第3歩 二つの世界と新界の開拓者たち

 僕たちは一度の野営と何度かの戦闘を挟みつつも順調に帰路を進み、行き帰りで三日、滞在地で三日、計六日の野営探索を終えた。


 そして今、目の前では見上げるほど高い防壁に囲まれた砦が僕たちを迎えてくれている。


 周囲に背の高い木々や建造物の無い小高い丘にそび一際ひときわ目立つこの砦は、対魔物防衛の最前線であり僕たち人族ヒューマンが住む世界への入り口でもある。


 =====

 この世界には二つの世界が存在する。


 それは、人族が住む世界の【人界じんかい】と、魔物が住む世界の【新界しんかい】である。


 かつて、人界と新界との間に繋がりはなかった。

 人界にも家畜や野生動物などの人外生物は存在したが、既に人族の脅威となり得る生物は存在しておらず、その時代の争いと言えばもっぱら、国家間や種族間といった人族同士の争いであった。


 しかし、約五百年前に発生した地震が、人界の均衡を大きく揺るがした。

 地震をきざしに、今まで人界には存在しなかった猛悪もうあくな魔物が大挙たいきょして現れたのだ。

 

 魔物は人族を含めた人界のありとあらゆる生物を殺戮し始め、悲運にも魔物が現れた土地を有していた国家は、滅亡。近隣の国家も多大な被害を受けた。


 人族は魔物という新しい脅威に直面し、それまでの国家間や種族間での争いをやめ、総力を挙げて魔物と戦った。

 

 力のある者ない者問わず武器を取り、種族も国家も問わず結束して。


 人族と魔物の戦いは長きに渡り続いたが、遂に人族は魔物に打ち勝ち、そして、魔物が現れた場所を特定する。

 それは、地震によって地形が崩れたことであらわになった一つの巨大な門だった。


 古代遺跡の一角にたたずむ裏も表も何処にも繋がっていない、いや、いないように見える巨大門。


 しかし、表から門を通して見える景色は門の裏側などではなく、新たな巨大門へと続く一面真っ白な空間だった。


 そして、その空間を越えた先には、魔物の多く住む未知の世界ダンジョン、新界が存在していたのだ。


 後に【ゲート】と呼ばれることになるこの門の存在が、新界と呼ばれる魔物の住む未知の世界ダンジョンの存在が、その後も五百年に渡って人族の在り方を大きく変えることとなる。

 =====


 というのが、昔読んだ本の一節に書いてあった二つの世界の始まり。


 そして、二つの世界の始まりから今に至るまで、人界を守護し新界を開拓することを使命とし生業なりわいとしてきたのが、ゲートを管理する人界の都市【ガレリア】であり、ガレリアに所属する僕たち【シードル新界開拓者】だ。


 この砦も歴代のシードルによって造られ、何度も壊され建て直されながら長年に渡って人界へと繋がるゲートを守護してきたらしい。


 帰路で何組かのパーティとすれ違ったけど、ほとんどは僕たちと同じ駆け出しのシードルで。


 砦の周辺に生息する魔物が新界の中では最弱の部類なこともあって、この砦から探索に出るパーティの中に腕の立つシードルなんて一握りもいないと思う。


 だけど、本に書かれているような歴史背景、そして、この砦が対魔物防衛で重要な役割を担ってきただけあって、防壁の上で周囲を見渡す人たちの中には、明らかに僕たちより練達れんたつな雰囲気をまとったシードルが数人混ざっていた。


 長旅を終えたことへの安堵あんどからか、僕たちは三人とも口数が多くなっていて。

 いつの間にかわいわいと騒ぎながら砦の大門を潜っていた。


 でも、そんな五月蠅うるさい僕たちに嫌な顔一つせず、門番のシードルは笑顔で砦へと入れてくれた。


 円形の防壁の四方に存在する大門を通って砦に入る通りは、真っ直ぐに砦の中央に建つゲートのある建物の入り口へと続いている。


 通り沿いには、外から内に向かって段々と背が高くなる様に建物が並んでおり、通りと交差して防壁より一回り小さな円を描く幅の広い露地を境に、内側には指揮・兵站へいたんに要する施設や医療施設といった重要な役割を担う施設が多く、総じて堅牢けんろうそうに見える。


 それに比べ、露地より防壁側の建物の外観は、真新しい建物から古傷の目立つ建物まで多岐に渡っている。


 この区画の建物の多くは、砦の防衛を請け負っているシードルに貸し出されているらしいんだけど、シードルのランクによって貸し出される建物のランクも違うんだろうか?

