第21歩 vs バーダントⅢ

 ―― わたしが一番いちばん近い!? ――


 後衛の自分が最も魔物に接敵していることに動揺を覚えるも、思案するよりもまず足を動かす。


 後衛にとって命の次に大切なもの。それは、位置取り。足を動かすこと。

 これはタンバ先生から常に言われてきた。


 だから、動き回りながらでも後衛としてベストな立ち回りができる推考力も今までの訓練や実践で少しは身に着けてきたという自負がある。


 しかし、前衛のザックと位置を入れ替わる為に後方へと足を運ぶも、素早さの勝るバーダントパードが完全にニコルを標敵ひょうてきと捉えており。

 バーダントパードに背を向けて全力で走っても、入れ替わる前に追い付かれてしまう。


 ―― 間に合わないっ ――


「豹はわたしが引き付けるっ!」


 ニコルは視界の中にいないザックとソラに声を飛ばした。


 自身の声にソラが応えた気がしたが、言葉の内容までは耳に入らない。

 ニコルはそのまま背走しながらバーダントパードと接敵することを選んだ。


「ウィンドアローッ」


 短弓だけを持ちげんを引く。背走しながら放つ矢は、実体のない【風矢ウィンドアロー】。

 矢をつがえる必要のない風矢ウィンドアローは、威力は低いも初動と速度が早く、牽制向きの魔法。


 だが、敏捷性の高さに特化し流線に駆けるバーダントパードには当たらない。

 そして、バーダントパードの細長く先鋭な爪牙が眼前まで迫っていた。


「くっ…風よ、舞い上がる風よ、力をっっ!!」


 祝詞のりとを唱えたニコルは跳躍した。

 いや、もはやそれは飛翔と呼んだ方が適切であるような大跳躍。


 爪が接触する直前で眼前から忽然こつぜんと姿を消す標敵ひょうてき

 体感したことのない突風が地面から吹き上げ、自身の軽い体躯も若干ではあるが浮かされたことに怯むバーダントパード。


「ウィンドアローッ、ウィンドアローー!!」 


 これを好機と、ニコルは風矢を二連射。


 第一射がバーダントパードの肩口を抉り、煙が漏れるも致命傷にはならず。

 そして第二射は、第一射を受けてニコルを視認したバーダントパードに回避された。


 そのまま第三射、第四射と続けざま風矢ウィンドアローを放つも、全て回避され。

 遂にニコルの飛翔の高度が落ち始めた。

 後方へゆっくりと下降するニコル。


 ―― やっぱり人界ここの魔力じゃこれが限界っ ――


 風矢ウィンドアローを放つ度に高度の落ちるニコルを見上げるバーダントパードのあごは下がり、遂には飛び上がれば手の届く高さまで。

 身を屈め、標敵ひょうてきを捉える一撃に向けた態勢を整えるバーダントパード。


 そんな魔物の挙動に対し、ニコルは遠距離での対敵を放棄。

 短弓を背中に収め、腕をクロスして両腰のホルダーからククリナイフを抜き出した。


 遂にバーダントパードの爪牙がニコルに届く。

 ニコルはそれをククリで捌くが、捌きが甘い箇所へと浅い創傷が刻まれていく。


 ニコルの耐える時間が続く。

 ニコルとバーダントパード、ククリと爪牙のりは、終わってみれば十数秒にも満たなかっただろう。


 しかし、後衛として戦闘に臨むことの多いニコルには、尚且なおかつ、過去に戦ったどんな魔物より能力の高い相手というのであれば尚更。

 ニコルには永遠にも思える時間だった。


『グルルゥッ!…ガグルッ!?』

「!?」


 対面し戦闘していたバーダントパードが急に横跳ぶ。

 バーダントパードのその突飛な行動に身構えるニコル。


  ザンッ


 バーダントパードがいた場所に剣が振り下ろされ地面が大きく抉れた。


「待たせた」


 ニコルに向けて肩越しにそう言うと、ザックは剣を中段に構え直した。


「ありがとう」


 ザックの到着に安堵するニコル。


 しかし、自身一人では全く歯が立たなかったこと。

 そして何より、ザックの接近に全く気付けなかったことに対するショックは大きい。


 ただ、その反省は今ではない。

 その重厚な装備から決して俊敏とは言えないザックも、一対一でバーダントパードを相手取るには向いていない。


 ―― この戦いの鍵は、わたしだ ――


 戦闘の反省、この後の立ち回り、ソラの安否……。

 多くのことが頭の中を駆け巡る。


 が、ニコルは瞬時にその中から重要と思うモノだけを抜き出し整理し、次の行動へと移り始めた。


 ニコルとバーダントパードがザックを挟んで対角線上で睨み合う時間が続く。

 バーダントパードがザックを迂回うかいしてニコルへ接近しようとするも、ニコルはすぐに逆方向へと転回てんかいしてザックを挟む隊形を崩さない。


 ニコルの動きにザックは上手いなと感心させられつつも、このままでは時間だけが過ぎ、その分ソラへの負担が増大してしまうといった懸念が身を急かす。

 その焦りからか、ザックが放った全ての斬撃はバーダントパードに回避され。


 ザックの後方からニコルも矢を放つが、バーダントパードはこれも回避。

 しかし、バーダントパードの攻撃もザックの盾で全て防がれる。


 一進一退の膠着こうちゃく状態が続く。


 そして、先に痺れを切らしたのはバーダントパード。

 先程のバーダントベア同様に、まだ生み出されたばかりであり元々の知能も決して高くないバーダントパードが自身の感情の高ぶりを制御するのは、あまりにも難しいことだった。


 真っ向の斬り下ろしを横飛びに避けたバーダントパードは、ザックの左真横を抜いてニコルに迫ろうとした。


 しかし、回避行動により勢いの落ちたバーダントパードであれば。

 ザックは待ってましたとばかりに、抜かれぎわのバーダントパードの後足を盾で思いっきり突き上げた。


『グルガッ!?』


 後足を高く浮かされ、前足まで浮かされて地面に垂直になるバーダントパード。

 しかし、まだ完全に体勢を崩された訳ではない。


 バーダントパードは着地した前足で転倒を堪えようとした。が、


  ぐにゃっ


 沼に足を取られたように、バーダントパードの着地面だけが緩む。


『グルゥッ!?』


 そして、驚きの鳴き声と共にバーダントパード前方へとつんのめった。


 透かさずザックが首を落とす。

 折れた前足でも立ち上がろうとしているバーダントパードの首を。


 ザックが斬り下ろしそのままに、地面に剣を突き刺して唱えた土魔法【流砂りゅうさ】。

 その魔法によって緩んだ地面に足を取られて訳も分からぬままに敗北したバーダントパードは、その短い寿命を終えて黒色の灰となった。


 そこに残るは色を失った魔石のみ。

 だが、その魔石も形を保ったのはほんの一刻で。


 バーダントパードを追うようにすぐに灰となった。


 ザックとニコルはそのさまを見届ける事もなく、声を掛け合ってすぐにソラの援護へと走り出した。

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