第20歩 vs バーダントⅡ

「おぉおっらぁあッ!!」


 バーダントベアの体勢が右後方に大きく崩れたことでできた隙を逃さない。


 ザックはバーダントベアの左脇腹に剣を横薙いだ。

 さっきのような軽い斬り裂きではなく、今度こそ体重の乗った一撃を。


 バーダントベアの分厚い外皮をぶち破って深々と食い込む片手剣。

 そして生まれる数舜の


 ザックは致命傷を与えたことで気が緩んだのか、食い込んだ剣をそのままに数舜ではあるが明らかに動作が鈍った。


『ガァギァァアアア!!!』


 アルミラージでも見逃さないような戦闘中に明らかに生まれた

 それを、致命傷を与えられ劣勢のバーダントベアが傍観する筈はなく。


 バーダントベアは右後方へと崩れている体勢を立て直すべく、左脇腹に食い込んだ剣を躊躇ちゅうちょなく掴んで自身の方へと引き込んだ。


 が、ザックの顔から漏れるのは焦燥しょうそうの色ではなく。

 上がった口角こうかくは笑みとさえ思わせた。


 それに気付くことなく剣を引き込むバーダントベア。

 しかし、引き込まれたのは剣だけではなく。


 ザックは引き込まれる勢いをも利用し、バーダントベアのあごを盾で思いっきりげた。


『グァガ グフッ!?』


 前傾に体勢を戻そうとしたところへの不意の一撃に、バーダントベアは今まで以上に体勢を崩す。上体は上がり、右腕は後方の地面に。


 唾液を飛散させながら顔面を蒼穹そうきゅうへと晒され、そこへ差し込まれる晴天の光。

 太陽と目の合ってしまったバーダントベアのまぶたが意思と関係なく閉じられていく。


「ソラッ!!」

「任せ、てッ!!」


 ザックの声より先にバーダントベアの背後から跳躍していたソラは、バーダントベアの後頭部に組み付くのと同時に右手のダガーで閉じられたまぶた諸共もろとも、眼球を刺し貫いた。