 近い将来、砦の防衛を請け負うことになったら間違いなく最底辺ランクの僕にとっては無視できない事柄だ。


 しかし、そんなシードル向けの貸出物件が多い防壁側の区画ではなく、露地より内側の区画に建物を所有して拠点としているシードルも存在する。


「おう、お前ら」

「あっ、ヴェグルさん。お疲れ様です」


 通りをゲートに向かって歩いていると、露地に差し掛かったところで、露地に無造作に並べられた縁台えんだいの一つに座るドワーフのシードルに声を掛けられた。


 この人は、ダヴィド=ヴェグルさん。


 強面の顔つきと乱暴な口調から初対面では萎縮いしゅくしてしまう人も多いけど、実際は、僕たちの様な駆け出しのシードルにも進んで声を掛けてくれる、とても気の良い人だ。


 ドワーフにしては珍しく、一般的な人族よりも長身で口周りの髭も短毛だけど、巨大な戦斧せんぷを軽々と扱うそのさまを誰もが一流の戦士と認める屈強なシードルで、砦の建物を所有して拠点としているセクトに所属する一人でもある。


 【セクト】とは、新界の探索や人界の防衛を担うシードル個々人が助け合う為に結成し、ガレリアにおいて公式に認可・登録された集団のことだ。


その特色は多岐に渡っていて、同じ特色を持つセクトでもその規模は大小様々。


 また、セクトに所属していないシードルには活動に幾つかの制約があるので、駆け出しのシードルにとっては功績を集めてセクトに加入することが第一目標とも言える。


 かく言う僕たち三人も、目下のところ探索系のセクト、率先して魔物との戦闘をこなして新界を突き進むセクトへの加入を目指し、功績集めにいそしんでいるところだ。


「その様子だと、数日は滞在してきたな?」

「えっ?何でわかったんです?」


 ヴェグルさんの言葉に驚きの声を上げるザック。


「……もしかして、匂います?」


 野営探索中に一度も水浴びをしなかったことに思い当たったようで、ニコルが少し青ざめた表情で腕の匂いをスンスンと嗅ぎ始める。


 一応、戦闘が終わった後などには三人とも浄化の魔法をかけていたのに。

 六日間も水浴びをしないと、それでも落としきれない匂いが漂ってしまうものなのか。


 ニコルの言葉につられ、僕も慌てて身体の匂いを嗅いだ。


「アホか。背嚢はいのうだよ背嚢。そんだけ膨らんだのを三人とも背負ってりゃあ、そんぐらいわかる」


 ヴェグルさんは呆れた口調で言った。


「あっ……」

「そ、そうですよね。ははは」


 僕とザックは顔を見合わせて苦笑した。

 考えればすぐにわかることなのに、三人ともわからなかったのはめちゃくちゃ恥ずかしい。


 しかも、こんな大先輩を前にして。


 ―― やっぱり、長旅の疲れが出てるってこと、かな? ――


 僕は心の中で言い訳をして、何とも言えない恥ずかしさを紛らわせた。


「嬢ちゃん、安心しな。お前らから匂いはしてねぇよ」

「よ、良かったぁ~」


 ヴェグルさんの言葉を聞いて、ニコルが恥ずかしさで赤らめた顔に安堵の色を浮かべる。


「それにしても、嬢ちゃんは顔色がコロコロ変わるな」

「!?」


 ヴェグルさんは、青、赤、安堵、そしてまた真っ赤に染まったニコルの顔を見て、がはははっと豪快に笑った。


 そんなやり取りの横で、恥ずかしがるニコルを見ていた僕も、ニコルに釣られたのか顔が熱くなってしまい。


 三人に気付かれないように、手で顔を扇いだ。

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