第04話 居酒屋日吉



♡駅を閉め出されしまったマキノがずぶ濡れになって街をさまよってる

そこからちょっと先に一軒の居酒屋があるんだけど、本日の営業を終えて暖簾のれんをしまおうとしてるわ。


 そのお店の名は居酒日吉いざかやひよし15人くらいで満員になる

小さなお居酒屋、いつもまぁにぎやかなことで。


 その店をあづかるの大将の名は今津日吉いまづひよし、その昔はかなりモテモテのイケメンってやつ?…でもいまだに独身なんだけどね。


 今じゃすっかりおでこも広くなっちゃって、イイ男なんだけど残念キャラ。

20年前ならちょっかい出してしまってたかも?っていう感じのオトコ。♥





「いっちゃん、もういい時間だよ。帰らないと奥さん心配してんじゃないの?」


「ああ!平気だってばさぁ! 帰っても毎日怒られるし、かわいい娘には無視されるし、俺の居場所はここしかないんだぁよォ!」





♡へべれけで大将の日吉にくだ巻いてる小柄で銀縁メガネの男は

伊香一夫いかかずおで通称「いっちゃん」。


 竹生ちくぶ町役場の観光課、つまりこの街の広告塔ってわけ。

色々と物知りで博学というか、マニアだね。

とくに詳しいのはアイドルで、まぁとにかくよくなんでも知っていて

本がかけるくらいの粋狂すいきょうなわけ。


 そんな五十前のメガネオヤジが赤ら顔で鼻の下伸ばしながら

ビールジョッキを片手に、長年壁に貼られ変色したアイドルグループの

ポスターを見てるけど…相当キモいわね。♥





「いっちゃん、あの古いポスターさぁ、もう黄ばんじゃってるし

新しいのに変えてもいいだろ?」


「ダメダメ!beni5ベニーファイブを見るために

足しげくここに来てるんだよ。

ポスターが無くなったら、俺この先どうしたらいいんだよぉ!」





♡ポスターっていうのはね7年前に貼られたもので、

今ずぶ濡れになって歩いているマキノが在籍しているbeni5ベニーファイブのデビュー当時のポスター。

みんな笑顔で南の島のビーチでビール片手に笑顔で写っているわね。


 こいつチビメガネは現在活動休止のbeni5の熱狂的なファンいや、

このレベルなら信者かな。

 アイドル賞味期限は切れたとはいえ、まだそのファンも日本各地に潜んでいるみたいよ、いまだ毎夜ネットで盛り上がってるみたい、粋狂あっオタクって怖いわね。♥





「まぁ、この子たちキュートでかわいいけどさ、もう古いじゃん。

ほら、これ見てごらん!ビール屋さんが持ってきた新しいポスター。

この子いいじゃん、スタイルいいし、おっぱいも大きいし。

キュートだよ!」


「いいか!日吉、この子ら(beni5)は100年に

一度現れるか?って言うような美少女アイドルユニットだぞ。


ほら目ん玉見開いてよく見ろ!

真ん中のリーダーの「あらたあさひ」ちゃん

天使のような笑顔。ああ、こんな子と結婚したかったよ!」





♡大将の日吉が新しいビールのポスターを見せたらチビメガネはビール屋が持ってきた新しいポスターを「没収!」と言いながらを取り上げちゃった。

 そしてまた何事も無かったかのように、壁張りのポスターに向かい

両手を組み合わせて見てるわね、祈りか!♥





「いいかよく聞け!5人並んでいるの左端から

彦根ひこねひなつ」ちゃん商業高校卒業で簿記一級の腕前。

その横が「米原まいばらいぶき」ちゃん、プログラマーのお父さんのから教わったコンピュータの知識をつかってbeni5のホームページなど作ってるんだって。

真ん中がさっき言った「あらたあさひ」ちゃん、清楚できれいだなぁ

その横のハーフ顔の美少女が、「海津かいずさくら」ちゃん。帰国子女で英語もぺらぺらだって、海外からのファンレターの翻訳は彼女の担当だってすごいなぁ。そして、あれっ………あと一人





♡5人並んだポスターの隅は、長年の調理で跳ね上がった油や煙を浴びて

茶色く変色が激しいの。

とくに換気扇に近い右端に汚れがひどく、もう一人の顔がよく見えないわね、

汚れて見えない本人は、とぼとぼと歩いているマキノなんだけど。♥





「えっと、だれだっけ、……… そう、そう! 毒子どくこ

違うわ、ああ、高島たかしまマキノちゃんだ」


「えっ?毒子?どく?なんでドクなの?」


「いい子だと思うんだけど、グループを壊した張本人でさ。

結成時は目立たない感じだったんだけど、途中からキャラ変更かなんかでメイクもきつくなり毒づいた言動が増えちゃってさ!

