第5歩 二つの世界を繋ぐゲート

 砦の中心に建ち、砦の中でも一際ひときわ堅牢けんろうそうな建物に入ると、巨大な門が姿を現わす。


 簡素な修道院の様に何の飾り気もなく、只々広々とした空間の中心で唯一ただひとつ自己の存在を主張する巨大な門、ゲート。

 僕たちはそのゲートをくぐり、先に続く存在しないはずの空間へと足を踏み入れた。


 そこは、吸い込まれてしまいそうになるくらい一面真っ白な空間で。

 床と壁と天井と、其々それぞれの境界すらも近付かなければ視認できない。


 そして、燭台や魔石などのあかりは一つも見当たらないのに、ゲートをくぐる前より黒目が開いていくのがわかるほど空間全体が優しい明かりで満たされている。


 【白間はくま】と呼ばれるこの空間は、僕たちがくぐってきた新界しんかいと繋がるゲートから見ると横幅のある通路の様な構造になっていて、最奥に見えるのが僕たちの住む人界じんかいと繋がるゲートだ。


「ゲートといい、この白間といい。いつも思うんだが、どうなってんだろうな?」

「本当、不思議よね。こんな物が人界と新界を繋いでいるなんて」


 白間に入ってから数歩進んだところでザックが口にした疑問に、白間を見回しながら同調したニコルは、


「そういえば、何故ゲートを壊さないのかしら?壊せば魔物は人界に来れなくなるんじゃない?」


 と、ふと思いついたように首をかしげた。


「試したことはあるらしいよ。でも、最上級の魔法でも傷一つ付けられなかったとか」


 ニコルの問いに僕がそう答えると、


「最上級の魔法でもって…とんでもないな」


 と、ザックはくぐってきたゲートを一瞥いちべつして苦笑し、


「壊さないんじゃなくて、壊せないのね。それなら納得」


 と、ニコルは呆れ顔で頷いた。


「まぁ、壊せるなら壊してるよな、そりゃあ」


 ザックが引き続き苦笑を浮かべながら言う。


「でも、ゲートが壊されてたら、シードルになってこんな風に探索したりできなかったんだなって考えると…壊されなくて良かったのかなって」


 これは、僕がこの話を知った時にも思ったことだ。

 

 ―― こんな考え不謹慎だし、二人は怒るかな? ――

 

 そう思いながらも、小さな声で口に出した。


「ふふっ。ソラらしい考え」


 怒られるかもという僕の予想に反し、ニコルは笑ってそう言った。


 そして、


「でも、幸か不幸か、今では新界で採れる物が生活に必要不可欠になっているし、あながち間違った考えじゃないのかも」


 と言って同調してくれたので、僕は嬉しくなった。


 それに、


「いやいやいやっ!ゲートを壊すだけで魔物が人界に来なくなるなら、それが一番だろ!」


 と、僕とニコルの危機感の抜けた考えに、ザックがちゃんと正論を言ってくれたことには少し安心した。


「ふーん。ザックはソラやわたしと一緒に探索なんて、本当はしたくなかったのね」

「なっ!?そういう意味で言ったんじゃ…」

「そっか。それならそうと早く言ってくれれば良かったのに」

「ソラまで!?」


 そうやって、いつも通り三人でわいわいと白間を歩く。


「なぁ、今の話もそうだが、ソラはバーナ村出身なのに、俺やニコルよりもこっちのことに詳しい時が結構あるよな?何でだ?」


 僕とニコルによるザック弄りが落ち着いた頃、疲れの色を浮かべたザックが話題を変えるように聞いてきた。


「そうかな?」

「なんて言っていいかわからんが、新人らしからぬ知識が豊富って感じか?」


 ザックは頭を掻きながら、助けを求める様な視線をニコルに向けた。


「ソラは教育セクトじゃ教わらないようなことにも詳しいのよ。昔からガレリアに住んでいる人やシードル稼業が長い人しか知らない歴史とか雑学みたいなこととかね。でしょ?」

「おう、それだ。そういうことだ」


 ニコルに呆れ顔を向けられたザックが、さっと視線を僕に移して言った。


「うーん。たぶん、叔父おじさんと本の影響かな」


 僕は数秒考えて、おそらく今の僕を構成する世界で、大陸の一つくらいは創造してくれたであろう先生たちを挙げた。


「叔父さんもシードルなんだっけ?」

「うん。僕がまだ小さい頃に引退しちゃったらしいけど。若い頃は攻略部隊にいたこともあるみたい」


「攻略部隊か。ソラの叔父さん凄かったんだな」

「今は只の呑んだくれだけどね。小さい頃から叔父さんのシードル時代の話が大好きで、毎日のように叔父さんに話をせがんだり、話が聴けない時は自分でシードルの物語を探してきて一日中読んだりしてたな」


