友獣歩ダン!!

伊達 皆実

第1章 駆け出した 少年たち

戦闘:プロローグ

第1歩 冒険・戦闘・アルミラージ

  カサッ


 微かだが、草葉だけが立てるには違和感のある音が耳に留まる。

 視線を音のした後方の茂みへ。


「ニコルッ!ザックの左の茂みにアルミラージッ!」


 少し離れた茂みから生えるアルミラージの一角を視認すると同時に、ソラはニコルに声を飛ばした。


 【アルミラー一角兎ジ】。

 額に五十センチにも及ぶ螺旋状らせんじょうの一角を持つ兎型の魔物まものであり、この魔物を安定して狩れるようになってやっと駆け出しだと言われている。


 知能は低い魔物の為、今の様に草葉に隠れていても角が丸見えということが屡々しばしばあり、兎型であることなどから、話だけ聞けば愛嬌がある愛玩動物の様に思えるが、そんなことはなく。


 唾液を撒き散らしながら一角を突き刺さんと突進してくる猛悪もうあくさまは、魔物以外の何物でもない。


「見つけたっ。任せてっ!」


 すぐに背後からニコルの声と弓を引く音が返ってきた。


 前衛のザックに遊撃のソラ、そして後衛のニコル。

 三人がパーティを組んでから半年。

 訓練と実践をこなし続けてやっと形になってきたセオリーを踏襲とうしゅうした戦闘隊形。


 しかし、三人という少数パーティ。

 戦況によっては立ち位置や役割を柔軟に換えて対応しなければならない。


 「後ろからもアルミラージが二匹来てるっ!」というニコルの声を聞いたソラは、戦闘中の魔物はザックとニコルで掃討可能だと判断。

 遊撃を中断し、後方に下がって新たに現れた二匹のアルミラージを迎え撃とうとした。


 そこまでのソラの対応は迅速だった。


 が、、


 後方に下がる最中に気付いた、茂みに隠れるアルミラージの気配。

 その存在をニコルに伝えたまでは良かったが、すぐに意識を切り替えることができず。


 ―― 隠れてる魔物が他にもいたら ――


 考え出せば限りの無い可能性が、ソラの意志を押し遣って頭の中で跋扈ばっこし始めようとする。


 それでも、ソラが逡巡しゅんじゅんしていたのは、たかが二、三秒だった。


 ―― ダメだ。ごちゃごちゃ考えるな。今は目の前の魔物に集中しないと ――


 雑念を払うように短く息を吐きながら、自分が倒すべき魔物の方へと意識を戻す。


 たかが、二、三秒。

 されど、二、三秒。


 自身の命を狙う魔物に対して意識を外すには、二、三秒は十分に長い。


「うわッ!?」


 まだ距離があると思っていたアルミラージ。

 しかし、特出した跳躍力が一気に距離を詰めていた。


 突き出される一角は、掛け値なしに眼前。

 ソラは驚きの声を上げながらも、形振なりふり構わず細身の体躯を捻る。


 鋭利な一角に削られる胸当て。

 深紅の一線が刻み込まれていく二の腕。


 すんでの所で致命傷は回避したが、身体には逡巡による二、三秒が生んだ傷が刻まれた。


「このッ!」


 体を捻った勢いそのまま、一撃離脱と言わんばかりに後背を晒すアルミラージの横腹に、苦し紛れの回し蹴りを叩き込む。


『ッギュッッ』


 肺から押し出された空気によって無理やり捻り出されたような鳴き声が小さく響く。


 絶命に至らせるには軽い一発。だが、時間くらいは稼げる。

 アルミラージを蹴り飛ばした方向だけは確認しつつ、意識を二匹目へ。


 ―― 反省は、後で ――


 ソラは着地と同時に二匹目の元へと地面を蹴った。


  タンッ、タンッ、タンッ


 顎を引き、額から延びる鋭利な一角で風を切り。

 四足で跳ねる様にソラへと向かって来るアルミラージ。


  ダッ、ダッ、ダッ


 姿勢は低く、握り直した両手のダガーで風を切り。

 二足で一直線にアルミラージへと向かうソラ。


 お互いがお互いに向かって駆ける一人と一匹の距離が、グンッと縮まる。


  タンッ、タッ


 一定のリズムで二つの足音が響く中、タイミングを合わせるようなアルミラージの足音の変化を逃がさない。


 ソラはスライディングの要領で勢いよく地面に滑り込んだ。


『キュッ!?』


 ソラの予想外の動きに小さく鳴き声を上げるも、反応できたのはそこまで。


  ダンッッ


 アルミラージは予備動作に従い、ソラに一角を突き立てるべく跳躍した。

 してしまった。


 当然、その先にソラの身体は無く。

 アルミラージの身体が地面を滑るソラの上を飛び越えていく。


 見上げるソラに、体毛の薄い腹部を晒しながら。


「ッフッッ」


 無防備な腹部に、逆手で強く握り締めたダガーを突き立てる。


 一瞬のうちにダガーを中腹まで飲み込む刺創。

 そして、それはすぐに切創になり。


 一拍遅れて、が噴き出した。


 ソラは斬り伏せたアルミラージが胴体で着地する音を背に立ち上がりながら、蹴り飛ばしたもう一匹の方へと視線を向けた。


 先程の蹴りで骨でも折れたのか、覚束おぼつかない足取り。

 それでも尚、弥増いやます敵意を感じずにはいられなかった。


 一切の躊躇ためらいもなく狂奔きょうほんしてくる様に、自身の中に怯懦きょうだの影を見てしまいそうになる。


 手負いのアルミラージ一匹。

 流石のソラでも後れを取る事はない。


 しかし、力の差や自身の生死など思考の埒外らちがいに置き、命を刈り取る為だけに向かってくるのが魔物という生物。


 眼前のアルミラージのような姿を目の当たりにし、敵意の棘を差し込まれる度に、と相容れる事は永遠に無いのだろうと思い知らされる。


 そんな思考や感情にいつまでも身体を支配されそうになるのをぐっと堪え。

 一つ覚えの跳躍突進をかわしざまに、アルミラージの胸元へダガーを差し込んだ。


  パキッ


「あっ」


 ダガーの先から伝わる硬い手応えと、小さく響く鉱物が割れるような音。

 アルミラージは一瞬にして全身を弛緩させ、ダガーが嘘の様に滑らかに刺創から抜けた。


 ―― やっちゃった ――


 地面に転がりピクリともしないアルミラージ。


 ―― はぁ~。僕、いつまでたっても成長しないなぁ ――


 またしても、雑念に囚われてドジを踏んでしまった事にガックリと肩を落としながらも、もう一匹の斬り伏せたアルミラージの方に視線を移す。


 こちらも動く気配は無い。が、胸元から朧気おぼろげながら紫紺の光を発している。


 ―― こっちは大丈夫だ。良かった ――


 一つだけでも無疵な魔石ませきを確認できた事に、ソラはほっと胸を撫で下ろした。

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