第43話 小海と洋子




「おかあさんただいま。」


♡桟橋まで迎えに言った莉央が居酒屋日吉でマキノと話して帰ってきたの

莉央の母親の洋子は和蝋燭の色つけをしていたわ

カラフルな色彩を真っ白な和蝋燭に絵付けして鮮やかな花を咲かせていく

一本一本丁寧に作業をしていたの。♥





「おかえり、えらく遅かったじゃない。」


「うん、マキちゃんとこにちょっと寄ってから。」


「あらそう、あんたたち本当に仲良しね。」


「おかあさん、あのさ。小海さんって知ってるよね。」


「うん。浜さんの娘さんで同級生だよ。」


「マキちゃん、じつは、小海さんの子供なんだって。」


「えっ?、それってどういうこと!」


「横浜でマキちゃんと小海さんが暮らしていたんだって。」


「えっ!小海は横浜にいるの!」


「いまはもう。。。いないんだって、子供の時にお母さん亡くなったって。」


『カタンっ!』




♡洋子は、和蝋燭に色つけしていた筆を落としてしまったの。そして青ざめた顔して莉央に聞いたんだ。♥




「そ、それ本当なの?」


「うん、マキちゃん小海さんの形見をもっていてね。それ浜さんが小海さんに送ったものだって。」


「小海。が、こうみが。」


「おかあさん、青い顔してどうしたの?震えているよ!」


「莉央ちょっと来てごらん。」





♡洋子は今日の作業をやめて化粧台のある部屋に移動し、化粧台の横の引き出しから古い写真アルバムを引っ張り出してきて思い出の話を始めたの。♥






「これは私が小学生の頃の写真よ。」





♡洋子が一人の少女を指差す、それは幼き頃の洋子の写真だったの

小学校の旅行で満面の笑みで笑ってピースサインしている

洋子の隣に同じく笑顔で写っている少女がいる

彼女を指差しながら懐かしい思い出を語り始めたわ。♥




「これおかーさん、ランドセルでかわいい!」


「そう、そして隣の子がわたしの親友の小海。」


「これ、マキちゃんのおかあさんなの?」


「そうよ、お母さん東京で小海と会っていたんだ。」


「えっ、お母さん小海さんの行き先知ってたの。」





♡保育園から高校3年生までずーっと同じクラスだった二人。

黄色いランドセルを背負い毎日並んで学校に向かう

まるで双子みたいにいつも一緒で。


 ときどき喧嘩もしたけど、お互い思いやりあって

二人ともすくすくと育っていったわ。


お互い高校の頃は、二人とも人気が高くて

全校男子学生の憧れになちゃって…

それなりに楽しい学園生活を送っていたみたい。♥





「ほんと、小海さんと仲良さそうだね。」





♡どちらの家も商売しているから学校が終わると二人とも家のお手伝いを。

洋子は和蝋燭製作。小海は、旅館から民宿に縮小した日吉民宿で家を助けていたの。


 二人は時々弁天味噌保存協会の手伝いもしていてね

とくに小海は次の世代のリーダーとして浜も期待していたのよ

そんなある日、弁天味噌が全国ネットのテレビで取り上げられてね

小海と浜は代表として取材を受けたんだ

昔ながらの味噌を伝える親子としてね。♥





「えっ、おかあさん、弁天味噌でバイトしてたの?」


「そうよ、あの頃はお味噌は女の子のたしなみ、みたいなとこがあったのよ。」





♡テレビで小海が紹介されると、芸能界からのスカウトが殺到しちゃって

歌うことが好きだったから歌手に興味をもちゃってね。

高校卒業と共に数年間だけ、芸能活動させてくださいって浜に相談したの。


 浜は大事な娘を知り合いもいない東京に送ることに大反対してね

それまで、仲のいい親子だったんだけど、次第に険悪になっちゃって。

自分の希望も未来も全て浜のいいなりになることに違和感を感じた小海は

卒業後上京することに決めたの。


 小海にとっても辛い決断だったわ。

ギクシャクしているとはいえ、母は自分に期待していること、なにより、

母が大好きなこと。

 でも自分のしたいことが今しかないと思い卒業の日、

浜に書き置きを残して、長年育った愛する竹生を離れることになったの。♥





「おかあさん、あの日、強引にでも小海のことを引き止めればって今でも悔やんでる。

でも当時のおかあさんは、すごく小海の目が輝いたから、私が力になってあげないといけないんだ!って思っていたのね。」





♡小海は洋子にだけ芸能界のことを相談していたの

ちょうど洋子も東京の大学に引っ越す前で

先に上京する小海を竹生駅で見送ってあげたんだ。


 その年は少し早く桜が咲いた年でね、人知れず洋子はこの街を去っていく

小海を駅のホームから見送っていたんだ。♥





「小海は辛そうだった、きっと浜さんたちのこと想っていたんだろうな。」


「お母さん、それから小海さんとは会ったの?」


「うん、しばらくして私も東京に上京してね、前もって連絡先聞いていたから、電話して。」


「それって、浜さんには?」


「言ってない、小海は絶対に帰るからそれまで内緒にしておいてねって。」


「そうなんだ、お母さんは、小海さんが、生きていると想って…一人で抱え込んで辛かったね。」


「やさしいなぁ、莉央は。

おかあさんねマキノちゃんが日吉に来た頃から、浜さんにはそのこと言おうとおもっていたの。

 マキノちゃんって絶対に小海の子供だって、心のどこかで思っていたのかもしれないね。だって本当にそっくりなんだよ。」






♡洋子は、昔の思い出を抱きしめて、東京での過ごした小海との話をはじめだしたの。懐かしくて、甘酸っぱい思いが洋子の感情を高めていくんだ。♥





「小海は窓も小さい四畳半の小さなアパートに住んでいたわ

