第32話 決心




♡浜は永吉にペンダントのお礼の手紙を書こうか悩んでいたの

永吉からもらったペンダントの弁天像の裏にはEtoHという文字が掘ってあったんだ。


 浜は机の上で綺麗なペンダントを見ている永吉の最後の一言が浜の胸をキュッとしめつける。



「これからも元気でくらしてね!」



 もう、ボート部の永吉がうみを渡って浜の元にやってくることもない

思い切ってお礼と最後のお別れの言葉を手紙にしたためたの。


 大学進学を決めた朝、永吉への最後の思いを乗せた手紙を赤いポストに入れて家に帰ろうとすると、空からチラチラと雪が舞い降り始めたの。


 地面にもり始めた雪を「ぎゅっ」っと踏みしめながら家に帰る

淡い思い出は雪の下に埋めてしまって前に歩もうとしていたんだ。♥





「あけましておめでとうございす。本年も宜しくお願いします」





♡家族への挨拶も早々に旅館は大忙し、年越しで宿泊する客が多いからね


浜も働き手として旅館を手伝っている、お布団を敷いたりたたんだり、宴会の配膳、あとは接客とか。


 去年までは嫌々やっていたんだけど。

恋愛で少し大人になったのか、二人の姉のように体が自然と動いていたの。

新年のお仕事がひと段落ついた頃、母親から突然こう言われたんだ。♥





「浜、今年は旅館組合の新年会にはいや。」


「えっ、あれって凪ねーちゃんが出るんとちゃうの?」


「とっくに凪も舟も皆さんに挨拶したがな、あんただけやで挨拶してへんの。」


「えっ、ウチ、行っていいの?」


「当たり前や、来なあかんよ。」




♡母親から言われた言葉に、また永吉に会えるかもしれないという淡い気持ちが湧き上がってきたの。


 そう言われた浜は、まるでおかみさん気取りで旅館の用事をこなし始めてるわ。そして手紙を出して一週間後、憧れの永吉からの返事の手紙が届いたの。♥




「前略


 浜様、お元気にされていますか?こちらは雪深くて毎日が雪かきです。

冬場はボートに乗れないのでちょうどいい運動になりますね。

先日は大変丁寧で素敵なお便りありがとうございました

浜様の暖かい優しさが感じられて私の心も暖かくなりました。………」




♡手紙の文字は四角くてゴツゴツとした男文字なんだけど、

その文面は優しく甘い文章が、メロディのように書きつづられていてね

雪の下に踏みしめた気持がほのかに溶けて心の中に湧き上がってきたの

 深夜になるまで頬を赤らめながら永吉からの手紙を何度も読み返しながら

降り積もる雪をみていたの。

部屋の窓から見える対岸の町に住んでいる永吉のことを考えながらね。


 宴会シーズンが終わった2月の頭。とても大きなホテルで旅館組合の新年会が開かれたの。

 振り袖の姿の浜は母親と一緒に、組合員の女将や社長、その家族に挨拶をしている。

その姿は堂々としたもので、老舗の千成旅館にふさわしい娘になっていたわ。♥





「あら、めいちゃん!(千成旅館大女将:浜の母)!お久しぶり。」


「いやぁ、セツちゃん。(日吉旅館女将:永吉の母)そちらこそお元気?」





♡浜の母親が日吉旅館の女将おかみと仲良く話しているのを見て

浜の気持ちが一気に高鳴ってしまった。

 そう、母親が話している女性が永吉の母親だと解ると、

すごく緊張してしまって、でも憧れの永吉の姿はそこにはなかったの。♥





「こんにちは、あなたが、浜ちゃんね。お母さんやお姉さんに似てべっぴんさんやなぁ。」



「そ、そんなことないです。はじめまして、千成浜です。

い、いつも、おせわに、な、なりまして。誠にありがとうございます。

旧年中は何かとお力添えを賜りまして感謝しております。

これからもどうぞ変わらぬおつきあいよろしくおねがいもうしあげます。」



「すごいねぇ、高校2年生でここまで挨拶できるなんて

ええ娘さんに育ったんやね。

 永吉から聞いてるよ、浜ちゃんのこと。

そやからウチ一回、浜ちゃんに会ってみたかってん。」



「わたしのこと、ご存知なんですか?」



「ほら、みんな知ってるわよ、千成の三姉妹って浅井三姉妹あざいさんしまいの生まれ変わりってみんな言うてるもん。」



「はぁ、浅井三姉妹って………誰でしたっけ?」



「もう!浜!何いうてんの!ごめんなさい、勉強がりんみたいで。」


「ええよ、知らんことは知らん!適当に話を合わさんと、ちゃんと言えることの方がすごいわ。」


「あはは、いえいえ、なんかめていただいて嬉しいです。」





