第10歩 僕の友人と茜色の街

 神殿を囲う様に築かれた都市、ガレリア。


 近隣の国家から独立した自治権や組織を持ち、ゲートやシードル新界開拓者の管理を担う対魔物防衛の最大拠点であることから、独立防衛都市と呼ばれている。


 ガレリアは小高い山の南東のふもとから中腹付近の尾根おねにかけて段を成す形で形成されている。


 神殿のある中心部に加えて南東、南西、北西、北東と五つの特色の異なる地区に分類されていて、居住区は傾斜が緩やかな南東地区に位置する。

 僕の借りている家があるのは居住区の中でも西寄り、ザックとニコルが住むのは北寄りだ。


 ザックは、代々に渡り新界の開拓に貢献し続けている優秀な騎士職の家系の長男。

 言わずもがな、ガレリアの中でも裕福な家庭に育ち、幼少の頃から優秀な騎士になるべく教育されてきたとのこと。


 だけど、そんな家柄に全くおごることなく。僕のような村出身の田舎者にも同じ目線で接してくれる。


 ザックの両親も同じように身分や家柄に関わらず皆から慕われる騎士でありシードルだったとのことで、ザックもそんな両親を目標に、新界攻略の最前線で活躍する事を目指している。


 ニコルは、新界からの帰路で話題に上がったように、父親は医師兼魔獣医まじゅうい、母親は上級の回復魔導士といった医療家系。


 ニコルいわく、居住区の北側にこそ家はあるけど、両親揃って篤志家とくしかで弱き者を助けることを進んで行う人達なので、決して裕福ではないとのこと。


 普段はそんな両親のことをお人好し過ぎるなどと言っているけど、ニコルが両親について話す時の雰囲気や自身も上級の回復魔導士を目指しているところから両親のことを尊敬してるんだろうなって思う。


 そんなことを考えながら、自分の故郷のことも少し思い浮かべつつ。


 僕は一人暮らしの家に向かって暖色に染まり始めたガレリアの街を歩く。


 神殿を中心に放射状に伸びる大通りを新界帰りのシードルや夕飯の買い出しを行う住民が行き交うように、


「ねこのしっぽ亭でーす。お兄さんも一杯いかがですかー?」

「そこの新界帰りの兄ちゃん!焼きそば食べてかねぇか!?今日は岩羊いわひつじの肉入りだ!うめぇぞ!」


 そんな酒場の呼子よびこや露店の店主の声と、節約や自炊という言葉が僕の頭の中を行き交う。


 次の探索に向けた準備に掛かるお金や日々の生活費の事を考えると、今回の探索で今までより多めに稼げたといっても、やはりお金を使うのには躊躇ちゅうちょしてしまう。


 ガッと稼いでパーっと使い切るといったシードルが多い中、その豪快な生き方をなかなか受け入れられないところもシードルに向いてない要因なんだろうな〜なんて考えが頭を巡り。


 それならいっそ今日から無理してでも豪快に生きてみれば何か変わる?


 いやいや、そんな思い付きですぐには変われないよね。


 でも…と、頭の中を二巡三巡。


 しかし、大通りもなかばの所でグーっと鳴ったお腹の虫に腕を引かれ、屋台で厚切り肉の串焼きを三本ほど買ってしまった。


 ―― 今回の探索は頑張ったし自分へのご褒美ってことで!その方がシードルらしいし ――


 と、心の中で動機付けするも、動機がないと行動できないというのが如何いかにもシードルらしくないということに気付いてしまい。


 「まいどありー」と言う屋台の店主に返す笑顔もややぎこちなくなってしまう。


 まぁ、そんな探索からの帰路で毎度毎度繰り返される頭の中での一人相撲ひとりずもうも、今となってはそんな嫌いな時間じゃない。


 これが僕だと思うし、多分これから成長してもこの一人相撲は続くんだろうなって思う。


 シードルらしくないシードルがいてもいいよね?

 なんて。


 まだ熱々の串焼きを口いっぱいに頬張って、口元から垂れかけた肉汁を袖で拭いながら。

 真っ赤に染まる石甃いしだたみをゆっくりと歩く。


「はやく来いよーおいてくぞー」


 後ろから僕を走って追い抜いたやんちゃそうな男の子が振り返る。


「まってよー」


 という声と一緒に小さな女の子も僕を追い抜いていく。


 褐色の肌、黒色の短髪から一房ひとふさだけ長く編まれた朱色の髪と、顔の中心に伸びるその髪束の両脇に佇む丸っこい同色の瞳が特徴的な男の子。


 そして、白銀の長髪と透き通るような白い肌を夕焼け色に薄く染め、今にもふわっと風にさらわれそうな体躯で男の子に追いつこうと一生懸命に走る女の子。


 女の子が男の子に追いつくと、男の子は「しょうがないなー」と女の子の手を引いて。

 見た目の異なる二人は、大人の早歩きくらいの駆け足で仲良く横道へと消えていった。


 二人に向けていた視線を上げる。


 前を歩く女性は酒屋の看板に頭をぶつけそうなほどの長身。

 今し方すれ違った男性は僕の腰回りより太そうな腕をしていた。


 大通りを行き交う人々は、老若男女という以上に種々様々で。

 頭髪は青に黄緑、黒、紫と服飾以上の生彩せいさいを放ち、額の角や頭部の獣耳、うろこのある肌やしなやかな尻尾などが各人の種族を顕示けんじしている。


 どの国家にも属していないというしがらみのなさと新界と繋がっているという比類なき魅惑が種族の垣根を越えた坩堝るつぼを生み出したガレリアだからこその光景。


 ふと、


 『例え、らしくなくても。そのらしくなさが、君だけの個性であり強みだよ』


 って言われた気がして。


 僕はいつの間にか軽くなっていた足取りで、僕の帰りを待つ家へと駆け出した。

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