第15歩 薬屋の魔法薬

「お、来たか。後片付けを手伝わせてしまって、すまんかったの」

「いえいえ、こちらこそご馳走さまでした」

「なに、ワシは何もしとらんよ」


 イズレンデさんはそう言ってニッと笑った。


「よし、ソラ坊。今からこれらの説明をするからこっちに来なさい」


 僕が帳場のカウンターの前まで移動したところで、早速さっそくイズレンデさんは椅子から立ち上がって見繕みつくろってくれた道具や魔法薬まほうやくについて説明してくれた。


  魔法薬とは、主に薬学系のセクトで作られた魔力の込められた薬を指し、新界しんかいの植物や小動物、そして魔物まものから採取した素材などを調合することによって作られている。


 僕たちシードル新界開拓者は、やっぱり傷や疲労を癒すたぐいの回復薬を一番よく利用するけど。

 他にも、只々ただただくさいだけの薬や、右手小指が風船のように膨らむ薬、一時的にホクロに毛が生える薬、などなど。

 用途の全くわからない薬も含めて、その種類が多岐に渡るというのが面白いところだ。


 イズレンデさんは回復薬の調合に関してはガレリアでもちょっとした有名人らしく、お店で度々顔を合わせる常連さんも少なくない。

 ララ姉もイズレンデさんに日々調合を教わっていると言っていた。


 そんなイズレンデさんが説明してくれた道具や魔法薬の中には今までにも購入したことのある回復薬などもいくつかあったが、初めて説明を聞く物もちらほら。


「最後になるが、次回の探索にはこれも持っていくのがええと思う。どうかね?」


 そう言って、イズレンデさんは細長い円筒形の瓶を持ち上げた。

 中には魔法薬らしき澄んだ緑色の液体が入っている。


「この液体にはどんな効果があるんです?」

「おお、ソラ坊はこれを見るのは初めてだったか」


 イズレンデさんはそう言うと、コホンと咳払いを一つ。


「こりゃあ断魔だんま水といってな、この液体を被ると魔法が効かなくなるという魔法薬だよ」

「すごいっ!これがあれば魔法を使う魔物に対しては無敵じゃないですか!」

「そうだね。ただ、欠点もあってのぉ」


 あまりの効果に驚きから声が大きくなってしまった僕を落ち着かせるようにまた一つ咳払いをしてから、イズレンデさんは次の様に続けた。


「こいつは魔力自体も遮断してしまうんだよ。どういうことかわかるかい?」

「魔力自体を遮断、ですか…」


 イズレンデさんのゆっくりとした口調につられて落ち着きを取り戻した頭で考える。


 魔力が遮断されてしまうってことは、魔法だけじゃなくて魔力も身体に干渉しなくなるってことだから……。

 空気中の魔力を吸収できなくなる?…ってことは。


「体内に魔力が溜まらなくなるってこと、ですか?」

「そう。そういうこと。ソラ坊は賢いの」


 そう言ってイズレンデさんが僕の肩をポンポンと優しく叩いたので、僕は何だか恥ずかしくなって。「ははは」と笑って頭を掻いた。


 そんな僕を見て、もう一度ポンっと僕の肩を叩いたイズレンデさんは、


「それと、基本的に魔法も使えんくなってしまう。まぁ、体内で魔力を使う身体強化などは別だがの」


 と、付け加えた。


「じゃあ、魔法の使えない僕はいいですけど、魔法が得意なニコルなんかは使い辛いってことですよね?」

「うむ。一般的にはの」


 僕の質問にそう答えた後、イズレンデさんはニッと笑みを浮かべた。


 だけど、何だか煮え切らないイズレンデさんの返答に、意味がよくわからなかった僕は首をかしげた。


 そして暫く無言の時間が続くも、只々ただただ首を傾げるだけの僕。

 それを見たイズレンデさんが「わはは」と笑う。


「お祖父ちゃん。ソラに意地悪しないで」


 そんな二人の様子を見兼ねてか、お店の掃除をしていたララ姉が、持っていた箒の柄でコンッと壁に取り付けられた棚を小突いたので、イズレンデさんは「わるいわるい」と言ってまた、「わはは」と笑った。


 そんなやりとりを終えたところで、イズレンデさんは先ほどの僕の質問の答えをしっかりと説明してくれた。


「その欠点にも使い道があるということ。それは、身体から魔力が漏れ出さなくなることで魔物から見つかり辛くなるという点だね」


「魔物の中には鼻や耳が異様に利くヤツらもおるが、ワシらの身体から漏れ出す魔力を目印に襲ってくる魔物も多い」


新界しんかいの先に進むってことはより強い魔物が出てくるってことだ。状況によっては嫌でも隠れなきゃならん時も出てくる。そんな時にこれが役に立つ」


「エアルではまだ魔法を使ってくる魔物にはそうそう出くわさんだろうが、魔物から身を隠す用途では使える。もしもの時の為に一つ持っておくといい」


 イズレンデさんは説明の最後に、


「ちと値は張るがの」


 と付け加えると、片側の長い白眉を上げて隠れていた目を覗かせた。


「え〜と。ちなみに、おいくらですか?」


 イズレンデさんの脅しに僕が恐る恐る値段を訊くと、


「わはは。冗談だよ」


 と、イズレンデさんは白眉を下げて盛大に笑った。


 楽しそうに笑うイズレンデさんに、恐る恐るだった僕もつられて笑った。


「一つ持って行きなさい。さっき新界の話をしてくれたお礼だよ」


 そう言われ、「それとこれとは」と慌てて食い下がろうとした僕の言葉を断魔水を持った手でさえぎって、


「なに、新界から元気に帰ってきてまた面白い話を聞かせてくれたらそれでええ」


 とイズレンデさんは言ってくれた。


「イズレンデさんがそう言うなら…」


 と、渋々ながら差し出された断魔水を受け取る僕。


 そんな、まだ納得していない気持ちが顔に出てしまっていたのか、


「なんなら、また家の水が無くなった話でもいいぞ」


 と、食事中に相談した昨晩の失敗談を蒸し返されてしまったので、


「ありがたくいただきますっ!」


 と、僕は勢いよく深々と頭を下げた。

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