第24話 永吉




♡味噌の仕込みの作業も終わりみんな一息ついていたころ

珠代の携帯に着信の着信が鳴ったの

それは、タクシーで救助現場まで移動している優作からで。♥





「わかった、お母さんと、お父さんには伝えとくわ!

優作気をつけてお仕事しいや、絶対、無理したらあかんで

絶対に帰ってきぃや!、ぜったい、絶対やで!」



「どうしたん、珠ちゃん、そんな怖い声して。」



「湖で観光船が漁船とぶつかってぎょうさんの人がほおりだされてるんやて!

今日あのこ休みやったから京都から現場に向かうって!」



「ほんま!ほんかまか!珠ちゃん、あかん、あかん」





♡浜は仏間に行くと花柄のローソクに火をともして手を合わせている。

珠代も一緒に並んで手を合わせているわ、見たこともない何かに怯えるような

二人の姿にマキノもうろたえてしまったの。


 必死に仏壇に向かって祈る二人を見て、マキノも二人の後ろに並び、手を合わせ無事を祈っている。♥





「永吉さん、おねがいします。優作くんを助けてください。

永吉さん!うちの優作、ほんで観光客のひとを助けて!」





♡マキノは仏間の鴨居に飾ってある若い男性の遺影を見上げながら

きっとこの男性に何か関係あるんだと思い手を合わせていると

厨房から日吉の声が聞こえてきたの。♥




「珠さん、レスキュー隊が映っているよ、早く早く!」




♡みんながテレビを見上げると、そこに、レスキュー隊の姿が見えたの。

ヒゲの隊長がインタビューをしている後ろで救命の作業にかかっている優作の姿が映っていたわ。


 そこにはいつものように少し抜けた表情は無く、淡々と任務をこなしている顔が見える、協会の女たちも心配した顔でテレビをみているわ。


 中継映像を見ながら刻々と時間が過ぎる、湖が暮れ行く映像を見たマキノは

救助スタッフに暖かい豚汁の差し入を申し出るの。♥




「あの、日吉さん、その、皆さんに差しい入れに暖かい豚汁を持って行っていいですか?」



「!そやね、現場にいれてもらえるかどうかわからんけど

ウチらも用意しよか。日吉、今日、店を一人でなんとかしてくれる?」



「優作のことも心配だし、かあさんたちは炊き出しの準備しておいてよ

夜でも捜索が続いているようなら、出られるように待機しておこうか。

店終わったら車運転していくわ。」



「日吉さん、わがまま言ってすみません」



「いいよ。マキノちゃんも心配だもんね、レスキューの連中。」



「全員行ってもなんだし母さんはここに残ってくれよ、

連絡とかもあるだろうから、そんで親父おやじに優たちが

無事であるようにお願いしてくれないか?」





♡日は暮れて湖面は漆黒に包まれている

折しもの南よりの強風が湖面を打ち付け波を作っていたの。



 ライフジャケットをつけた観光客は浮かんだままバラバラに流され

もうヘリからは夜の湖面に浮かんでいる人を見つけるのが難しくなって

何艘かのゴムボートや応援に駆けつけた漁船が湖面を照らして

船上からの捜索に切り替わったの。



 夜になりどんどん水温が下がっていく湖

放り出された観光客の体温はじわじわと奪われてしまう

時間に予断を許さない状況が続いていたの。



 そんな中、居酒屋日吉では、一夫から日吉に電話が店に入ってきたの。

遭難の事故の件対応で、役場の権限をつかって直接レスキューの隊長に

連絡を入れ炊き出しの了承をもらってくれたんだ。



 日吉は早々に店を閉め、荷物を二台に分け、前車には日吉の馴染みの客で

炊き出しに賛同してくれた数名。後続車には弁天味噌協会の軽バンに

マキノと珠の二人が乗り込み現場に向かうことになったの。



 そして日付けた変わったと同時に捜索本部のある南湖の方に出発したの

日吉の車のあとに続き現場に向かうまきのは、さっき二人が口にしていた

「永吉」という名の男性のことを珠代に聞いたんだ。♥





「あの、永吉さんってお仏壇の上にあった写真の男性のことでよね?」


「うん、そうなんよ、浜ちゃんの旦那さん。」


「えっ!旦那さんって、まだ若そうでしたけど。」


「大恋愛の末に結婚して、浜ちゃんと、幼い日吉くんとちゃんを残して。」


「そおなんですか。」




♡ときおり「小海」という女性のことを耳にするんだけど

なんとなく浜が言いたくなさそうなので聞くのをやめていたマキノ。

珠の口から、また彼女の名前が出てきてすこし神妙なきもちになって

話を聞いているわ。♥




「永吉さんはそれはとても男前でね

竹生町のボートクラブの会長してはって8人乗りのボートで

対岸の黒壁町まで行ってたん。


 浜ちゃんの生まれはこの竹生とごて、対岸の黒壁町の生まれでね

対岸に渡ったボート部の休憩中に永吉さんと出会ってしもうて

いつしか湖を挟んで大恋愛することになったんやわ。」



「そうなんですか。浜さんは竹生町育ちじゃないんだ…

対岸同士で恋愛ですか、デートも大変そうですね。」



「昔は今みたいに道路や橋が無かったさかい対岸に行くのは船しか無かったんよ、浜ちゃんはずっと対岸で永吉さんが来るのを待ってたん。

そんで、いつしか愛が芽生えて。


 永吉さんは今でいうアイドルみたいなもんでね。

結婚するって噂が流れた時、竹生の若い女たちはショックやったわ

うちもそうなんやけどね。」



「珠さんも永吉さんのファンだったんですか?」



「そうなんよ、すごくカッコよかったんやもん。

もとも、居酒屋日吉は大きな旅館やってね

永吉さんが旅館の跡取やって、浜ちゃんが竹生にお嫁さんにきた時はそら

町中が大騒ぎになったんよ、美男美女の夫婦!って。


 ウチはちょっと浜ちゃんに嫉妬してたんやけど、

浜ちゃんの人間性っていうのかな、魅力に引っ張られて

気づいたら仲良くなってたわ。」



「ですよね、浜さん、美人で優しいですもんね。」



「マキノちゃんも綺麗やがな。

ほんで、永吉さんやけどボートの大会があってな。

その大会で強風にあおられ転覆したボートを助けようとしたんよ。」



「そういえば、時々台風みたいな、すごい風吹きますよね。」



「そう、永吉さんらは、必死に風に流されてる人を助けたんよ

8人しか乗れへんボートに倍の数の人間がしがみついて。

一人だけが遠くに流されてるひとがいはってな

永吉さんがそのひとを助け上げたんやけど。

永作さんは力尽きてしもて…帰らんひとになってしもてな。」



「そんなぁ、そんな悲しい事。」



「琵琶湖中の漁船がずっと永吉さんを探してくれはったんや、

でも、みつからへんかってな。

結局最後まで永吉さんは浜ちゃんのもとに帰ってくる事はでけへん、

「ひっぐ。ひっぐ」で、で、けへんかったんよ。





♡珠は泣きながら琵琶湖であった悲しい記憶をマキノに伝えたの。

マキノはいつも明るく気丈な浜のことを思い出して目頭が熱くなっていたの。♥





「優作さんは、大丈夫ですよ、珠さん、きっと。きっと。きっと。絶対!、

永吉さんが守ってくれますよ!」



「うん、マキノちゃん、そう言ってくれて、ありがとな。ほんまありがと!」

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