戦闘:訓練

第18歩 訓練開始

 訓練場に出ると、庭園を覆っていた芝は綺麗に刈り取られ、踏み固められた地面が広がる。

 訓練場は、新界と人界の双方に設けられており、ここは人界の訓練場の内の一つ。


 新界に比べて雲泥の差で魔力濃度の薄い人界の訓練場では、主に教育課程中のシードル見習いによる訓練、もしくは魔力切れなど特定の条件下での戦闘を想定した訓練が行われ、隣接する施設では座学の講義が行われている。


 魔力や魔法を存分に使っての訓練が行われるのは、主に第一新界だいいちしんかいに設けられた訓練場だ。


 用途ごとに柵や塀で複数の区画に分けられており、ソラたちはその中の中規模の区画に入り軽く身体を動かしてから、前回の探索で気になった戦闘中の連携などを中心に確認を行った。


 そして、一通りの確認を終えて休憩を挟んでいると。


「おう、お前ら。サボりか?」


 柵の向こうからゆっくりと歩いてきた男が声を掛けてきた。


 細身な体躯に軽く羽織っただけの上衣に、膝下が布で巻かれて絞られた下衣。

 他にも布手甲や肩越しに見える刀の柄などと、身に付ける物は黒一色。


「それは先生の方では?」

「あいにく、俺は多忙でね」


 ニコルに先生と呼ばれたその男がそう答えると、男の指先でまだくすぶっていた煙草たばこの火がふっと消えた。


 ヨシカゲ=タンバ。

 教育セクト所属の人族ヒューマンで、ソラ、ザック、ニコルの元担当教官。


 教育セクトとは、新界しんかいを進む上で必要となる知識や技能の教育を請け負っているセクトのことだ。


 ソラたち三人はタンバの下でセクトの教育を受けており、教育期間が終わって一端いっぱしシードル新界開拓者として活動している今も時々こうして指導して貰っている。


「でも、僕たちが休憩する前から先生が向こうで煙草を吸ってるの見えてましたよ」


 タンバの言葉にソラがしたり顔で口を挟む。

 タンバは動揺する様子もなくソラを一瞥すると、わざとらしく声を弾ませた。


「おっ、ソラも戦闘中に周りが見えるようになったか。成長したな」

「えっ、本当ですか?」


 誰から見てもわかるくらいにソラの顔が綻ぶ。


 うんうんと大袈裟に頷くタンバ。

 ソラはそれを見て更に顔を綻ばせると、ベコッと頭を下げた。


「あ、ありがとうございます」


 もはやお決まりのようにからかうタンバと欠かさず引っかかるソラに、ニコルは半ば呆れ顔。


「ソラ、この流れで喜ばないで。先生も冗談言ってないで早く指導してください」

「ニコルは相変わらず真面目だな」


 ニコルの冷たい視線にタンバが悪かったと言うように視線を返す。


「…冗談かぁ」


 さっきの綻びは何処へやら。ソラの肩はしゅんとしぼんだ。


「ニコル、ソラ落ち込んだぞ」

「えっ。ごめんソラ」

「大丈夫。そんな気はしてた」

「あの、わたしが冗談って言ったのが冗談って言うか、、ね?」


 力なく笑うソラと慌ててフォローを入れるニコル。


「いや、あながち冗談でもないんだがな」


 二人のやり取りにタンバは頭を描いて苦笑し、ザックは一連の流れを傍から見ながら終始笑っていた。


「まぁニコル、安心しろ。言われなくても今からしっかりシゴいてやるつもりだから」

「なら遊んでないで早く始めてくださいッ!」


 タンバの言葉にニコルが語気を強める。


「俺はもうちょっと休憩してても…」

「ザック何か言ったか?」

「いや、何も。というか今日は人界の訓練場ですげど、何をするんですか?」


 一頻ひとしきり笑った後にボソッと挟んだ言葉をニコルに押され気味のタンバに拾われるとは思っていなかったザックが慌てて話題を変える。


「ああ、お前ら次は四島で長期滞在するんだろ?なら連戦や有事を想定した魔力が少なくなった状況下での訓練も必要だと思ってな」


 しかし、そのタンバの言葉に、


新界しんかいの訓練場に行くのがめんどくさかっただけじゃ…」


 と、またボソッと余計な口を挟んでしまい。


 仕舞いには、ニコルの冷え切った視線から逃げる口実として、タンバに今日のシゴきのターゲットに指名される結果となってしまった。


「そういう訳で、今日はケースコンバットだ。今から四島の魔物と戦う力があるかを見てやるから、さっと準備しろ」


 何だかんだありながらも、タンバを交えた後もしっかり休憩を取った三人は、「はい」と答えて各々準備に取り掛かった。


 しかし、案の定というか何というか。


 元気の良い返事は一つも響かなかった。

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