第33話 永吉と浜




♡浜が日吉旅館に嫁いできた日、湖の向こうから花嫁さんが来たって、そらもう竹生町は大騒ぎでね。


 浜が18歳の春、電撃的な結婚話に町中の女たちがどよめいちゃって

永吉のお嫁さんてどんな人ってね、花嫁見たさに大勢の人が挨拶に来るわけよ。


 浜は永吉と一緒にこの旅館を守っていく意思が固かったから、まだ18の少女なのにもう女将の風格をもっていたわ。

 同い年の女の子たちと比べると腹が据わっていて誰も皆、この子は日吉旅館の若女将として最適だって思っていたの。


 大女将は浜に成人式を迎えるまではゆっくりしていなさいって

言ってくれてたんだけど、浜は「女中として働かせてください」と大女将に相談したの。


 これには大女将もびっくりしちゃってね。

浜は1日でも早く日吉旅館のしきたりを体に覚えさせたかったみたいね

あまりしつこく言うもんだから大女将が根負けしちゃって。


 まだこの街に友達のいなかった浜は女中さんたちと仲良くなって

彼女たちも、懸命に働く姿に、共感して心を通わせて行き

いつしか女中の中心的な役割を担っていったわ。


毎日慌ただしい一日の仕事がが終わると、永吉と一緒にいる時間が何より浜の幸せだったみたいで。


 そんな愛しい日を重ねて行って、浜は新しい命をさずかったの、つやつやした玉のような男の子、永吉との愛の結晶の日吉だったの。


 跡取りが生まれたって、大旦那、大女将もたいそう喜んでね、名前は浜が家族に頼み込んでつけたの、旅館名の日吉旅館の日吉そして永吉の吉の字をもらって日吉と。


その翌年、日吉の妹が生まれたの。前にも話したことだけど、111年間の時がち私が人として生まれ戻った姿。

そう、わたしの生まれ変わりこそだったんだ。


 生まれ出たわたしが目をあけると、そこには大女将の笑顔と、横になっている浜の顔が見えていた。わたしは人間の幸せな時間を感じることができたの。♥




♡浜はそれから年子の育児に追われて慌ただしく時間がすぎていくんだ。

しばらく旅館の手伝いはできなかったけど、二人の子供を育てながら

確実にこの街に根を下ろしていったの。


 浜が幸せの絶頂の、街から少しづつ何かが消えて行き始めてね…

竹生は雪深いところ、冬になるとお仕事がぐんと減っちゃうの。

男は出稼ぎに出るものも多く、生きていくために女たちが味噌をつくり売っては暮らしの足しにしてたんだ。



それが「弁天味噌」だったの。



 鉄道が敷かれると町の暮らしは激変しちゃったの。

物資は湖上運搬がから、早くて大量に運べる鉄道輸送に変わっていき、港町だった竹生は時代の波に取り残されつつあったの。


 そんな大きなうねりの中で、物流が増えていくと手作り味噌の需要が目で見る様に減って行っちゃってね、もう、竹生で味噌を作る家も減っていったんだ。


 大女将はこのままではこの街の味噌文化が廃れてしまうと危惧し、街中の女たちを集めてつくったのが「弁天味噌保存協会」。

 そう、いま浜がリーダーとして継いでいるこの協会は浜の義理の母である大女将「セツ」が発足させたものなのね。♥





♡時は過ぎ日吉と小海が保育園に通うようになった頃、浜は再び若女将修行をつけてもらえるように大女将に相談したの。

 その時、浜は22歳だったわ。浜を前に大女将は若女将の仕事よりも家にいて子供の育児に専念しなさいと言ったの。♥





「浜、そんなに焦らんでもええ、まだうちも頑張れるしあんたに任せるのもっと先やから、ほれより今あの子らが一番近くにいて欲しいのはお母ちゃんや。


 あの子らのためにも、あんたのためにも、お母ちゃんの愛情が大事な時間を大切にしたり。


 うちがここに嫁いできて忙しく女将修行してたとき、永吉はにあんまりかもてやれんかったそやから…これはうちからのお願いや。」



「おかあさん…わかりました、けど、ひとつだけわがまま言うていいですか?」



「なんや、そんな思いつめた顔して。」



「おかあさんがはじめはった弁天味噌を私に手伝わせてください!

竹生のみなさん最近電車で運ばれてくるお味噌を買い始めて自分らで味噌をつくらんくなったって聞いてます。


 このままでは、町から旅館から竹生の味が消えてしまいます、やからウチにも守らせて欲しいんです。

いつかここを任せられた時、おかあさんの味を残したいんです、もう、ウチはここの人間ですから。」



「なんやこの子は。永吉はええ嫁さんをもろたな、あんたみたいな子ができてくれてウチはしあわせモンや。」





♡女将業が忙しく弁天味噌も掛け持っていた大女将の苦労を少しでも楽にしたいという願いから申し出たの。

味噌造りなら昼間にできるし、朝夕は二人の面倒が見られるからね。


 永吉はというと京都へ板前の修行にでていたの、もちろん若那だからそんなことする必要はないんだけど、旅館を背負って立てる男になりかたかったみたい。


 将来、日吉旅館を盛り立てていくために、自ら若い嫁と幼い子供を置いて京都で料理の修行していたんだ。


 もちろん大女将は大反対したんだけど、日吉旅館の未来のために自らつらい道を取ったんだ。


 永吉が電車で帰ってくる日には、浜は二人を連れて駅まで迎えにいったの、

日吉は父が帰ってくるといつも肩車をせがんでいたわね。


 永吉が家にいる午前中はボートを引っ張り出して、日吉をのせて湖に浮かんでいたの時々、大きめのボートを出してきて家族全員で遠出したりしてた。


 ボートから帰ってくると、

厨房に立ち料理番頭の指示に従って腕を磨いている料理もできる大旦那になれるようにね。

日吉もそんな永吉の姿を見て、料理に興味をもちだしてね父から息子へと愛情込めた練習がはじまったんだ。


 料理を指導する永吉は怖いお父さんになるんだけど。

日吉もそんなことは理解していていつかは「お父さんみたいになりたい」って必死だったの。


 

 浜が弁天味噌の作業に参加した時に、同い年の女の子にであったの、その一人が珠代なのね。


 当初珠代は浜のことを良く思ってなかったみたい、だって永吉ファン倶楽部の筆頭ひっとうだったからね。

珠代は浜と一緒に作業をするうちに信念の強さと優しさに惹かれていってさ。


 笑顔で頑張っている浜の姿を見て心を許してしまったんだねいつしか珠代は浜の一番の理解者になったの。


えっ、この構図ってまるでさ、マキノと莉央みたいだね。♥

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