第17歩 視福のニコル

「ソラ、こっち」


 ふと耳に入った声に辺りを見回すと、先に到着したニコルが訓練場の管理棟前にある広場のベンチに座っていた。


「おまたせ。早いね」

「前の用事が早めに終わったから。読みたい本もあったし、もうここで時間を潰そうかなって」


 そう言って、ニコルは横に置かれていた本をポンポンと叩いた。


 ベンチの後ろの木々を抜けた木漏れ日が本の上で揺れる。

 確かに、天気が良くて暖かい今日は読書にちょうど良さそうだ。


「なんの本?」

「回復魔法の教科書も兼ねたシードルの物語かな」

「そんなのあるんだ」

「お母さんが若い頃から集めてる本なの。それでわたしも何度も読み返してて。魔法の勉強にもなるから」


 そう言いながら、ニコルはその本を大切そうに鞄へとしまった。


「おもしろそう。でも、教科書ってことは僕には難しい?」


 僕の質問に「う~ん」と本の内容を思い返す仕草を見せたニコルは、


「回復魔法の基礎知識というか感覚というか、そういうのがないと確かにちょっと難しいかもしれないけど…」


 そう前置きした上で、


「読書好きなソラなら大丈夫かな」


 と言った。


「ニコルがそう言うなら読んでみようかな」

「ほんと?それならシリーズものだから今度一巻を貸してあげる」


 自分が大切にしている本に興味を持って貰えたことが嬉しかったのか、ニコルがいつになく声を弾ませた。


「ありがとう。楽しみにしてる」


 笑顔のニコルを見てにやけてしまいそうになった僕は、


「魔法は知識も感覚もダメダメだから、勉強にはならないかもだけど」


 と、ごまかすように頬を掻きながら、お礼の言葉にそう付け加えた。


 けど、


「ソラはまだ自分の属性が決まっていないだけなんだから。どんな属性の魔法が使えるようになるのかって今の状況を楽しまないとダメだよ?」


 そう言いながら立ち上がったニコルにグイっと顔を近付けられて、


「そ、そうだよね。じゃ、じゃあ、まずは回復魔法から、勉強を始めてみるよ」


 頭の中を真っ白にしながらも、しどろもどろにそう答えた。


 そんな僕の返事を聞いて、「うんうん」と満足気に頷くニコル。

 が、いきなり「そうだっ!」と言って手を叩いた。


「もしこれを機に回復魔法に適性が出たら、ザックの傷の手当ては今度からソラの担当ってことで」

「うっ。それはちょっと。というかだいぶ。自信ないかも…」


 急な無茶振むちゃぶりに萎縮する僕を見てニコルがいたずらっぽく笑う。


 いつものシードル新界開拓者姿ではなく私服しふく姿で笑うニコルはちょっと新鮮。

 僕も本を持って早めに来れば良かったかも。着る服ももう少し考えて…。


 そんな小さな下心の篭った気持ちに気付かれないように、僕は辺りを見回した。


「そういえば、ザックは?」

「まだ来てないよ。先に着替えてよっか」

「だね。たぶんザックは着替えを済ませて来るだろうし」


 その後も二人で少しおしゃべりした後、僕たちは管理棟の更衣室へ。


 そして、着替えを済ませて簡単に身体をほぐしながら更衣室の外でニコルを待っていると、ニコルが更衣室から出て来るのを見計らうようにザックが到着。

 予想通り全身は既にシードル仕様だ。


「よっ!二人ふたりももう準備できてるな。よろしい」


 一番いちばん最後に来ておいて、僕とニコルの準備ができていることに満足気なのがザックらしい。


「来るの最後でよく言うよ」

「準備はできてるんだから問題ないだろ?」


 僕の呆れ声もお構いなしに満足気なザックだったけど、


「脛当てがカパカパ鳴ってるけど?」


 腰に手を当てジト目なニコルにそう指摘され、


「あっ。…これは直前に調整するんだよ」


 お約束のような動揺を見せるザック。


「ほんとに?」

「ザック、『あっ。』って言った」

「嘘じゃねぇよ。人界じんかいではいつもこうしてんの知ってるだろ?」


「どうだか」

「ザック、『あっ。』って言った」

「でも、どちらにせよちゃんと準備はしてきて間に合ってるんだからいいだろ?」


「ザック、『あっ。』って」

「ソラはしつけぇ!」


 そんないつも通りの会話をしながら、僕たちは管理棟から訓練場へと向かった。

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