日常:二つの世界

第2歩 新界からの帰り路

「ソラ!そっちも終わったか?」


 背後からの大きな声に振り返ると、ザックも丁度長剣をさやに納めているところだった。


「なんとかね。でも、一匹ダメにしちゃった」


 僕は苦笑いを浮かべながら、ザックの声に答えた。


「それは仕方がないんじゃない?他の魔物まものと合流される前に倒してくれただけで十分」

「だな。ソラが抑えてくれたお陰で俺も無傷ってもんだ」


 僕のミスを咎めるどころか、寧ろ十分な仕事をしたと、さらっと言ってくれるニコル。

 そして、笑顔で感謝の言葉をくれるザック。


「それに、ザックのせいでこれから数匹ダメになっちゃうかもだしね」

「確かにな…って、俺も魔石くらい傷付けずに採取できるぞ!」


「あれぇ?数日前に三人で頑張って倒した大百足おおむかでを灰にしたのは誰だっけ?」

「ぐっ…」


「ははは。二人とも、ありがとう」


 二人の励ましに若干の負い目を感じつつも、僕はいつもの様に元気を貰った。


「もう失敗しねぇよ。こんだけの素材と魔石くらい、ミス無くちゃちゃっと採取してやる」

「僕も一匹ダメにした分、得意分野で挽回するよ」


「じゃあ、今回はわたしが見張り役ね。っとその前に、ソラは腕の傷治しちゃうから、こっちに来て」

「うん。お願い」


 そんな会話を交わしながら、ニコルに魔法で傷を治して貰った僕は、ザックと二人で素材と魔石の採取を始めた。


 魔物の胸部には【魔石ませき】と呼ばれる核が存在する。

 全ての魔物に存在するけど、逆に魔物以外には存在しないので、魔石の存在が魔物が魔物たる所以ゆえんとされている。


 また、魔石は魔物にとっての心臓で、どんな魔物でも砕かれれば絶命していずれ灰になる。


 でも、魔石を砕くと採取できるはずだった角や外皮といった素材も魔物と同様に灰となってしまうので、魔石や素材を換金することで生計を立てている僕たちには、魔石を傷付けずに魔物を倒すことが求められる。


