二人の王子
今年の冬の先触れは、例年よりも猛威を奮った。
朝からアスターと周辺地域の被害報告が立て続いて、ジャックがひと息ついた頃には、昼を過ぎていた。ちょうど、雛菊館ではジャスミンがお礼状との戦いに終りが見えてきた頃だった。
仮眠や息抜きに使っている小部屋にいた疲弊するジャックのもとに、育ちの良さそうな小姓に変装した双子のトムとサムがひょっこりやってきた。
「お前ら、何しにきた?」
げんなりした様子で、ジャックは体を椅子に投げ出したまま億劫そうにまぶたを半分ほど押し上げる。
「いやぁ、昨日の嵐はすごかったなぁって。なぁ、サム」
「そうそう、すごかったよな。トム」
おどけてくるりと回って、うんうんとわざとらしく首を縦に振る。
「なるほど、よくわかった。お前ら、庭園の後始末をサボりに来たわけだ」
「ギクぅうう」
お調子者の双子は、やっぱりわざとらしく声を揃えて震え上がる。
「いや、ちゃんとジャックに報告することがあってなぁ、トム」
「そうそう、耳に入れておいたほうがいいじゃないかってことがあってなぁ、サム」
仕事しにきたのだと、彼らは言い張る。しかし、後ろめいたところはあるようで、必死過ぎる。
(まったく、こいつらときたら……)
ジャックは、呆れたとため息をつく。
「言ってみろ。内容次第では、お前らの頭領にサボってたと教えてやるよ」
「まじでか」
「まじだ」
本来なら、今ごろ庭師たちは庭園で大忙しのはずだ。
どうでもいい報告なら、彼らの父である庭師の頭領にきついお灸を据えてもらうのが一番だろう。
「まぁ、どうでもいいといえば、どうでもいいことなんだよなぁ、トム」
「そうそう、俺達にとっては、たいしたことじゃないんだけどねぇ、サム」
「なんで、お前らもったいぶっているんだよ!」
昨日から嵐の対策に追われていたジャックは、ただでさえ機嫌が悪かった。殺気立ってきた彼を、さすがの双子たちも居住まいを正す。
「じゃあ、サムから報告してもらいます」
「はいはーい」
敬礼した双子から、一切のいたずらっぽさが消える。国王直属の暗部の顔に、一瞬で切り替わる。普段はおどけているれども、彼らはやはり優秀な黒庭師だった。
「昨日、ジャスミン様が柊館で楽しく過ごされたことは、まだご存知ではないと思い、こうして報告に参りました」
「ジャスミンが、柊館に?」
ジャックは知らなかった。投げ出していた体を起こして、彼はなぜと問いただす。
「マクシミリアン様の恋人が、ジャスミン様をお茶会に招待したのです」
「お茶会?」
「お茶会と言いましても、デボラ嬢が個人的にジャスミン様とお話しがしたかっただけのようです」
眉間にしわを寄せてジャックは顎をさする。
「月虹城内に外出禁止令が出る前に、ジャスミンは帰ったのか?」
「いいえ、一夜を明かすことになって、ジャスミン様は今朝方雛菊館に帰られました」
報告は以上だと、双子たちは正していた姿勢を崩した。
(昨日の外出禁止令は、父上の嫌がらせかもしれんな。まぁ、そうだとしても、それほど問題はない。だが、
難しい顔で顎をさするジャックの前で、双子たちはそわそわしだした。
「報告がすんだなら、さっさと本職の仕事に戻れ」
「え〜」
他の仕事がほしいと不満をぐちぐちと口にした双子を、ジャックは完全に無視して顎をさすっている。
聞く耳を持ってくれないかと、しつこく不満を垂れ流す双子に、ジャックは意地悪く笑った。
「いいのか。こうして愚痴っている間にも、頭領の機嫌は悪くなる一方だぞ」
「ですよねぇ」
結局、双子たちはしぶしぶ出ていくしかなかった。
「まったく、あの性格はどうにかならんものか」
双子たちがいなくなって、しばらくしてからジャックも小部屋を出ていった。
廊下で三人の役人や小姓に声をかけて、彼はマクシミリアンの居所を聞き出した。
マクシミリアンは、まだ輝耀城に残っていた。
花の都アスターと並び立つ大都市の行政長官として、彼も忙しい身だった。
マクシミリアンが執務室代わりに使っていた部屋をジャックが押しかけると、彼もひと息ついていたところだった。ジャックが来るなり、彼はお茶を飲みながら談笑していた役人たちにひと言声をかけて人払いをした。
二人きりになると、マクシミリアンは机にもたれるように腰をあずけて苦笑した。
「そんな怖い顔をして、どうした?」
「どうしたもこうしたもあるか」
唸るような声で、ジャックはマクシミリアンに詰め寄る。
「雛菊館には手を出すなと、あれほど言っただろう」
「あー、そのことか……」
きまり悪そうに、マクシミリアンは頭をかいた。
「デビーに、どうしてもって言われてさぁ」
「あ゛?」
「落ち着けよ、ジャック。デビーはゲームの駒じゃない。俺の恋人だ」
しばらく従兄を睨みつけてから、ジャックは鼻を鳴らす。
「お前、あいかわらず、彼女のことになると面倒くさいな」
「余計なお世話だ」
不機嫌なジャックは、近くの壁にもたれて腕を組む。マクシミリアンは、頭をかきながら机の上にあった紙束を手に取る。
「面倒くさいのは事実だろうが。ほら」
「これは?」
「新作だ」