その年いっぱいレッスンがあるからなるべくお金をかけないようにって

まだ所属していた事務所からの仕事も無くてね。



 アルバイトしながら、レッスンに通って、疲れて眠ってそんな繰り返しの日々だったみたいだけど、でも明日を夢見てキラキラしているようにみえたなぁ。



 母さんは寮だったから小海を部屋に呼ぶことできなかったのよ

だから、週末になると、寮のコンロでカレー作ってさ、小海のアパートに持って行って一緒に食べて、朝まで語って。なんだかあれがお母さんの青春かなって。」



「そうなんだ、それから小海さんはどうなったの?」



「上京して二年を過ぎたころ、小海の元気も少し無くなってきちゃって

おかあさんね小海について行ってあげるから、一度竹生に帰って実家で過ごしてみたらって、言ったの。


 でも、小海も頑固だから東京で頑張るって、あの子の部屋にいくと、いい香りがするのよ、お味噌を自分で作って食べていたみたい。


 母さん小海の姿が辛くて、ありったけの小銭を持って公衆電話に飛び込んだわ


 浜さんに連絡して、強引にでも竹生に連れ返したいと思ったの。

でもいざ、電話口に立つと、電話ができなかったの絶対小海は元気になるからって…

そう信じていたから。うんうんちがう、そう信じたかったの。」





♡洋子の力の入った声に莉央は母の辛かった気持ちを悟り、背中をさする。♥





「お母さんもういいよ、無理に辛い思いを繰り返さなくても。」


「うんうん、莉央には聞いておいて欲しいんだ。」


「うん、わかった。」



「次第に小海はアパートに帰らなくなってね、

おかあさんも大学のバイトやサークルで忙しくて小海と会う時間も減って行っちゃって。


 そのときは心配というよりも寂しいい気持ちになっていたの。

お母さん、小海と少し距離を開けようとおもったの、あんなに仲良くしていた親友なのに。


 ある日にやっと会えたと思ったら険悪な雰囲気になちゃってね。小海と言い争いしちゃったんだ。」


「それで?」


「それから、小海は完全にお母さんの前からいなくなちゃったの。」


「そうなんだ。。。」



「お母さんもなんか小海に合っても合わせる顔もなくてさ、やがて卒業の年に寮に一枚の封筒が届いたの。


 小海からの手紙だったんだ、その手紙と一緒に一枚の写真が入っていてね。

それは、小海が可愛い赤ちゃんを抱いた写真だったの

これがその写真よ、この子たぶんマキノちゃんなんだね。」


「ほんとだぁ、赤ちゃんかわいい!マキちゃんにそっくり。

あっ、この子がマキちゃんか。」


「これが小海のくれた最後の手紙と写真。もう浜さんに渡していいよね。」





*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 



前略。


洋子、元気にしていますか?突然いなくなってごめんなさい。


近頃ふたりで一緒にいた時間を思い返しています。


保育園で、おもちゃを取り合いしたこと。


小学校の帰りに近所のお兄ちゃんと一緒に虫掴みしたこと、


学校に内緒で自転車で隣の町までいったこと、


同じ人に恋して、二人とも振られた事、


桜の舞う竹生駅で私を見送ってくれたこと、


東京で作ってくれたカレーで朝まで話した事、


思い出がいっぱいすぎて泣けてきちゃった。


 突然いなくなって怒っているよね、じつは、あの時いろいろあって

この子を授かっちゃって。

でも洋子に相談すると、洋子も辛いと思ったから。

消えるようにいなくなって本当にごめんね。


 授かったこの子をたくましく元気に育てていきたいと思っています。

そしていつかきっと竹生の町を、田んぼを、湖をこの子に見せたいとおもいます、だから、また会える日を楽しみにしています。


 もし、洋子に子供ができてこの子と仲良くなれればいいな。

いつまでも洋子とお母さんと竹生町を大切に思います。


                                                                     小海。


*  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  *  * 




♡幸せそうな小海の胸元には、マキノがしていたネックレスが輝いている

そのネックレスは親子三代にわたって大事に引き継がれた証。


 洋子は小海が他界してしまったことを知らされて、アルバムを見ながら懐かしくも大切な思い出をかみしめているわ。


 翌日。洋子は莉央と共に居酒屋日吉で、その手紙と写真を浜に手渡したの。

浜に隠していたことを謝ると、浜は、大切に思い出を残しておいてくれてありがとうと頭をさげ、洋子の手をさすっている。

マキノと莉央がいまここに一緒にいることは、きっと小海の望みだったの。


 古いアルバムを見ながら浜と洋子は小一時間ほど思い出話に花を咲かせる

そこにマキノと珠代が配達から帰ってきて

マキノは自分の赤ちゃんの頃の写真と若い小海を見て嬉しかったみたい

この場所で小海が暮らした想いを語り合っっていたわ。


 写真と手紙を渡した伊香親子は、居酒屋日吉を後にし家に着くまでの帰り道、莉央が洋子にたづねたの♥




「お母さん、私がふらふらと芸能活動許してくれているのって、小海さんのことがあったから?」


「…ちょっとあるかも、でも莉央の人生だから莉央が決めればいい。

ただ、離れてもいいからどこに住んでるかは教えてね。

おかあさんいつも莉央が元気だって笑顔ですごせるから。」

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