結局それがグループを崩壊させたんだね……」


「そうなんだ、心酔しているいっちゃんがそこまで言う!

芸能界って大変なところだなぁ。

きっとさぁ、なにか色々とあったじゃないかい?」





♡日吉は優しいわね、マキノを擁護ようごしちゃってさ。

チビメガネというと急黙り込んじゃって

テーブルの上のビールを飲み干したかと思うとなんだか不満げに

ブツブツと文句を垂れてるわ

だいぶお酒が回ってるのかしら?♥





「でも、いいっ!みんないいっ!なんだったら幽霊でもかまわない!」


「なんだよっ幽霊って!しんみり物思いにふけってたと思ったら!……

しかたないねぇ、あと一時間だけだよ、俺だって早く寝たいんだから

じゃぁ暖簾のれんをおろしてきてよ」





♡レジを閉めている日吉に変わりチビメガネが店の暖簾を下ろそうと席を立ちふらふらと入り口のドアに手をかけたのはいいけど。


 間の抜けたおやじのやりとり見ていてもつまんないもんね、マキノは今どうなってるかというと。♥





「はっ、ハックション!、寒っ、なんか悪寒がした。

誰かまたウワサでもしてるのかな?

それとも本格的に風邪引いちゃったのかな、頭から派手に濡れちゃったし。

しかし何なのよぉ!この街、なにが運命の地よ!コンビニすら無いじゃん!駅前だってのに。

それより…おなか減ったなぁ。」





♡ガラガラとスーツケースを引っ張り暗い歩道を歩いている

ずぶ濡れだから風邪引かないといいけど。


 あらやっと一軒の居酒屋ここを見つけたみたい。

早くしないと暖簾片付けられちゃうよ。♥





「はいはい、閉店のお手伝いお手伝い。せーの!」(チビメガネ)


「よかったぁ、まだやってるお店があった。よいしょ!」(マキノ)


「ガラガラっ………ぎゃぁぁぁぁ!………ガラガラっ………きゃぁ!」(同時)


「!日吉でたよ!幽霊!幽霊だ!」(チビメガネ)


「!きゃぁ、小さいおじさんが倒れている!」(マキノ)