 叔父さんのシードル新界開拓者時代の話は、攻略部隊にいたと言うだけあって、どれだけ聴いても何度聴いても飽きるものではなかったし、村しか知らない僕の好奇心を掻き立てるには十分だった。


 それに、自身がシードルとして活動する様になって叔父さんの凄さを身を以て知ったことで、バーナ村にいた頃よりも一流のシードルの体験談や物語を通して得られる知識への欲求や憧れは強くなっているかもしれない。


「ああ、なるほど。ソラがよく図書館に行ってるのって、そういった本を読んでたのね。図書館で勉強でもしてるのかな?って思ってたんだけど」

「うん。バーナ村にいた時から図書館にはよく通ってて。もちろん勉強する時もあるよ。でも、結局は気になる本に手を伸ばしちゃって…気付いたら夜になってる」


 僕はニコルにそう言って笑いながらも、


 ―― 実際は図書館で勉強なんて殆どしたことないけど ――


 そんな、小さな見栄を張ってしまったことは、言わないでおいた。


「一日中読書とか、俺には無理だな」


 ザックは、自分は一日中図書館にこもれるのか?といった想像でもしたようで、首を振る仕草を見せながらそう言った。


「シードルだと一日中図書館に籠っていられる人の方が珍しいのかもね。筋肉バカが多いから」

「おい。ニコルは何でそこで俺を見る?」

「ははは」


 僕は一日中でも普通に図書館で本を読んでいられるから、読書が苦痛だって感覚はよくわからない。


 だけど、ニコルが言うようにシードルはあまり本を読まないとすると、もしかしたら同年代のシードルと比べて、知識だけは無駄にあるのかもしれない。


「でも、そんなインドアなヤツが、よくシードルになろうと思ったな」

「僕もそう思うよ」


 なかば呆れたような、もしくは、呆れを通り越して感心しているような顔で言うザックに、僕も同じような顔をして答えた。


 シードルになって一年近くになるけど、自分の適正職がシードルじゃないことは始める前から理解しているし、自分でも正直よくやってるなと思う。でも……。


 僕は「それでも」と言って一呼吸置き、


「叔父さんの話や本に出てくるシードルがカッコよかったから、僕もそうなりたいなって」


 と、おそらく頼りなくて曖昧あいまいな笑顔で言葉を続けた。


 そんな僕に対し、ザックが、


「それなら仕方ねぇな。一流のシードルは俺から見てもカッコいい」


 と、満面の笑みで答えてくれたので、僕は「だよね」と、満面の笑みで返した。


 ザックの言葉が嬉しかったのか。いや、嬉しくて。


 笑った頬が火照ってきたのをごまかす様に、


「だから、シードルになろうと思った切っ掛けも只の憧れからで。二人みたいにちゃんとしたものじゃないかな」


 と、表情をまた曖昧な感じに戻してから、そう続けた。


「でも、憧れって大切よ」


 僕が照れ隠しで何も考えず口にした言葉を、僕が自分を卑下ひげしていると受け取ったのか、ニコルがそう言ってフォローしてくれたので、僕は慌てて訂正しようと視線をザックからニコルに移した。


 しかし、僕が口を開くより先に、


「もしかしたら、義務感や使命感なんかよりも、ずっとね」


 と、僕の視線の先で、僕やザックの方を向くでもなく独り言のように続けるニコルの雰囲気に、僕は小さな違和感を覚えた。

 それは、ザックも同じだったようで、


「それには同意だな」


 と、ニコルの言葉にそう言って頷くと、続けて、


「それにしても、やけに言葉に気持ちがこもってんな」


 と、からかい半分に言った。


 しかし、ニコルは、


「そう?気のせいよ」


 と、いつも通りな様子でサラッと流した。


 でも、僕はやっぱりどこか違和感が拭えず、ニコルに言葉を掛けようとした。


 けど。


「そんなことより、無事帰宅ね」


 そんなニコルの言葉に進行方向へ向き直ると、いつの間にか人界に繋がるゲートが目の前のところまで来ていた。

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