『ガァァアッ!ギァアッ!ガァアアア!!』


 直接神経を引き千切られた様な傷みに襲われ、暗闇に支配されていく恐怖を深層では感じるバーダントベア。

 しかし、バーダントベアは。新界の魔物は。われを持たぬ異界の生命体。


 タンバの影から生み出されたこのバーダントベアも、元となる魔石は新界から人界に持ち込まれてまだ幾分いくぶんの日にちも経っておらず。

 新界の魔力は、バーダントベアの体内を色濃く染め上げていた。


 それ故、その恐怖に気付くこともできず。

 バーダントベアは、元凶を排除する為のみに右腕を狂乱きょうらんと共に振るい続ける。


 ソラはバーダントベアの眼窩がんかにダガーを放棄し、後方へと飛ぶことでそれを回避。

 右側を闇に支配されたバーダントベアの薙ぎ払いがソラを捉えることはなかった。


 しかし、敵は蜂のようにちょこまかと刺してくる人族だけではない。

 眼前に武器を掴まれた人族がもう一人いる。


 ―― コイツダケデモ蹂躙ジュウリンスル。切リ裂ク、踏ミ潰ス、命ヲ凌轢リョウレキスル。――


 バーダントベアの思考は、瞬く間に眼前の敵への殺意のみに支配されていく。


 いくらタンバに生み出され、タンバの命令は絶対だとしても。

 この一点だけは。人族への敵意、殺意だけは。

 それは最早もはや一種の呪いであるかのように、決して思考の埒外らちがいに置くことはない。


 バーダントベアは後方へと薙いだ右腕を前方に戻すのと同時に、てのひらに食い込む程の力で掴んだザックの剣を、ザック諸共もろとも左腕で振り払った。


 振り払われて体勢の崩れたザックを蹂躙じゅうりんすべく。

 ザックが振り払いに持ち堪えることなど考えもしない、本能に従った力業ちからわざ


 ソラたち三人の中で一番体格の良いザックといえども、優に二倍を超える巨躯の力業に持ち堪えることはできず。


 ザックは視界がブレる程の速度で後方へと吹っ飛ばされた。

 ザックの着地点を追おうとするバーダントベアの足元の土がえぐれ…


  トンッ


 殺意をぐような穏やかな音が、澄んだ一音いちおんが、訓練場に静かに、それでも明瞭に響いた。


 その瞬間、バーダントベアは一気に弛緩し、顔面から地面へと突っ伏した。


 そして、全身を煙に巻かれたかと思うと、割れて色を失った魔石とソラのダガーに加えて、一本の矢を残して灰となった。




「おうおう。連携もなかなかさまになってきたじゃねぇか」


 戦況を見守っていたタンバが相変わらず樹に寄りかかって腕を組んだ姿勢を崩さず。上辺だけの様な言葉で三人を褒める。


 しかし、三人も今回の戦闘にしっかりと手応えを感じていた。


 予測済みの薙ぎ飛ばしに両足で着地したザックは剣と盾を地面に突き立て、先程までそれらを握っていたてのひらを見た。

 バーダントベアとの戦闘による強い痺れがまだ両の掌に残っている。

 しかし、それは今では最早もはや心地よく。


 この痺れが、四島の魔物とも戦える証。

 まだ、今回のように連携が上手く嵌らなかったらなどといった不安は残すが、それは次回の探索の中で解消していけばいい。


 俺たちは四島でもやっていける。

 そんな確信と充実感に、広げていた両の掌をグッと握り締めた。


 ニコルは高上がりしていた心拍数を抑えるように、胸に手を当て深い呼吸でゆっくりと平常へと身体と心を整える。


 今回の戦闘でバーダントベアを仕留めたのは、ニコルの放った矢だった。

 得意な風魔法で風を矢に纏わせて留めていたニコルは、ザックを薙ぎ飛ばすバーダントベアの胸元目掛け、風で速度を速め音を抑えた矢を放ち。見事、魔石を砕いて仕留めた。


 ―― ザックは私を信じてわざと薙ぎ飛ばされて、私に攻撃の隙を作ってくれた。お膳立てのある中、本当に外さなくて良かった ――


 ニコルの手応えの心境は、ザックとは異なり安堵の色が濃いものだったが、それでもその表情には満足感が伺えた。


 ソラもまた、二度の遊撃をきっちりと決められた安堵と、自身が勝利に貢献できたとの自覚を持てた事で、感慨にふけっていた。

 いや、ふけりかけていたというのが正しい。


 訓練と言えど、遊撃を担うからには目の前の敵以外の索敵も重要であることを頭の片隅から除外していなかった。


 ただ、この訓練場には新界の魔物が急に出現するなんてことはありえない。

 そう。それは、タンバがこの場にいなければ。


 唯一、三人の中で時折ときおりタンバに注意を向けていたソラは、戦闘中に腕を組んだ姿勢を崩しているタンバを視認していた。


「ザック、ニコル。まだ…たぶんまだ。これで終わりじゃない」


 ソラの注意喚起に、ザックとニコルはバッと武具を握りなおし、ソラの視線の先、タンバへと身体を向けた。


「お。やっぱり成長したな」


 タンバはどことなく嬉しそうな表情でそう呟くと、 


「だが、少し遅い」


 と言って、ニヤリと笑った。


 直後、先程の戦闘開始時とは比べ物にならない速度で、タンバの影が広がり始めた。


 ソラが危惧した通り。

 ソラたちがバーダントベアと交戦している最中さなか、タンバは魔石を影へと落として連戦の準備を整えていた。


 魔物は既に黒色の肉体を得ており、出現するまでの時間はほんの数秒。

 影の中を瞬間移動して新界より現れたとしか例えようのない、地面から浮き上がるように現れた二体の魔物。

 

 戦闘隊形を整える間もない連戦。

 これこそタンバが用意した四島探索を意識した本当の訓練メニュー。


 一体は、先程と同じくバーダントベア。そしてもう一体は、黒豹のような見た目をしており、おそらく【バーダントパード】と思われる。


 バーダントベアとの戦闘を上手く連携して撃破できたことで少し気を抜いてしまっていた三人には、連戦に入るまでに魔物の名称を思い浮かべる程度の余裕しかなかった。

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