第31歩 救出

「シャワーアローッ!!」

『グルガッ!?』


 ニコルの発声と共に魔物の群れへと風矢ウィンドアローの雨が降り注ぐ。


 崖上の大きな魔力の膨らみに気付き数舜前に回避行動に移ることのできた個体もいたが、数体は風矢ウィンドアローの雨に飲み込まれて決して小さくない傷を負った。


 勿論もちろん、ライガーへ向けては風矢ウィンドアローを射っていないが、ライガーも正体不明の第三勢力、ニコルの立つ崖上へと敵意を向ける。


 戦場自体が崖上へと焦点を当てて広がりを見せようとする中、ソラとザックはその隙を突いてニコルと少し離れた場所から崖を一気に駆け下り、魔物の群れとライガーの間に割り込んだ。


 ソラは正面から魔物の群れ、正確にはバーダントウルフとバーダントボアの群れに相対し、ザックは盾をライガー側に半身で双方と相対した。


 ライガーがニコルに向けていた敵意は、当然ソラとザックの方へも向かい。


 ソラとザックは自ら魔物たちの敵意から逃げ場のない場所へと飛び込んだ格好となった。


「だから言ったろ!こうなりゃ死なば諸共だ!全部まとめて掛かって来い!」


 ザックが自身に向かう敵意を全て薙ぎ払うように大剣をぐるりと回す。


 それを合図に、魔物とライガーが一斉にソラとザックへと地面を蹴っ


「ダメッーーー!!」


 その瞬間、ニコルがライガーの前に両手を広げて立ちはだかった。


 そして、真っ直ぐにライガーの目を見据えたまま全ての武器を地面に落とし、ゆっくりとライガーへと近付いた。


 しかし、魔物の群れはニコルの声に一時も静止することなくソラとザックへと襲い掛かる。


 それはほんの数秒のできごと。


 ニコルとライガーが刻むせいの時と、ソラとザックと魔物の群れが刻むどうの時が並んで存在する異様な光景が新界しんかいの森に生まれた。


「大丈夫。わたしたちを信じて」


 ニコルはそう口にしながらライガーに触れる位置まであゆみを進めた。


 ライガー含め、それを制するものは何ものもない。


キュアブルーム回復の風花


 風の花びらが舞い、咲き誇り。ライガーを包み込む。


 深い傷を負ったライガーは自身を包み込む風の花を嫌うことなく。

 自身の子供へと目を向けると、全てを任せるようにニコルの足元で身を伏せたのだった。



「これで終わりやがれッ!」


 最後の一太刀がバーダントボアを両断し、ソラとザックの戦闘も終わりを告げた。


「ニコル、こっちは終わったぞ」

「……ニコル?」


 ザックとソラの問い掛けに対する返事はなく。


 二人の視線の先には、大粒の涙を流して「ごめんね…ごめんね……」と口にするニコルと、その胸に抱かれた永遠に瞼を開くことのないライガーと。


 そして、自身の親に寄り添う子ライガーの姿があった。




  ザッ、ザッ、ザッ


 朝露が音に合わせてしたたり弾け、魔物ではない新界動物の小猿が、樹の上から興味深げに音のある方を伺う。


 色彩豊かな鳥たちは木々の上を旋回し、抜き落とされた羽根が地面に色を添えて。


 花を摘んで戻ってきたニコルの通り抜けた跡では、オジギソウがゆっくりとそれでいて丁寧に閉じていく。


 そんな光景を、索敵も兼ねて崖上から眺めるソラ。


 先程から少し時間の経過した戦闘跡に、今しがた二つの小さな墓標が立てられた。


 一つは、戦闘でソラとザックが命を刈り取った魔物たちのもの。

 そしてもう一つは、魔物たちに命を刈り取られた親ライガーのもの。


 ザックによって造形された武骨なそれらに、ニコルが摘んできた花を添え彩る。


 魔物の素材は一つも採取せず。

 輪廻の道で迷わないようにと、一から九まで土葬した。


 残りの一である魔石に限っては、抜き取らねば逆に死者を迷わしアンデッド化させてしまう為、ソラが極力肉体へ傷をつけないように全て抜き取っている。


 親ライガーの魔石は黄色おうしょくに澄んでいて、本当に綺麗な魔石だった。

 今はニコルのポーチへと布にくるまれて大切に仕舞われている。


 ニコルとザックがソラを見上げたので、ソラも崖を下りて墓標の前に立つ。


 墓標の前で祈りを捧げる三人。


 そして、その横に座って。

 

 子ライガーも静かに祈りを捧げているようだった。

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