第6歩 神殿と可愛い?門番様

 先程までの会話もあってか、ぱんぱんに膨らんだ背嚢はいのうを背負った三人が横並びで歩いても優に通れるゲートの大きさに改めて圧倒されると同時に、無事の帰宅に気が緩んだのか、どっと疲れと眠気が押し寄せてきた。


 僕は ― もう一踏ん張り ― と、背嚢の肩紐に添えていた両手にグッと力を込めて背筋を伸ばし、しっかりとした足取りで歩を進めた。


 そして、ゲートを潜ると。


 新界しんかい側のゲートを覆っていた飾り気のない建物とは打って変わって、凝った彫刻が至る所に施された広い建物の中央へと出た。


 人界じんかい側のゲートを覆うように建つこの建物は、【アルス=ヴァイン神殿】。

 神殿と名付けられてはいるけど、特定の神様がまつられている訳ではなくて。


 未だに全く成り立ちのわからないオーパーツであるゲート、あるいは、それこそ神様かもしれないゲートの創造主に対し、シードル新界開拓者は新界に旅立つ前に自身の無事と帰る場所である人界の平穏を願って祈りを捧げるようになり、そのシードルを人界で待つ人々もまた、彼ら彼女らの無事を願って日々祈りを捧げに訪れるようになった。


 元々は古代遺跡だったけど、月日が経つにつれて神格化されていき。

 ゲートを覆う建物の建設が決まるや否や、神様を祀る予定などないにも関わらず神殿と呼ばれるようになった為、建物の名称に神殿の名が付いたそうだ。


 神殿の中央には、僕たちがくぐってきた第一新界だいいちしんかいに繋がるゲートを含め、人族ヒューマンが五百年掛けて開拓してきた新界に繋がるゲートが五つ、荒っぽくも不思議な調和をみせて建ち並び、ここでしか見ることのできない空間を演出している。


 そんな空間の中では、今から新界に出発するシードルや僕たち同様に新界から戻ってきたシードルの他にも、多くの人たちが仕事に従事している。


 例えば、各ゲートの前方に設置された小振りな受付に座る、髪型や髪色は異なれど、異なる箇所はそれ以外に無いと言っても過言でないくらい瓜二つ、いや、瓜五つの女性たち。


「おかえり、ニコル。私の可愛いニコル。六日と三刻半も新界にもぐって、疲れたでしょう。怪我はない?」

「ラズ、ただいま。擦り傷ひとつないから安心して」

「そう。ニコルに怪我がないのならそれで良いの」


 ニコルからラズと呼ばれた第一新界のゲートの受付に座る女性が、ニコルの返答に大げさに胸をなで下ろす仕草を見せる。


「ラズさん。お疲れ様です」

「あら、いたの?えーと。名前は忘れてしまったのだけれど、お疲れ様」


 ニコルと話していた時には豊かだったラズさんの表情は僕を一瞥いちべつすると同時にスーっと冷め、挨拶に対してもあからさまに興味のないトーンで返されたので、― 相変わらずだな ― と、僕はその場で苦笑いを浮かべるしかなかった。


「あなたたちに限って、それはないでしょうに」

「何か言った?」

「いえ。何も」


 ザックに至っては、隣にいる僕にも聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声でボソッと発した呟きに対し、ラズさんに冷たい笑顔で聞き返されてしまい。

 それ以降、ニコルがラズさんと話している間中ずっと僕の後ろに下がって縮こまっていた。


 そんな、ザックを一言で縮こまらせたこの人は、ラズ=ウィザードリィさん。


 青みがかったピンクのショートヘアに小柄で童顔な容姿から可愛らしいという言葉が良く似合うけど、僕たちには可愛らしいなどと口が裂けても言えない第一新界ゲートの門番様である。


 第一新界から第五新界までの全てのゲートの受付兼門番をラズさんたちウィザードリィ姉妹が担当しているんだけど、如何いかんせん容姿がそっくりなので、『どのゲートの女性が長女?』『えっ、五つ子なんじゃなかった?』『あれ、そもそも五人しかいないんだっけ?』などなど。


 ラズさんたちについての詳細は全くもってわからない。


 ザックがボソッと呟いた様に、ウィザードリィ姉妹の記憶力は全員が全員ずば抜けており、シードルの名前から担当ゲートの通行可否、どれくらい新界に滞在して戻ってきたか、果ては、数年前にした会話の内容まで全て正確に記憶しているという噂だ。


 また、一人一人が相当な実力者なのに、姉妹で連携すると並みのシードルが倍以上の人数で束になっても太刀打ちできないレベルで強いので、重要職であるゲートの門番を任されていることに対して異論のある人はいない。


 というか、異論があったとしてもウィザードリィ姉妹の前では誰も口に出すことができない。


 そんなこんなで男二人が萎縮している中、ニコルが「では、また」と言ってラズさんとのおしゃべりを終えたので、僕とザックもペコっと頭を下げて逃げるように受付を離れた。

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