♡ごった返す会場の奥に背の高い男性が見えて

そう、あの桟橋で見送った愛しの君の永吉が他の旅館の人と話をしていたの

浜は永吉のもとに駆け出して飛び着きたい思いでいっぱいだったけど

少し大人になった浜はそこの衝動を必死に抑えていたんだ。♥





「ああ、いたいた、永吉、こっちおいで!浜ちゃんやで。」





♡永吉の母が声をかけると、永吉が振り返り浜と瞳が合ったの

永吉の目の前の話をしていた男性に挨拶をして

白いタキシードで浜の方に歩いてくる。

 一歩一歩彼が近づくたびに浜の胸の鼓動は高まっていって

ほんとに息ができなくなるくらいに。♥





「ああ、挨拶遅れましてもうしわけありません。千成の大女将、いつもお心遣いありがとうございます。………」


「浜ちゃん、あけましておめでとうございます。また会えたね。」


「永吉くんも立派な挨拶ありがとうございます。浜とちがって落ち着いていて、さすがやね。」


「ちょっとおかーさん!」


「おかーさんやないやろ、大女将おおおかみやろ。」


「まぁ、ええやん、ほれより銘ちゃんちょっとウチらも会長に挨拶に行きましょか。」


「ほうですね。男性陣の挨拶終わったみたいやし、会長さん手酌で飲んではるみたいやし。ご挨拶いきましょ。」




♡大女将二人はその場に浜たちを残して人ごみの奥に行ってしまったの

面と向かって残された二人、浜は顔を上げられないくらいに緊張しちゃって。♥




「浜ちゃん、素敵な手紙くれてありがとう、あんなに気持ちのこもった手紙って初めてだよ。」


「永吉さんこそ、こんな綺麗なペンダントもらっちゃって、なんか嬉しくて毎晩見とれちゃいます。」


「そっか、喜んでくれて嬉しいよ。浜ちゃん、大学いくんだってね。スポーツだけでなくて、勉強もできるんだ。」


「そんな、母親がそうしなさいって言うから、それがいいのかなって。あれからもう二ヶ月ですね、なんかすごく昔みたいです。」


「だよね。なんかすこし恥ずかしいような、でも大切な思い出だね。」


「あの!永吉さん、いま、その。」


「なんだい?」


「あの。。。いいえ、なんでも、、、、、」


「あのやっぱり!」


されている方いるんですか?」


「えっ、あはは。よ。あの、、、ごめんね。」





♡浜は、永吉の入った「ごめんね」にやっぱり無理なんだとおもい

恋心を諦めようとしたの。♥




「あっ、はい、私じゃ…だめですよね。」


「違うよ、そっちのでなくて、浜ちゃんを呼び出しちゃってさ。」


「どういうことですか?」


「ウチのおふくろがさ、浜ちゃんを見たいって。」


「わたしをですか?」


「バレバレだったんだよ、おふくろに。

毎週も弁天島で会ってたんだから普通気づくよね。小さい街だからさ。」


「情けない話なんだけど。本当は許嫁いいなづけがいたんだけど、彼女が好きな男性ができたとかなんとかで、写真でしか見たことなかったんだけね。

 正式に断りのあった次の日

休んでいた目の前にテニスボールが転がってきてさ

目の前によく焼けた元気そうな女の子が立ってて

その時なんかこう、その子に惹かれちゃったんだよね。」


「あの時サヨナラって言ってごめん、もしよかったら、また、会えないかな?今度はゆっくり時間をかけてさ。」


「は、はい!」





♡それから永吉と浜は長かった二ヶ月を埋めるように話をしたの

浜は嬉しくて嬉しくてしかたなかった

そしてまた次会える約束をしてさよならを

今度はまた会えるさよならをしてね。

浜の胸元にはあの日の永吉からのペンダントが輝いていたわ。


 浜は帰りの電車で母親と横並びに座り、窓の外を流れていく街頭の灯りをみている。今日の街の灯りは涙でかすんでみえることはなかったの。


 そして大女将が浜に将来の決断を聞いたの。♥





「なぁ、浜。あんた、進学する?それともおかみさん修行する?」


「えっ、………いいの?」


「どっちなんや?」


「大女将、わたしを修行させてください!」


「この子はもう!かわいいんやから!」






♡次の日から2年間、姉の凪と一緒に女将修行に励む浜。

嫁いで行く娘を相手さきでも苦労の無いように大女将は

浜を厳しく育てたの


 でも浜はへこたれることは無かったわ、

そして、桜舞う春の吉日。


 湖には白い花嫁を乗せた特別船が黒壁から竹生にむかう

いつも窓から見ていた、遠い対岸の街にね。♥

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