季節外れのパーティー

パーティーの始まり

 そして迎えたガーデンパーティー当日。朝から綺麗な青空が広がっていた。前日の午後に広がった鉛色の雲に、顔を不安げに曇らせていた人々の顔も輝いた。


 ガーデンパーティーは誰もが浮足立つものだと思われがちだが、不愉快でしかない人たちもいる。

 王の庭の番人、庭師たちだ。


 庭師の双子トムとサムもガーデンパーティーの開催が決まったときから、不平不満をこれでもかとジャックにぶつけてきた。もっとも、ジャックは主催者の代理だ。ガーデンパーティーを中止することができるのは、国王のみ。そうとわかっていても、張り切っているジャックをなんとかと彼らなりに努力したもののまったく効果はなかった。彼らなりの努力の仕方が悪かったのかもしれないが。


 迷宮庭園としても知られている通り、主会場となっている広場に案内なしでたどり着ける招待客はまずいない。防犯などの意図もあって、地図はない。庭園全体を把握しているのは、庭師と王族くらいだ。招待客が、広大な庭園の中央に位置する主会場にたどり着くには、要所要所に立つ衛兵たちを頼りにするしかない。その衛兵たちも、主会場への正確な道筋を把握しているわけではなく、指し示す方向を知っているだけだ。つまり、何度も衛兵たちの指示通りの方向に進んで行くわけだ。迷いようのない間隔で道標役の衛兵が立っているにもかかわらず、道を外れる迷惑な客はいる。


「あー、そっちは立ち入り禁止って、さっき聞いてたよね?」

「あー、場合によっては、お帰りいただくことになりますよ」


 双子たちを含めた庭師は、そうした道を外れる招待客を正しい道に戻すのに忙しい。


「きりがない」

「それなー」


 夫婦連れの招待客を衛兵まで連れて行った二人は、げんなりとしながら見回りに戻る。


「ごちそう、食べたいなー」

「それなー」


 双子たちの耳には、パーティーの喧騒が聞こえている。間もなく、ジャックとジャスミンが姿を現す頃だろう。

 ふいに足を止めた双子は、いたずらっぽく笑った。


「食べに行っちゃいますか」

「楽しみに行っちゃいますか」


 そうと決まれば行動あるのみと、双子たちは仕事を投げ出した。もっとも、すぐに庭師の頭領でもある父に捕まってこっぴどく叱られることになるのだが。



 主会場の広場には、この日のために作られた舞台にジャックのジャスミンが姿を現すのを招待客たちは今か今かと待っていた。招待客の数は少ないといっても、二百人近くいる。それにくわえて、パーティーを支える月虹城の使用人たちと、招かれた楽団やサーカスの曲芸師たちも百五十人ほどいる。


「本当に、お祭りみたい」


 ジャックとジャスミンのために用意された天幕の隙間から、ジャスミンは外の様子を覗いていた。祖国でイメージしていた王国の社交の場は、豪華絢爛で格調高いものだった。それなのに、楽団は陽気な音楽を奏でているし、道化師の滑稽な動きにそこかしこで笑いが起きている。

 これなら肩の力を抜いてもいいかもしれないと、ジャスミンは緊張をやわらげた。

 青みがかった灰色のジャケットの上から空色のサッシュをかけたジャックは、彼女の肩越しに外の眺めて眉をひそめる。


従兄上あにうえの姿が見当たらないな。何か企んでいるのだろうが……まったくあの人はどうしようもない)


 彼はため息をこらえて、ジャスミンを安心させるように語りかけた。


「久しぶりのガーデンパーティーだからね。初めての招待客も多いがが、それでも伝統ある行事だ。日常を忘れて楽しまなければ損だと、みんな知っているんだよ」

「日常を忘れて?」

「言っただろう。羽目を外す者も少なくないと」

「そうでしたわね。なんだか少し肩の力が抜けました」

「それはよかった。では、行こうか」

「はい」


 ジャックにうながされて、二人は天幕の外に出た。


 舞台にほど近い天幕から、二人が姿を現すと楽団の陽気な音楽はピタリとやんだ。

 三つ編みの貴公子がエスコートする異国から来た赤毛の姫君に、注目が集まる。ざわめく声は、聞き取ることができなくても自分のことを言っているのだと、ジャスミンにもわかった。

