第16歩 商工業区の巨大マーケット

 断魔水のやりとりを終え、イズレンデさんやお財布と相談しながら見繕って貰った道具や魔法薬を購入した僕は、大きく手を振って薬屋を後にした。


「またお世話になっちゃったなぁ」


 二人の姿が見えなくなって少し経ってからそう呟く。


 イズレンデさんとララ姉には僕がガレリアに来た時から道具の購入以外にも色々とサポートをして貰っている。

 正直、二人のサポートがなかったらシードル新界開拓者になる以前に屋根のある家で生活できていたかも怪しいところだ。


 次の目的地に向かう足は動かしながらも、二人に何かお返しできないかを考えて……。

 少ししてから、次回は何かお土産を買って薬屋に立ち寄ろうと決めた。


 今度の野営探索は今までより新界しんかいの奥に進むし、人界じんかいに帰ってきた時にはお金もあるはず!…たぶん。


 どんな物を買って行こうかなんて考えながら、僕は細い路地を抜けて大きな通りへ出ると更に西へと舵を切った。


 歩を進めるにつれて宿屋やテラス席のある飲食店などが現れ始め、街の住民や武具を纏ったシードルに加えて鍛治士や職人、商人といった風貌ふうぼうのシードルとも多くすれ違うようになってくる。


 綺麗に敷かれた石甃いしだたみの上を多くの人と荷台を引いた馬車が肩のぶつかる程の距離で種々雑多に行き交う喧騒けんそうの中を、僕は身軽な体躯を活かしてすり抜けていく。


 そして辿り着いたのが、今日二つ目の目的地。

 それがここ、商工業区の中心に位置する巨大マーケットだ。


 シードルをターゲットとした武器屋や防具屋は勿論のこと、鍛治士や大工が使うような職人道具を扱うお店や、見たことのない文字で書かれた書物で溢れた本屋。

 芸術家の卵の作品ばかりを集めたお店もあれば、高級品だけを扱う会員制の魔道具屋なんかもある。


 そんな多種多様なお店が建ち並ぶマーケットでの今日の僕のお目当ては、駆け出しのシードルらしく武器の掘り出し物。

 なんだけど…。


 まずはちょっとお高めの武器が置かれたお店でウィンドウショッピング。


 勿論もちろん、有名な鍛治士の名刀なんて今の僕ではとてもじゃないけど手が届かない。

 だけど、いつかは自分もっていう日々の活力と、安くても良いものを見つけられる目をこうやって養っている訳です。


 まぁそうは言ってもやっぱり身の丈に合っていないお店は長くいるには居心地が悪くて、いつも少しの時間でお店を出てしまうんだけど。


 と、そんなこんなでも何だかんだ十分ウィンドウショッピングを満喫した僕は、当初の目的に立ち戻って掘り出し物探しをスタートした。


 マーケットの中心から少し外れたところに建つ、数軒の建物の壁を抜いて無理矢理繋げた様な長屋ながやに入る。


 長屋の中には簡易な衝立ついたてで仕切られた武器屋が十軒ほど並んでおり、各店舗では様々な武器が整理整頓のセの字もないくらい雑多に売られている。


 ここは、まだ名の売れていない鍛治士の作品や出来が悪くて売れ残った武器、所謂いわゆるアウトレット品とかノーブランド品を一手に扱っている場所で、稼ぎの少ない駆け出しシードルでも手の届く値段の武器が多く売られている。


 でも、だからといって粗悪品ばかりという訳でもなく、しっかりと時間を掛けて品定めすればそれなりの武器が手に入る。


 なので、貰い物の小太刀以外、ダガーや投擲用のナイフなど僕が今まで使ってきた武器は、ほとんどここで購入した物だ。


今朝手入れをしたダガーは予備も含めてまだまだ現役でいけそうなので、今日は投擲とうてき用のナイフの購入を念頭に置いた上で、何か他に掘り出し物はないものかと全ての店舗を端から端まで梯子はしごした。


 十分じゅうぶんに時間を掛けて色々な武器を物色した結果、輪っかの外側が刃になっているおそらく投擲用の武器や、幅広で程よい重量のあるナイフ、柄の端で長いロープと繋がった返し付きのダガーなど気になる武器はあるにはあったけど、どれも今の僕ではすぐには使いこなせなさそうな物ばかりで。


 結局、次の予定の場所に向かう時間の鐘が鳴ったこともあり、一先ず今日は当初の予定通り投擲用のナイフの補充だけで武器屋巡りを終えた。




 マーケットを出た僕はそのまま商工業区も抜けて防壁をくぐり、神殿へと繋がる橋を渡った。


 神殿を中心に広がる庭園では子供たちがボールを追いかけて遊んでいて、周辺の見回りや休憩で居合わせたシードルたちがそれを眺めて笑っている。


 ここガレリアで一番治安が良いのは間違いなく神殿の敷地である防壁の内側だ。


 魔物の住む新界に一番近い場所が一番治安が良いというのも変な話だけど、ここでは一日中シードルの誰かしらがゲートを出入りしているのに加えて、ランクⅢサードの中級シードルや|ランクフォー以上の上級シードルが有事に備えて日々見回りを行なっている。


 そんな場所で態々わざわざ犯罪を行う人はいないだろうし、もし犯罪を行う物好きがいたとしてもすぐに見つかって捕まるのが関の山だ。


 僕なんて、上級シードルを始めとした大勢のシードルに囲まれるのを想像するだけで、冷や汗が止まらなくなる。


 それに、この街で犯罪に手を染めるのは、どこのセクトにも入れなかったり所属セクトから追放されてしまったランクⅡセカンド以下の下級シードルや街の外から来た人が大半だと聞く。


 それは、五百年前の魔物襲来時に最前線で戦った正義感溢れる先人たちによって築かれてきた歴史がガレリアにはあり、多くのシードルが公に掲げられている『先人の功績に恥じない行動を心掛けること』などの心得を大切にしているからだろう。


 だから、上級シードルが見回りをしているこの場所はやっぱり安全なんだと思う。


 まぁ、五百年の歳月や他国の人々の流入もあって、治安が悪いとされる地区もあるのが現状ではあるけど。


 そんなことを考えながら、時たま子供たちに手を振りつつ、庭園もなかばを過ぎたところで神殿に向かう道を逸れて脇道に入った。

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