第59話 母のもとへ




♡三人はトメの家の玄関をくぐり中に入れさせてもらうと、もう厨房は撤去されて、畳が敷かれて生活スペースになっていたの。


 奥には小さな仏壇があり、その上に、元気そうな旦那の写真と、横には小さな小海の写真が下掲げられていたんだ。


 小海の写真をみた浜はなぜ遺影を飾ってもらってるか聞いたの、そうするとトメはこの店に小海が来た日のことを切々とかたり始めたわ。♥






「あの人と私は、子供を亡くしてね。

北海道から逃げるようにこの街に流れ着いて、ここで再出発したんだ。


 あれは確かこの辺では珍しく雪の積もった寒い夜だった。赤ちゃんを抱いた若い女性がやってきてね、残り物でもいいから何か食べさせてくれないかってね。


 今でも覚えてる頬には叩かれた痣があって、足元はスリッパで、服は薄着で、でも自分の服を赤ちゃんにかけていてね。そう愛佳ちゃんは熱があってね、うちにあげて寝かしたんだよ。」





♡トメはあの日のことを、鮮明に思い出してみんなに語ってくれたの。♥





「すみません、見ず知らずの他人なのに、こんなに優しくしていただいて。」


「何いってんのさ!ゆっくり休みな。今、旦那が赤ちゃんのごはん探しているから、心配しないでいいよ。」


「おおお!電機屋の若女将にミルクもらってきたぞ!これでいいのか?」


「きゃははは!きゃはははは!」


「ほら、あんなに可愛い声出して喜んでるじゃないか!ああ、おっとあんたは動きなさんな!お母ちゃんは早く熱下げないと。」


「甘えてしまってすみません。このご恩は必ずお返ししますから。」


「何言ってんのさ!鶴の恩返しじゃあるまいし!」





小海あいかはこの店の旦那が近所の若女将から借りてきた哺乳瓶でミルクを飲んでいるマキノの姿をみて、安心して落ちるように眠ってしまったの。


 翌日には熱が下がった小海あいかは、お礼がしたいとお店の手伝いを申し出たの。大将は病み上がりの小海あいかに気を使って寝てなさいと言ったんだけど、次々に注文が入っちゃって、どうしても手が足りずにお手伝いをお願いしたんだ。


 その日から小海あいかはこの店で働き出して、元々、永吉に仕込まれていただけあってすぐに戦力としてお店に貢献するの。

 これには二人もおどろきで、20歳そこそこの女性が焼き物でも煮物もできるなんて。横浜ではめずらしい京風のはんなりした味つけで、美味しいと評判を呼びお弁当や仕出しのお仕事が増えていったの。


 それから小海あいかとマキノを何も言わずに二人は店においてくれたの、元気に笑うマキノに幼くして無くした我が子を重ねていたのかもしれないわね。♥





「はい、仕出し弁慶です。はい。法事のお食事ですね、はい、60人前ですか、わかりました」


「60人前かぁ、こりゃ大変だな。愛佳あいかちゃん今晩遅くなるけどいいかい?」


「もちろんです、がんばりましょう!」


「やっとできた!でもまだ日が変わってねーや!愛佳ちゃん誰かに料理教わったのかい?手際の良さにはびっくりするよ。」


「料理は小さい時に父から、板前もしていたんです。あの、じつはお味噌作ってみたんですが、もしよかったらお味噌汁を飲んでいただいてもいいですか?」


「ああ、いい香りだ。えっと、これ二階でつくったのかい?」


「はい、喜んでもらえるかなって思って。」


「どれどれ。。。。なんだ!この深い味わいといい香りは!」


「もしよかったらですが、お弁当のにとかおもいまして。夜寒いなかお仕事しておられる方の多いですし。」




♡ちょうどその頃から、仕出しのお仕事が減っていってね。お弁当に軸足をうつしていったの、お弁当の美味しさもさながら、小海が作った味噌汁のも受けてね。どんどんお客さんが増えていったわ。


 そう、マキノと浜をつないだあのいっぱいのお味噌汁、それは小海がマキノに残したプレゼントだったの。だから、まきのが味噌汁を喉に通したとき、とめどなく流れた涙は、小海ははおやの味だったんだ。


