第58話 ベランダ 




♡再び新横浜に降りた三人はあさひたちがココだろうとあらかたの教えてくれた住所にタクシーを走らせたんだけど、そこはマキノの全く記憶にない場所。


 なんにせよあいまいな子供の頃の記憶なので、結局場所もわからずしまいで…

近くに青くて大きなゾウの滑り台があるっていう記憶だったんだけど、その公園らしき場所には滑り台はもうなかったの。♥





「おばあちゃん、日吉さん、ごめんなさい、やぱりあたしの記憶違いみたいでした。」


「ええよ、もっと探してもええんやで。」


「そうだよ、せっかく横浜まできたんだからさ。」


「あの、お客さん何かお探しなんですか?」


「ほうなんですわ、この子が小さい時に過ごしたベンケイっていうお店を探してましてな。」


「ベンケイねぇ。どんなお店ですか?」


「お弁当屋さんなんですけど、隣に郵便ポストがあって、近くに銭湯があって。店の前に大きな看板でベンケイって書いてたと思うんです。」


「べんけい、ベンケイ、弁慶!あっ、弁慶だ!」


「えっ、運転手さんどうされたんですか?」


「もう、10年以上前に商売をたたまれたお店かもしれません。」


「運転手さん、そこってわかります?ちょっと寄ってもらえませんか?」


「ああ、わかりました。たしか、お店から奥の座敷が見えて、女の子が楽しそうに人参やジャガイモを切っていた記憶があります。」


「ええっ、それ、私です!」


「ほんと!あの店のオヤジ!弁当頼むと味噌汁つけてくれてたから夜とかはいつも買いに行ってたよ。

 弁当もうまかったんだけどもさ、そのおまけの味噌汁も美味しくて。

タクシーで夜回っている時はいつもお世話になってたんだけどでもオヤジが病気で倒れてから店を閉めたと思うわ。」


「えっ、じいじ病気なの?」





♡10分ほど走ると、運転手が古びた家の前で止まったの、もう看板は外され、郵便ポストも、銭湯もない場所。


 マキノは車を降りて二階を見上げると、暑い日に小海とよく涼んだベランダが見えたの。♥





「ここよ!ここだわ!おばあちゃん!日吉さん!ここだよ!」


「ほんとか!母さん先に降りてて、お金払って降りるから。」


「はい、五千円ですね。旦那、もしあのお嬢さんがあの子だと言うんだったら、おれも祝福してやりたいよ。

 だってさ、辛いことがあっても、楽しそうに手伝いをしているあの子を見て何度も勇気つけられたんだ、うちの子供と同じくらいの年齢だったからよ!

待ってるよ、おれはその先の公園の駐車場で時間潰しているからさ。」


「でも、あんたも仕事があるだろ?」


「いいんだよ、帰り道におれの見た、あの子のことを話してやるよ。」





♡タクシーから降りた日吉は建物を見上げるマキノの横に立って見上げている。そしてマキノは建物の横手にある玄関の呼び鈴を押してみる。♥





「♪ピンポーン♪あのすいません。高島マキノともうします。すこしお話を聞きたいのですが。」





♥呼び鈴を押しても返事は無かった、しばらく待ってみたのだが返事がなく…仕方なく諦めたの。

 タクシーが待機している公園の駐車場へ引き返そうとすると、目の前で運転手が両手を振って合図をしていて。


 そしてマキノたちの眼の前に乳母車を轢いた女性が歩いてきたんだ。

乳母車の籠の中には黄色い花が積まれていたの、そして、その女性が止まってマキノの顔を見上げると。♥





「マキちゃんかい?マキちゃんだね!、トメだよ覚えていてくれたのかい!」





♥マキノを待っていたタクシーの運転手が散歩していたトメをみつけて、

声をかけて、ことの一部始終を話してくれたの。♥





「トメばあちゃん、マキだよ、会えてて嬉しい!」





♥マキノがトメと呼んだ女性は乳母車から手を離しヨタヨタとマキノに向かってあるく、マキノは小さくなったトメの体をぎゅっとだきしめたの。

それは16年ぶりの再会だったわ。♥





「マキちゃんがあたしを覚えてくれてて嬉しいじゃないか!そして、会いに来てくれるなんて夢のようだよ!」


「トメおばあちゃん、なかなかれなくてごめんね。ここに来る自信がなくって、でもずっと会いたかったんだ!」


「こちらこそごめんね、施設に会いに行けなくてさ、許してね。」





♥マキノがトメが抱き合っている姿を見て、浜と日吉が運転手に深々と頭を下げている。♥




「大きくなったね、ああ、愛佳あいかちゃんそっくりな美人になってさ、ほんとにあたしゃ嬉しよ!あのさ、あそこにおられる方は?」


「うん、トメばあちゃん、紹介するね。私の本当のおばあちゃんの浜と、叔父の日吉です。」


「本当かい!あんた!肉親に会えたのかい!」


「うん!」


「よかったじゃないか!あんた、探せたんだね、よかった、よかった。」





♡マキノもトメも瞳に涙を浮かべて抱き合っている。

 あんなに小さかったマキノが、トメの背丈を追い越して大人の女性になっていたけど、心の中ではいまでもあの頃のままの目のキラキラした女の子だったの。♥




「マキちゃん、あの運転手さんが、教えてくれたんだよ、ジャガイモやニンジンを切ってた女の子がてるってあのさ。

 あんたたち、もしよかったらウチに上がっていってくれないかい?

愛佳ちゃんの話もしたいからさ。」





♥浜もトメに向かって頭を下げたまま、泣いてたの。♥




「すみません、うちがあの子を許してあげてさえいれば、こんなことにはならんかったんです。うちのせいなんです。うちの!」





♥泣き崩れている浜にマキノがかけつけそして寄り添った。♥




「ちがう!ちがうってば!おかあさん、おばあちゃんを恨んだりしてないって、だって、あたしにお母さんごめんなさいって言ってたんだもん

それに莉央のおかあさんからあづかった手紙にもそう書いてあったじゃん。」


「そうだよ、浜さんあんたも辛かったんだろ、そうさ、愛佳ちゃんはずっとあんたのことを想っていたよ、だからさ顔をあげなって。」





♥日吉は向こうで立っている運転手へ歩み寄り、運転手の両手をつかみ深く頭を下げたの。♥




「運転手さんありがとう、あんたに会え無かったらここに来れ無かったよ。助かった。」


「だから言ってるだろ、おれがあの子に感謝してるんだってば、それにしても綺麗になったもんだ。待ってるから行ってやんな!ほんとにいい日だな。」

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