♡あらら、同じタイミングで引き戸を引いたもんだから玄関で鉢合わせ、

お互いパニックになってるみたい。


 玄関先に頭からズブ濡れで濡れ髪を垂らし、白い衣装で立っているマキノを見て、酔ってるチビメガネは幽霊と勘違いしたのね。


 逆にマキノは目の前に小さいオヤジが倒れこんで悲鳴をあげるもんだから、

それにつられて悲鳴を。

玄関先で鉢合わせになって互いパニックになっちゃっている。


 慌てる二人をカウンターから見ていた日吉は、マキノに声を掛けて。♥





「あっ、いらっしゃい…お嬢さん……見ない顔だね。」


「ぐぅううううううぅぅぅぅ~~~ぅ………

あっ、あっ、あのぉ!もうお店おわりでしょうか?」


「ずぶ濡れじゃないか、あっ、いいから、いいから入りな

残り物しかないけどいいかい?寒かったろ、かわいそうに震えているじゃないか。」





♡倒れているチビメガネにむかってマキノが細い指先の手を差し出すと、

嬉しそうに細い指先をきゅっと握って起き上がる。

こいつマキノの手を掴めてちょっと満足そう、

だろうね!チビメガネが好きな元アイドルだもんねぇ。


 ってマキノ空腹の虫の声が店内に響くとチビメガネも冷静さを取り戻したみたいで、照れ笑いしているわ。


 日吉はカウンターの下から新しいタオルを取り出しマキノに手渡して、店の中にあるもので調理を始めたの。

さすが人気居酒屋の腕利き大将だけあっていい香りが漂いだしてきちゃった。♥





「なんだぁおねーさんだったんだ、びっくりさせないでよぉ。」


「すみません、傘なしで歩いててこんなにずぶ濡れになっちゃって

ほんと驚かせてすみません。」


「おねーさん、こんな時間に女の人の一人歩きなんて、どこから来たの?」


「東京から来ました、旅のようなことをしているんですが

ここで終電になっちゃって………

あの、ホテルとか旅館とかこの辺にありますか?」


「いっちゃんお仕事!、ほら、お客さん!竹生町観光課課長!」


「ああそうか!俺か!じゃぁ宿をあたってみるわ。」


「☎︎こんばんは、夜分ごめんなさいね。観光課の伊香です、宿

一人だけど、えっ、高校の合宿してるの、一部屋なんとかしてよぉ、無理?

ああそうなんだ、むりかぁ。そこをなんとか、………なんとかならない?」





♡美人には優しいじゃん!まさか「毒子」のために骨を折っているなんて思いもしてないでしょうけど。

一夫が宿と交渉している間に、まずはお味噌汁がテーブルに置かれ

「ほわっ」と白い湯気ゆげがマキノを抱きしめるように包んだの。♥





「食べな、雨で体が冷えてるんだろ?暖かいものをカラダに入れなよ。」





♡大将日吉の優しい言葉に甘えマキノがお味噌汁に口をつけた瞬間

優しくて懐かしくてそして、心がかきむしられるくらいの悲しい記憶の断片が浮かんで消えたの。♥





「週末の夜中のこんな時間に、女性一人になるとやっぱり無理かぁ

おねーさんごめんね。どこも無理だわ。」





♡テーブルの上の味噌汁をしみじみと口にするマキノだけど下を向いて黙り込んじゃった。

 冷めた体にじんわり広がる優しさ、心に沁みるよね、じっくり味わったらいいのよ。

………ん?なにやらおじさんたちがザワザワしてるけど。♥





「ちょ、ちょっ、無理!無理!、こんな綺麗なお嬢さんウチに泊められないよ」


小海こうみちゃんの部屋あるんだろ?そこに泊めてやればいいじゃん」


「無理無理無理、無理だってば!。んなことしたら、うちの母さんが怒るよ!てか、いっちゃんのほうが同い年くらいの莉央りおちゃんいるじゃん。着替えだってあるだろ!うちなんか、俺か母さんのパンツしかないぞ!」


「日吉ほらぁ!おねーさん泣いてるぞ!泊まるところがなくて泣いてるのぞ!

お前が無理だっていうから泣いちゃったじゃん!」




♡メガネは方々ほうぼうに電話を入れてみたんだけど、

どこも宿は取れずに仕方ないから日吉に泊めてやれと言い出す始末。

ともかく男二人が影のある女を見捨てられずにいると、

裏の扉の奥から若々しいおばあさんが出てきたの。♥




「あんたらどないしたん?なに揉めてんのや?

あれま、綺麗なお嬢さんやな、ずいぶん濡れてはるやんか、

どないしはったん、泣いてはるやん!」



「あっびっくりさせてしまってすみません。

お味噌汁懐かしい味がしてなんだか泣けてきちゃって、

このお味噌とても素敵です。まるでりのようで丸みがあって、やらわらかで。」



「おいしいか、うれしいなぁ、ほんでもりってようわかったなぁ

あんたこの味がわかるんやね。

このお味噌はね、弁天味噌べんてんみそって言うてなウチらがつくてるんや

地元の女たちが昔ながらの方法で作ってんねんで。」



「おばあさんが………おいしいです。なんか懐かしくて優しい味がします。」





♡なんだかんだゴタゴタしているけど、暖かい雰囲気に包まれたお店だね。

 まるで長い付き合いのようにマキノは心のどこかで安心したのかもしれない、マキノが口にしたこのお味噌汁。

 この一杯が彼女の未来を照らし、様々な人々と結びつけてくれるキセキを起こすんだけど、それは。♥





「よしわかった、気に入った!今晩ウチに泊まって行き!」


「ええええ!」




♡とりあえず、よかったわね、マキノ。♥

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る