空になってしまった訳で。


 雨が降ってほしいという切なる願いをガレリアに来て初めて胸に抱く形で、今日もソラの一日が始まった。




 ブルーな気持ちを引き摺りながらも、乾燥させた穀物にミルクを掛けた朝食を済ませた僕は、気持ちを切り替える為にもう一度顔を洗い歯を磨いてから本格的に活動を開始した。


 今日は昼半ばからザックとニコルと教育セクトで訓練をした後、食事をしながら次の探索に向けての打合せをする予定だ。


 二度寝をしてしまったけど訓練までの時間はまだたっぷりあるので、それまでは昨日できなかった武器と防具の手入れ、消費してしまった道具の買い足しをしようと決める。


 僕が探索の時に使っている武器は、ダガー二本に小太刀こだち一本。

 そして、投擲用のナイフが数本。


 ダガーは主に小型の魔物まものや急所がわかっている魔物との戦闘で使っている。


 素早い代わりに装甲の薄いしゅが多い小型の魔物には軽くて小回りの効く武器の方が立ち回りやすく、装甲の厚い種が多い大型の魔物との戦闘ではザックが引き付けている間に急所刺突の一点集中ヒット&アウェイといった遊撃を担うことが多い。


 戦闘以外にも解体用に使ったりと、ダガーは僕が一番良く使う武器。


 一方、小太刀はダガーと比べると刀身が長く重量もある直刀ちょくとうだ。


 新界しんかいで探索を続けていれば中型や大型の魔物に対しても僕一人で相対せざるを得ない状況が往々にして出てくる訳で。


 単身ダガー二本で中型の魔物を相手取ったものの決め手も無くジリひんになっていく僕を見兼ねた教育セクトの担当教官が、短期集中スパルタ教育を施してくれたのがこの小太刀だった。


 今の僕の上背うわぜいや力やスピードではダガーで大型の魔物に挑んだとしても仕留めることなんてまだできない。


 だけど、ザックとニコルが他の魔物との戦闘を終えて一対多の状況に持ち込める様になるまで、相対した魔物を自分の元に留めることはできる。


 教官にそう言われた僕は、小太刀を使った魔物の攻撃をなすすべを短期間で身体に叩き込んだ。というか、教官に嫌と言うほど叩き込まれた。

 勿論もちろん、比喩ではなく物理で。。。


 そんな教育セクトの担当教官が引率として新界に付いて来てくれるのも最後となった探索の折に卒業証書の代わりとしてくれた小太刀を、僕は今日まで大切に使っている。


 ダガーと小太刀を入念に磨いた僕は、次に防具の手入れへと移った。


 戦闘における自身の役割が遊撃主体なこともあり、魔物の革に金属プレートが貼り付けられただけの軽さを重視した額、胸、小手、脛用の防具を使用している。


 これらは全て教育セクトからの支給品だ。

 だけど、それでも十分に身体を守ってくれている。


 魔物の革は丈夫ながら柔軟でクッションの役割も果たしてくれるし、金属プレートは薄くて軽いも硬さがある。


 第一新界の魔物が相手であれば遊撃が主体の僕にはこれらの防具が最適だと、第二新界に進んでいるシードル新界開拓者からお墨付すみつきを貰ったし、現に僕も魔物の攻撃で破損させることなく使い続けられている。


 ただ、戦闘による傷や長時間身に着けていることでの経年劣化は防ぎようがないので、防具も武器と同様に入念な手入れは欠かさない。


 武器と防具の手入れを終えて一息ついたところで窓の外を見ると、太陽がだいぶ昇ってきていた。


「…そろそろ家を出ないとかな」


 アンダーシャツの上から防具の代わりにチュニックを被る。

 防具はサックに詰めて背負った。


 ダガーや小太刀はいつものようにホルスターに収納。

 そして最後に、ホルスターを肩に掛けて外れないようにしっかりと装着したら準備完了。


 浴槽の水に映る自分の姿を一目だけ確認すると、髪を指でつまんで整えながら玄関のドアを開けて部屋の外へ。

 そのまま慣れた手つきでドアに鍵を掛けると、二段飛ばしで階段を駆け下りる。


 軽快さそのままに建物の外へと飛び出すと、一瞬で太陽の光に全身を包まれた。

 目を開けていられないほどの光が、顔を上げて蒼穹そうきゅうを臨んだ僕へと降り注ぐ。


 慣性頼みの歩速へと減速した僕は、手で日陰を作って閉じ掛けた目をゆっくりと開けた。

 今朝のブルーな気持ちをも取り込んでしまうほどに澄み切ったスカイブルー。


「散歩日和だ」


 僕はそう呟くと、目的地へと歩先ほさきを向けた。

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