第23話 二人の伸びた影




♡季節は春から夏に変わろうとしている。


 竹生ちくぶに暮らし始めて一年を過ぎたマキノ。

レスキュー隊への納品も一人で行けるようになりいつも先輩にこき使われている優作に変わってお味噌の納品日だけは暖かい豚汁を作るようにしていたの。


 優作はマキノにペコペコ頭をさげてるけど、マキノが帰ったあと先輩が優作を呼び止めて何か言ってるわね。♥





「おい、優!おまえら付き合ってんのか?」


「そんな違いますよ、いつもお世話になってるから、感謝してるだけです。」


「確かにマキノちゃんの豚汁うまいよな、ああ、毎日でもつくてもらいたい。」


「何いってんすか、先輩あんな綺麗な奥さんがいるじゃないですか。」


「俺がフリーだったら行ってるな、ああ確実に行ってるわ。」


「どこ行くんですか。」


「バカか!おまえ、マキノちゃんに決まってるだろ!」


「新婚さんが言う言葉ですかね。」





♡四年上の先輩隊員の草津くさつがいつまでも煮え切らない優作に

発破はっぱをかけているみたい。

 優作もマキノに気はあるのに声をかけられずにいるみたいで、

なんでもいいけどグズグズしてると、他の人にられちゃうよ。♥





「例えだよ、たとえ!あんな綺麗で優しくて料理の上手な人そうそういないぜ!俺のツレに紹介しよかな。バカみたいにここにグズグズしてる奴をほっといて。」


「バカバカ、言わないでくださいよ。俺だって。」


「俺だってなんだよ…まぁいいや、報告書書いて帰ろーっと、かわいい奥さんのもとに。」


「調子のいい人だなぁ。」




♡二人は今日の作業日誌を書いて次の交代隊員と入れ替わり仕事を終える

優作の気持ちの中に、もやもやとした想いが頭の中をぐるぐると渦巻いていたの。


 マキノと初めて会った日、スーパーのカゴから落ちた缶詰を拾ってくれて一緒に運んでくれたこと、自転車で迷子になっているマキノを家まで送ったこと、地元の町おこし事業を手伝ってくれていること。


 必死にこの街に溶け込もうとするマキノの笑顔が優作の頭の中をいっぱいにするの。澄み切った空の青さのようなマキノの笑顔。

 そんな優作はおもむろに携帯電話を取り出し誰かに電話してるわね。♥





「あの、莉央ちょと、いいか?」


「ん?何、優ちゃんから電話って珍しいわね。なに、結婚の申し込み?」


「なに言ってんだよ!違うよ、あのさ、明日って暇してる?」


「えっ、なになに、どっか連れて行ってくれるの?」


「ああ、うまく言えないんだけど、買い物についてきてほしいんだ。」


「なになに!なに買うのよ。」


「えっと、指輪とか、イヤリングとか、なんかそんなん。」


「ちょちょ、ちょっと待って、えっ、それって私に」


「いやぁ、あの、………」


「あっ、わかった、マキちゃんにでしょ。」


「えっ!………まぁ、………なんかそんな感じで。」


あきれた、えっ、付き合ってるの、そっか、サプライズ的ななんかでしょ。」


「そ、そんな感じだけど、何がいいのかわかんなくって。」


「仕方ないわね、幼馴染おさななじみえんだから付き合ってやるわ。」


「なんか、わりーな、飯ぐらいおごるわ。」


「当たり前よ!」





♡翌日、二人は駅で待ち合わせをして京都まで出かけていったのね

たまに二人でどこかに行くことはあったんだけどサ

莉央は優作の横顔をみながら昔のことを思い出していたの。


 小学校の帰り道、集団下校で最後の二人になり田んぼの土手を歩いたこと


 中学時下校時に傘を忘れた莉央に傘を手渡して、濡れながら走り去ったこと


 高校時代、駅から急いで帰る用事の時自転車の後ろに乗せてくれたこと


ただ、幼馴染ってだけで距離の近かった二人。

いつも優作に助けてもらっていた恩返しと思って、マキノへのプレゼントを選びに着いて来たつもりなのに……。♥




似合うよ。これなんかどう?」


いつも着ている、服に合うんじゃないかな。」


、これ好きそう。」


…。」





♡ふっと現れた優作への淡い想い。

莉央は自分の気持ちを押し殺すため、言葉の文頭にマキノの名前を言いながら、

笑顔を作ってプレゼントを選んでいるわね、切ない気持ちを顔に出さないようにして。


 優作も鈍感ながら、なんとなく気まづい雰囲気を感じていたわ、結局、何がいいか決まらず喫茶店に向かって歩いている

背中に当たった夕日は、歩道に二つ影を延ばしているの。


 莉央は、高校を卒業して分かれて行った時間が、二人の距離を開けてしまったって。でもいま隣で歩いている優作への、淡い記憶がどんどん溢れ出してきて、ただの幼なじみから「」口に出そうとする莉央。♥





「優ちゃんのあのね、わたし。。。」


「ビーン!ビーン!ビーン」


「えっ、あっ。ゴメン、はい、もしもし、えっ、湖で事故?そんなにですか?

いま京都です。現場なら20分くらいで行けそうです!」





♡無情にも莉央の思いを断ち切るように、優作の携帯から非常音が鳴ったの。♥





「どうしたの?何かあったの?」


「ごめん、莉央、湖で観光船が沈んで多くのお客さんが湖に投げ出されたんだって、悪い、いますぐ応援に行かなきゃ。」


「うん!いいよ、早く行ってあげて!」


「優ちゃん、気をつけてね。。」


「ほんとごめんな、莉央!」




♡優作はタクシーを止め飛び乗る。

優作の顔は緊張でひきしまり、幼い頃いつも困っていた莉央を助けてくれる時の顔と同じように見えたの。


 優作の拾ったタクシーが行き交う車に混じって小さくなっていく。大勢の人が行き交う交差点に一人取り残されてしまった莉央。 


 気持ちの中になんでもっと、早くこの気持ちに気づかなかったんだろうと、

丸くなった背中に後悔が重くのしかかっていく。人ごみの中で莉央の細い肩が寂しく震えていたの。♥

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