 夫婦から愛情を受けてマキノはすくすくと育っていったわ、この家の二階で小海と親子水入らずで、それはやさしい親子の時間。

いつの間にかマキノは母の姿を見て料理に興味を持ち始めたのね。♥




「トメばあちゃん、まきのも、ニンジン切りたい!ジャガイモ切りたい!」


「ああ、マキちゃん、まだ保育園だろ、危ないよ。」


「やだやだ、おかーさんみたいにお仕事したいよぉ!」


「コラ!マキノ!わがまま言うとお母さん許さないよ!」


「だってぇ、お手伝いしたいんだもん。」


「いいじゃねーか!手伝わせてやりゃぁ。おい、マキ、コッチ来な」


「あんた!マキちゃんが指切ったらどうすんのさ!」


「包丁で指を切ったことのない、女なんていねーだろ!チビから覚える方がいいんだよ。」


「ニンジンはこうやって皮をむくんだぜ、ほらやってみな!」


「うん、じいじありがと。」


「皮むきうまいじゃねーか、そうそう、こう持ってな。手を切ったら痛いからなぁゆっくりやるんだぞ!」





♡小さい瞳、小さい手で器用に野菜を剥いていくマキノ、保育園卒業する時点でほとんどの野菜の切り方を覚えたわ。そしてそんなある日。♥





「マキちゃん、愛佳ちゃん、ちょっとこっちきておくれ。」


「はぁい、なんでしょうか?」


「じゃーん。これ、じいじとばあばからのプレゼントだ。再来月から小学校だろ!」


「あっ、やった!ランドセルだ、わーいわーい。」


「旦那さんトメさん、そんな!申し訳ないです。」


「いいんだよ、本当の子供にはランドセル買ってやれなかったからね。」


「誰がなんて言おうと、マキは俺たちの孫だからな。これくらいさせてくれよ。」


「あんたも、うちの娘だとおもってるよ。」


「旦那さん、おかみさん、ほんと、ありがとうございます。」


「いつか、本当のお婆さんに会える日が来るといいな、それまでこの子を俺たちの孫にさせてくれ。」


「わーい、じいじ!だいすき!おひげ痛いよおぉ!」


「すまねー、昨日ヒゲそってなかった。」




♡トメは懐かしそうにそれまでのことを話しているの。

その言葉をかみしめるように聞いている浜はトメの優しさ、深さにここに小海がいた証が浜には手に取るようにわかったの。

 そう、小海はここで生きてマキノをそだててきた、二人をこうやって支えてくれた人がいたことにありがたみを感じて。♥




「そうやったんですか?小海は愛佳って名前で名乗っていたんですかぁ、あの小海、あっ、娘の亭主はここに来たんですか?」





♡トメは悲しそうに首を横に振って答えたの♥




「逃げてきた愛佳ちゃんに店を手伝ってもらっているあいだに、事故で……。」


「マキちゃん、ごめんね、あんたとお父さんを引き剥がしてしまって。」


「そんな、じいじとトメおばあちゃんが優しくしてくれたから、あたしがいまここにいるの。」





♡マキノが小学校に上がり、友達もできて次第に女の子らしくなっていったわ

あまりお勉強はできるほうじゃなかったんだけど、運動は抜群でね、家に帰ると、お弁当屋の手伝いをしていたわ。


 小学2年になると、はじめて一人ででカレーを作ってね、それにはトメも大将もすごく喜んでね。二人も小海も驚いちゃって、まさに料理の天才ってね。


 それからマキノにとって幸せな季節が過ぎていったわ。

本当の孫みたいに育っていくマキノに夫婦は愛情を注いていったの、そしてあの日が訪れるの。


小海がなんの前触れもなく厨房で倒れてしまって。


 それは急性の病気で、さっきまで元気だったのに…

マキノが学校から呼び戻されて小海の横で手をつないで10分。

小海はマキノに愛してると遺言を残して空に旅立っていったの。♥





「マキちゃん!ごめんね、本当はあんたをウチの養女にしたかったんだよ、でも、旦那にがあったから、できなかったんだ。そして施設にも会いに行けなくてゆるしてね。」



「そんなこと言わんといてください、お二人に育てていただいて、幸せやったんやと思います。マキノちゃんは今でもやさしくて、ええ子ですから。お二人のおかげですから。」