 燃えるようなと人気を集めている赤い髪は、一部を冠のように編みこんで、背中に広がっている。山吹色に橙色のストライプ柄のドレスは、初めてのデートのときと同じようにスカートがたくし上げられて、綺麗なひだを作っている。肩を膨らませた袖は、デートのときよりもゆとりはなく、彼女の腕の細さを強調した。朱色のペチコートの裾には、臙脂色のフリルが二段も重ねられている。四角く開いた襟の胸元には、控えめなサファイアの首飾りが輝いていた。


 ゆっくりと舞台に上がり中央に進む二人は、誰も目にも気品ある男女として映った。


 白木の木材で作られた舞台の中央で二人が足を止めると、ざわめいていた招待客たちも口を閉じる。ひと呼吸分の静寂のあとで、ジャックのスピーチが始まった。


「諸君、季節外れのガーデンパーティーに、ようこそ。突然の招待に、いつもよりも慌ただしく花の都に上る羽目になった者も少なくないだろう」


 ジャックは、大げさに肩をすくめてみせた。


「春の庭園ほど花盛りではないが、その分趣向はこらした。サーカスに、異国の料理、他にも多くの楽しみを用意してある。大いに食べて、飲んで、楽しんでもらいたい」


 招待客たちの顔に笑みが浮かんだ。けれども、彼のスピーチに同調しての歓声と拍手はまだない。彼らにとって、パーティーの目玉はあくまでもジャックの隣にいるジャスミンだ。だから、ジャックはスピーチを短く切り上げる。


「花盛りではないが、我がヴァルトン家の庭には秋の美しさがある。存分に愛でてもらいたいところだが、やはり諸君らにとって一番の花は、雛菊館の新しい女主人だろう」


 ジャックがジャスミンを見やると、短い拍手が起きた。


 無数の視線を一身に集めたジャスミンは深呼吸一つして、両手でドレスを摘んで軽く膝を曲げた。


「初めまして、みなさん」


 初めて耳にするジャスミンの凛とした声に、軽いざわめきが起きる。

 ざわめきが収まるのを唇を湿らせながら待って、ジャスミンは続ける。


「わたくしは、ジャスミン・ハル。異国からヴァルト王国に嫁いできたのは、わたくしで三人目。過去の二人の妃は……」


 ジャスミンの声に耳をすませる聴衆が作り出した静寂の中、庭園のどこかで一羽の鳥が鳴いた。

 そののどかな鳴き声に、ジャスミンの頭が真っ白になった。暗記していたスピーチの原稿が、綺麗さっぱり頭の中から消えてしまったのだ。


(まずいな)


 彼女の異変にいち早く気がついたジャックは、聴衆が気がつく前にフォローしなくてはと唇を噛む。けれども、ジャスミンは胸元の首飾りに両手をおいて再び口を開いた。


「わたくしの故郷マール共和国は、ご存じの方も多いことでしょうが、共和国となってまだ八十年の新しい国であり、ようやく国として安定してきたところです」


 ジャスミンのスピーチは、もう原稿通りではない。軽く目を瞠ったジャックの隣で、彼女は彼女の言葉でスピーチを続ける。


「マール共和国は、過去の過ちを正した国です。わたくしも、過去の例にとらわれることなく、王族の一員となってヴァルト王国につくしていきます。本日のパーティー、わたくしはみなさんよりも心待ちにしてました。ジャック様がおっしゃったように、わたくしも大いに食べての、飲んで、楽しみますわ。そして、みなさんは赤いジャスミンが噂以上に素敵な女性だと知ることとなるでしょう」


 目を閉じて、彼女はもう一度軽く膝を曲げた。


 最初の拍手は、もっとも近くから聞こえてきた。舞台の上のジャックに続くように、盛大な拍手が巻き起こる。

 舞台から降りるとき、ジャックは小声で囁いた。


「ジャスミン、最後のは……」

「いけませんでしたか?」

「いや、君らしくてよかったよ」


 本当のところ、彼は肝を冷やしたのだけれども、澄ました顔でそう言われては苦笑するしかなかった。


 楽団が陽気な音楽を再開する。季節外れのガーデンパーティーがいよいよ始まったのだ。

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