第25話 限界点




◯6月の深夜の雨はどんどんと気温を下げていく。

マキノたちの車が捜索現場に到着すると規制線の中にテントを立てて

炊き出しを始めたの。

 しばらくするとテントの周りからお味噌のいい香りが漂い始め

救出活動で疲弊ひへいしている隊員やスタッフたちに、おにぎりと豚汁の炊き出しが振舞われたの。


 ただ慌ただしいスタッフの中に優作の姿は見ることはできなかったわ

捜索を指揮しているヒゲ隊長がマキノたちのテントを訪ね、炊き出しの感謝の意を告げたんだ。●





「今津さん、珠さん、高島さん、本当にありがとうございます。

美味しい炊き出しをしていただきまして、みんなも一時ひとときだけでも安堵あんどできます。」



「あの、優作さんは、捜索中ですか?」



「はい、草津と安曇川のコンビはゴムボートで捜索中です。

 あと一人の男性が見つかっていないので、必死に探しておりますが

あいつら休憩もせずに探しているので体も冷えていると思いますから

帰ってきたらねぎらってやってください。」



「こんな暗い湖の中で、皆さんが無事かほんと心配です。」



「そう言っていただけるとヤツらも喜びます。」



「隊長さん一睡もしておられませんよね、少しお休みください一杯いかがですか?

隊長さんが倒れちゃったら大切な時に指示ができませんよ。」



「お気遣いありがとうございます、では一杯いただきます。」



◯午前四時。

崩れた台風の影響で強烈に吹き付ける南よりの風が、漂流者を南湖より広い北湖へと押し上げて、優作たちの捜索範囲を広げさせる。


 悪条件が重なり隊員たちにも危険が及んでいるんだけど、プロの意地をかけてゴムボートで深夜の湖に漂う見えない漂流者を探していたの。


 優作を始めゴムボートは三部隊。各船サーチライトを湖面に当てて必死に最後の一人を探している。事故からすでに9時間経過し、水温も18度を下回り漂流者が低体温症になるリミットが迫っていたわ。


 漆黒だった東の空が群青ぐんじょうに染まり、星が消えて紫雲がたなびいている。日吉と、珠代は眠気に勝てずにパイプ椅子で眠りについているんだけど。

マキノは一人波打ち際に立ったまま暗い湖面に光る捜索船のライトを見つめていたの、隊長が豚汁で暖をとっていると、トランシーバーに音声が入ったの。●



「ガーー。本部、本部、ガーー。こちらレイクドッグ班、

ただいま最後の漂流者を救助しました。

これより本部に帰投します。


 生存者の意識はありますが、低体温症の症状がみられます、

ガーー。温かい飲み物と、救急車の手配おねがいします。ガーー。」


「お前らよくやった、受け入れ準備しておく、安全に帰投するように!」




♡ザラザラとしたトランシーバーの声の主は優作だった。マキノは豚汁を温め直して彼らの帰りを待っていたの。

 東の空の紫雲の合間からオレンジの光が放射線状に大空に広がっている、初めて見る湖の朝焼けの美しさにマキノは息をのんだ、そして。水平に差し込んでいる光の先に黒いゴムボートが見えたの。♥





「帰ってきた!こっちだよ!こっちこっち!」





♡マキノは波打ち際まで駆け出し、

くるぶしまで水につかりながら大きく手を振っている。


 ボートに乗っている優作がマキノに気づき手を振っている、マキノはこんなに優作のことが気になっている自分の気持ちに気づいて、無事に帰ってきてくれたことに嬉しくて嬉しくて涙が出そうになっていたの。


 遭難者が着岸するとすぐに毛布がかけられ本部の椅子に座らされているの。♥





「あの、よろしければ、温かいものでもいかがですか?」





♡遭難者へあたたかい豚汁をそっと差し入れしたマキノ。


 救助された男性がガタガタと震えながらマキノから椀を受け取ると

香り高い豚汁に口をつけ、生への喜びを感じた男性は目を潤ませながら温かい汁を体に流し込み、隊員に感謝していたわ。


 マキノはそのまま炊き出しテントに戻って、スタッフ全員の分のねぎらいを込めた豚汁を作ろうとすると。

そこにウエットスーツ姿の優作がやってきたの。♥




「マキノさんありがとう。隊長から炊き出ししてくれているって聞きました

あなたがいてくれなかったら、現場の士気も下がっていたかもしれません。」


「いいえ、いつもお世話になっていますから、ほんのお礼ですよ。」


「マキノさん、あの、炊き出し作業手伝いましょうか?」


「いいですよぉ、だって優作さんずっと寝ずに捜索していたんでしょ?」


「マキノさんだって寝ていないんでしょ、いっしょですよ、手伝わせてください。」


「はい、わかりました。」





♡すっかりマキノと優作の二人きりの世界になちゃってるね、後方から歩いてきた先輩の草津もなんだか、二人の間に割って入れる感じでもなく。♥





「じゃぁ、優作さん、こちらでのお玉でお鍋をくるくるかき回してください。」


「はい、マキノさん。了解であります!」




♡マキノが優作におたまを手渡すと……「カシャ!カシャ!カシャ!」地元新聞の記者が二人の姿をカメラに収めたの背の高い優作をマキノが見上げて何かを渡している光景。

ファインダーの中には、マキノの後ろ姿が告白しちゃった女の子みたいになっているね。しかも朝日をあびてとてもドラマチックな感じで。


 二人が仲良く並んで豚汁を温めなおすと、草津は「やれやれ」といった感じで、テントの横をちらっと見ると…珠代が物陰からこそっと二人を覗いていて、草津と目があってしまって。


 珠代はサムアップをしたあと、人差し指を口にあてて「シーっ」ってジェスチャーをするの。草津は二人の邪魔するなの意味と理解すると、珠代に敬礼し本部テントに戻って行ったの。


 登ったばかりの日の光を浴びながら、マキノと優作は横ならびになって豚汁をあたためているわ♥




「あの、マキノさんに伝えたいことがあるんですが、聞いていただけますか?」


「えっ、はい、なんですか?」


「あの、ボ、ボクと付き合ってください!」


「えっ?えへへ、突然でえすね…あはっ、はいっ、おねがいします!」




♡それは、ロマンティックでない、ただただぶっきらぼうな告白だったの


 二人並んで二つの寸胴に入った鍋を大きなおたまでかき回している

同じストロークで、同じ回転数でゆっくり、ゆっくり。

今から大切になにかを育んでいくかのように…ね。♥

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