 僕がアルミラージを倒す際、ザックが大百足の素材を採取する際に、魔石を傷付けたことを失敗と言っていたのはそういった理由からだ。


「よっと。これで最後だな」


 ザックが背嚢はいのうをバンッと叩いて立ち上がった。

 採取中にも一度だけ魔物との戦闘を挟んだけど、今はその魔物の素材と魔石もしっかりと背嚢に納まっている。


「結構な量になったね」

「素材も魔石も前回の野営探索の時よりぐっと増えてるし、とりあえずは一安心ってとこね」


 大量の戦利品で大きく膨らんだ背嚢に、ニコルも満足そうだ。


「三人とも魔力も増えただろうしな。じゃあ、今回はこれで帰るか」

「うん。魔力測定の結果、楽しみだね」

「そうね。でも二人とも、帰り道も何度かは魔物とも出くわすんだから、神殿に着くまでは気を抜かないでよ?」


 そんなニコルのお決まりの台詞に、僕とザックは「わかってるって」と、笑顔でお決まりの返事を返して。


 僕たちは各々の背嚢を背負い、帰路へと足を進め始めた。




「それにしても、ソラは素材を採取するの早いよな」


 地図上の基本ルートに沿った帰路も半ばを過ぎた頃、ザックがそんな話題を振ってきた。


「慣れ、なのかな?バーナ村は牧畜も盛んで、僕も小さい頃から手伝ってたから」


 ザックの問いに、故郷での生活を思い返す。

 故郷の村を離れて、まだ一年も経っていない。だけど、故郷を離れてから毎日が初体験で大忙しな事もあり、思い返すのさえ久しぶりな気がした。


「でも、子供の頃は動物を殺さなくちゃいけないのを見るのも怖くて。泣きながら逃げ回ってたらしいけどね」


 両親から何度も聞かされた自分の昔話を思い出した僕は、若干の恥ずかしさに苦笑いしながらそう付け加えた。


「俺はまだ慣れないな。魔物を倒すことには戸惑いや苦手意識はないんだが、解体なんかはまだ…。特に初めての魔物なんかは、どこからどう手を付けていいのか」


 僕の苦笑いに釣られたのか、ザックも恥ずかしそうに頭を掻く。


「そうかぁ。でも、ザックのやり易いやり方で良いんじゃないかな?」


 僕は少し考えてからザックにそう言った。


「僕らが倒せるレベルだと素材の採取に癖のある魔物はまだいないらしいし。あと、人界じんかいの動物を解体する時みたいに血が噴き出して汚れることもないしね」

「あぁ、血、ね……」


 切り裂いた魔物から血が噴き出す様子を鮮明に思い浮かべてしまったようで、ザックの眉間に生まれたしわが頭の中の映像をかき消すように波打った。


 魔物には血液が存在しない。


 魔物は魔石が魔力を循環させることで生命を維持しているらしく、魔物を切り裂いても血が噴き出すなんてことはない。

 その代わり、噴き出すのは魔物の持つ魔力に即した色の煙で、噴き出した魔力はそのまま空気中に霧散していく。


 ―― ザックの為にも、血が流れていないことだけは魔物に感謝しないとかな ――


 未だに眉間の皺が消えないザックを見て僕は苦笑いし、


「それに、新界しんかいだと浄化も使えるから素材が多少汚れても問題ないしね」


 と、ザックの頭から血が噴き出す映像が離れるように付け加えた。


「そんなもんか?まぁ、採取の時に素材を汚しても浄化でなんとかなるのは助かってるが」


 うーん、とザックが首を捻る。


「そんなもんだよ。採取する素材と魔石さえ傷付けなかったらどんなやり方でも良い訳だし。もし浄化が使えなかったら、素材を汚さないナイフさばきを身に付けたり、魔物ごとに細かい採取手順を一から十まで覚えたりしないといけなかったかもね」

「魔物ごとに一から十まで…確かにそれは勘弁願いたいな」


 僕の例え話に、ザックはひきつった笑みを浮かべた。


 【浄化じょうか】というのは、魔力を動力源に発動できる魔法の一種だ。

 戦闘や採取の際に素材に染み付いてしまった魔物の体液や汚れ、匂い等を洗浄することができる。


 また、この魔法は人の体も洗浄することができるのに加えて、汚れを落とす程度であれば魔石を核に魔法を発動する魔道具の中でも安価な物を使って誰でも簡単に発動できるので、身近な魔法の一つとなっている。


「だから、今度からは採取する素材と魔石を傷付けない事だけ考えてやってみたらどうかな?」

「そうだな。次の採取の時にでもそうしてみるか」


 ザックは僕にそう答えると、ふと気付いたように後ろを歩くニコルの方へと顔を向けた。


「そういえば、ニコルもソラほどじゃないけど早いよな、素材を採取するの」

「わたし?」


 ザックに話題を振られ、辺りの景色を眺めていたニコルが視線を前へと戻す。


「おう。ソラがやり慣れてるって感じの早さなのに対して、ニコルは何て言うか、お手本って感じの早さだな」


 そんなザックの評価に、


「そう?ありがとう」


 と、表情を和らげるニコル。

 そして、その後に少し考える素振りを見せたニコルは、


「小さい頃から父に色々教わってきたから、かな。まぁ、ソラとは違って座学中心だったから、わたしもザックと一緒でまだまだ慣れないけどね」


 と、続けた。


「ニコルのお父さんって、お医者さんだったよね?」


 以前ニコルから聞いた話では、ニコルの父親は医者で、母親はニコルと同じく回復魔法を得意としていたはずだ。


「そうよ。父は魔獣医まじゅういでもあるから、魔物についても色々教わったの」

「お父さん魔獣医なんだ!」

「おお、すごいな!」


 ニコルの父親が魔獣医だというのは初耳だった。

 僕が魔獣医について知っているのは魔物の医者だという事くらい。

 バーナ村にも獣医はいても魔獣医はいなかった。


 そんな珍しい職業、興味が湧かない訳がない。

 ニコルが「もういいでしょ!」と言って答えてくれなくなるまで、僕とザックは父親の仕事についてニコルを質問攻めにした。


 そして、ニコルへの質問攻めが落ち着いた頃。


「俺はガキの頃にそういった類いの知識は学ばなかったからな…二人には迷惑掛けるな」


 と、ザックが申し訳なさそうに言った。


「いやいや!ザックはそれ以上に戦闘と荷運びで頑張ってくれてるじゃん」


 僕は咄嗟とっさにザックの言葉を否定した。が、


「最近は魔力も増えてきたし、ソラも十分な量の荷物持ってくれてるだろ?」

「それは、そうだけど。でも……」


 ザックの返しに言いよどんでしまった。

 こういう時にはいつも上手い言葉が出てこない。


 僕が情けなく言葉を詰まらせて固まっていると、


「いざとなった時に純粋な筋力のあるザックは貴重よ。いくら成長したって言っても、三人ともまだまだ魔力が少ないんだから」


 ニコルが見兼ねてフォローを入れてくれたので、僕は同調する様に何度も縦に首を振った。


 そんな僕に、ニコルはニコッと笑みを浮かべた。


「だから、ソラももうちょっと筋力付けないとね。筋肉の無い男の子はモテないよ?」

「も、モテなくて良いよッ!」


 情けない僕に対するニコルの口撃こうげきに反射的に反論するも、顔が真っ赤になっていくのがわかる。


 僕とニコルのやり取りを見てザックが笑ってくれたのでニコル様様さまさまではあるけど、やっぱりこの手の話はどうも苦手だ。


「それに…新界に来る前に比べたら、これでも筋肉付いたんだけどな」


 ザックも笑顔になったので、赤くなった顔をパタパタと手で仰ぎながら、なけなしの声で筋肉についても反論を試みた。けど、


「まだまだだな」

「まだまだね」


 二人の息の合った反応に、僕はガクッと肩を落とした。

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