にやりと笑ったマクシミリアンに、ジャックは苦虫を噛み潰したような顔をした。つい何も考えないで受け取ってしまったことを、早くも後悔しているのだ。
「そんな顔をするなよ。そうそう、聞けばジャスミン姫の趣味は読書だそうじゃないか。お前が読まなくても、彼女に……」
「
「ああ、さすがにそこまで新聞には書いてなかったな」
マクシミリアンは、それがどうしたと首を傾げる。無造作に丸めて脇に挟んだジャックは、なんとも言えない顔で肩を落とす。
「『秘密の庭園』だ」
「……………………は?」
すぐに理解できなかったのか、マクシミリアンはまばたきを繰り返す。
「だから、ジャスミンの愛読書は『秘密の庭園』だ」
「おい、『秘密の庭園』って、あの『秘密の庭園』か?」
「あの、『秘密の庭園』だ」
「……なんてこった」
ふらふらとマクシミリアンは、近くにあった椅子に崩れ落ちて頭を抱えた。
「じゃあ、なにか? 彼女は腐女子なのか」
ジャックは無言で目をそらした。
コーネリアスは、甥のマクシミリアンにもジャックと同じように、課題として『秘密の庭園』シリーズを読むように強要していたのだ。けれどもマクシミリアンは、ナマモノとして受け付けなかったジャックとまるで違う反応をした。
「なんてことだ。俺としたことが……」
頭を抱えたマクシミリアンは、何やらブツブツと呟いて顔を上げた。
「それで、彼女の推しカプはなんだ?」
「は?」
「愛読書が『秘密の庭園』なら、メインのマクスウェル✕ジョージか? それとも、庭師のショタ双子とジョージの3Pか?」
「そんなこと、知るか!!」
ジャックとしては、さっさと話を変えたかった。けれども、マクシミリアンはゆらりと立ち上がって、ジャックに詰め寄る。
「そんなこと? 重要な事だぞ。推しカプがわかれば、だいたい好みのシチュがわかるだろう」
ジャックは顔をひきつらせながら後ずさろうとしたけれども、すでに背中は壁と隙間がない。それでも、少しでも離れたくて横に動こうとすると、今度はマクシミリアンは壁に手をついて阻む。いわゆる壁ドンというやつだ。もし、この場に腐女子がいたら失神していたかもしれない。
(しくじった。
激しく後悔したけれども、もう遅い。
「いいか、俺はな腐女子にこそ、読んでほしいんだよ。リセールの伊達男の俺が、この俺様がキモい童貞百合豚野郎だぞ」
「そんなに嫌だったら、リリー・ブレンディなんてふざけたペンネームを辞めればいいだろ」
コーネリアスに半ば強制的に『秘密の庭園』を読むことになったマクシミリアンは、男と男の恋愛小説が成立するなら女と女もありだ気がついてしまったのだ。さすがのコーネリアスも、まさかお嬢様とメイドの百合小説を課題の解答に添えてくるとは、夢にも思わなかったに違いない。後にも先にも、マクシミリアンはあれほど微妙な顔をしたコーネリアスを見たことがない。
(題材はともかく、
なし崩し的に終わってしまったジャスミンとの文通で、ジャックは何度もマクシミリアンの文才が妬ましくなった。
「俺は決めたぞ、ジャック。彼女の好きなシチュがわからないならそれでいい。だが、俺は是が非でもジャスミン姫に百合の素晴らしさを理解してもらわねばならん」
「
創作意欲に火がついたマクシミリアンを、ジャックは不快そうに睨む。それはそうだろう。十年ぶりに再会した婚約者が、腐女子に――それも自分をモデルにした主人公のBL小説にハマっていただけでも、そうとうショックだった。その上、この従兄は百合小説を彼女に読ませようとしている。
拳を握りしめた彼に、マクシミリアンの藍色の瞳が剣呑に光る。
「俺のジャスミン? まだ気が早いんじゃないか」
壁についていた手をおろして、マクシミリアンは鼻で笑う。
「まだゲームは終わっていないぞ、ジャック。ゲームが終わるまでは、このマクシミリアンのジャスミンになる可能性もあるってこと、忘れているんじゃないだろうな」
「まさか」
ジャックも軽く肩をすくめる。
「俺が王になるって決まっているようなものだろう。だから、俺のジャスミンと言って何が悪い」
「やれやれ、お前のそういうところ、嫌いじゃない」
そう言ってマクシミリアンは、ジャックから離れてもとの机にまた寄りかかった。
「だが、ゲームが終わるまではその発言は控えるべきだと、俺は思うよ」
机の上にあった飲みかけのお茶を飲み干して、マクシミリアンは指先で見えないチェス駒を摘んで動かすジェスチャーをした。
「チェックメイト。明日、このくだらないゲームを終わらせようじゃないか」
「明日、か。わかった。明日だな」
満足気にジャックは首を縦に振る。
「これ以上、
「俺もだよ」
二人は、不敵な笑みを浮かべていた。どちらにも、敗北という二文字は決してありえなかった。
スッキリとした朝を迎え、意気揚々と身支度をしていた時、彼が今まで見たこともないような途方に暮れた顔をしたメリッサが駆け込んできた。
「ジャスミンが雛菊館からいなくなった、だと?」
どうやら、華麗なる
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