「おばぁちゃんもトメばあちゃんも泣かないで。二人がいてくれたから、あたしがいるの。だからねっ。ねぇトメばあちゃん、じいじはいつなくなったの?」



「あの人は10年前に病気でね。最後まで、マキちゃんのこと心配してたよ。」


「じいじはあたしのお父さんみたいだった。だいすきだったよ、じいじ。」


「よかった、来てくれて、じつは冬までにここを引き払って静岡の老人ホームに入ることになっていてね。それで、マキちゃんに渡したいものがあって、来てくれることを期待して待っていたんだよ。」


「渡したいものって?」





♡トメは黒い仏壇に手を合わせてお参りをすると、仏壇の横から、10センチ四方の桐箱をだしてきてマキノとトメの前に置いたの。♥





「愛佳ちゃんだよ、火葬の時に無縁になるのはかわいそうって、あの人がそっと分けてもらっていたの。もしマキちゃんが来たなら渡そうって。」




「おかあさん、、、、」


「小海!」




♡桐箱の中には小さな骨壷が入っていて、その中には、白く小さくなった小海が眠っていたの、三人は声にならない声で泣いて泣いて泣いて。

変わり果てた姿だえけど、小海がこうやって浜のもとに帰ってきて、浜は大切な何かを取り戻せた気がしたの。


 三人は仏壇に手を合わせて亭主の冥福を祈ったの、その姿をニッコリとした小海が写真が上から見ていたわ、そして浜はバッグから永吉の写真を取り出して膝の上に置き小海と一緒に並べたの♥




「ほら、小海、お父ちゃんやで。あんた、ずっとお父ちゃんに会いたいって泣いてたもんな。永吉さん、小海はここでマキノちゃんと仲良くくらしてたんやて、このご夫婦に助けられて。永吉さんからもお礼言うてあげて。」





♡永吉の写真を見たトメは若くして伴侶を無くした浜のことを気遣ってくれたの。同じ時代の女どうし、いろんな話をしていたわ。そしてマキノがトメに昔に暮らしていた部屋を見たいって言ったの。♡





「トメさん、二階って上がってもいいですか?」


「ああ、いいよ、あがってごらん。」





♡トトトトとっ!木の階段を上る音、数十年ぶりに小海が階段を上っているような音だった。

 突き当たり引き戸をあけると、あのころと同じ景色がそのまま残っていたの。母と過ごした11年の軌跡がそこにはいっぱい詰まっていたんだ。♥





「おかあさん、ただいま!あたし、あたし、大きくなったよ、

おかあさんを追い越しちゃったけど、お母さんほどじゃないけどいろいろ、

あったよ、でも、誰か助けてくれていたの、おかあさん、あたしもう泣かない!


 あっ、あたしは!あたしみたいな元気な赤ちゃん産んで、お母さんみたいなおかあさんになるの!だから、ずっと見てて。おかぁさんが喜ぶお母さんになるから!」




♡もう泣かないって、泣いてるじゃん。でも、あなたが生を受けたすべてがつながったわね。そう、あなたは一人じゃない。さみしい時は甘えたってもいい。辛い時は愚痴たってもいい、だから、もう振り返るな!、進め!マキノ!♥



*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  



♡私が小海を通して見てきた景色はここまでなんだ。生まれ変わりの小海を私は守ってあげることができなかった。でも、その親と子供のもとには帰してあげたかったの。


この「キセキ」はわたしだけで起こせたわけじゃない。


 三代にわたって繋いできた血が引き寄せあった結果なの。

これから起こることは、私にもわからないの。ただ、ここに出てきたすべての人に幸せがあることをいのってるわ。またいつか、あんたと会えるといいね。


あんたにも、「キセキ」がおこるよ、それだけはわかるんだから。


また会える日まで、元気でね。



                              前巻 完

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べんてん かもがわぶんこ @kamogawabunko

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