薔薇と百合
季節外れのガーデンパーティーは、招待客に限られるけれどもジャスミンのお披露目が最大の目的だ。それでなくとも、国王のみが主催できる彩陽庭園のガーデンパーティーは、実に九年ぶりだ。コーネリアスは体が弱いことを言い訳に滅多に開催しなかったものの、本当なら一年に一度は催される春の恒例行事だった。
あれほど季節外れのガーデンパーティーにいい顔をしなかったジャックだったけれども、実質主催者として手を抜くことなく準備を進めていった。むしろ、気合が入りすぎていると儀典長からたしなめられたほどだ。
ジャスミンにとっての初めてのガーデンパーティー。
雛菊館の使用人たちは女主人のジャスミンに合わせて十代から二十代が中心となっている。なのでほとんどの使用人たちにとっても、初めてのガーデンパーティーだ。準備に忙しくても、浮足立っていた。なにしろ、ガーデンパーティーはメイドたちにとっては出会いのチャンス。過去には、上流階級の次男や警備に動員された兵士、庭師と言った好条件の相手と結ばれたメイドたちも少なくない。
二日後にガーデンパーティーを控えたその日、雛菊館の若き女主人はまだスケジュールの変更があるのかとげんなりしていた。
「なんだか、パーティーというよりもお祭りみたいね」
彼女は鏡越しにイザベラに同意を求めた。
「ええ。楽団に、劇団に、サーカスまで呼ぶだなんて、なんだかワクワクしますね、お嬢様」
「料理も、まさか本当に祖国のものを用意するなんて……」
正直、ジャックの気合の入れようには呆れてしまう。
(それとも、もともとガーデンパーティーってこんなものだったのかしら?)
今まで経験してきた社交の場なんてお遊びかもしれないと、ジャスミンは憂鬱な気分になる。彼女の髪を梳いているイザベラは、励ますように鏡越しに笑いかける。
「お嬢様なら、大丈夫ですよ」
「だといいけど」
ジャックやメリッサたちがサポートしてくれるとわかっていても、不安は消えない。
「ジャック様もおっしゃっていたじゃないですか、かしこまらなくてもいいって。羽目を外す招待客も少なくないからって」
「そうね、そうよね……」
だからといって、最初の晩餐やこの前のデートのような失態を繰り返したくはない。
(正式ではないけど、わたくしのお披露目。しっかり務めないと)
第一印象がすべてではないけれども、とても大事だ。ヴァルト王国の次期王妃として認められなくてはならない。
力が入った彼女の肩に、イザベラはブラシを手にしていないほうの手を置く。
「お嬢様、気負う気持ちもわかりますけど、少しくらいは楽しまなくてはなりませんよ」
「もちろん、楽しむわよ」
鏡に映る自分の顔が思っていたよりもひどかったことに気がついた。ジャスミンは、そんな難しい顔をしている鏡の自分にクスッと笑いかけた。
(ジャック様も、楽しむように言っていたわよね)
それに、何度か打ち合わせに来たジャックは、目を輝かせていた。とてもパーティーを楽しみにしているのがよくわかった。
(ジャック様が楽しんでいる隣で、つまらなそうな顔を知るわけにはいかないわよね)
ジャスミンの顔に笑顔が戻ったのを見て、イザベラは安心して手を動かす。
二日後のガーデンパーティーの招待客の中でも、ジャスミンがもっとも気になるのは、やはりジャックの従兄のマクシミリアンだ。今日中に、柊館に到着する予定だ。
(リセールの伊達男、どんな男なのかしら)
リディアを利用した反体制勢力の背後にいる男。
彼女なりに彼の情報を集めてみると、意外なほどいい評判しか聞かなかった。もちろん、腐女子たちにマクシミリアンが人気があるのはなんとなくわかっていた。
(彼の噂の恋人も気になるのよね)
平民でありながら、彼が愛すると周囲に公言してはばからない女性デボラ・ウォンも、ジャスミンは別の意味で気になっている。
数日前、新聞片手にメイドたちが教えてくれた。デボラは、ウォン&ハーバー製作所の娘だ。許されることのない身分違いの恋は、神なきヴァルト王国でも、話題の種になっている。
マクシミリアンには、婚約者がいない。いたにはいたのだけれども、十二年前に欲を出して不正を働いたその貴族の家を、コーネリアスは徹底的に制裁を与えた。もちろん婚約の破棄もふくまれる。それ以来、コーネリアスは彼に縁談を与えなかった。
決まった相手がまだいないとなれば、平民の妻になるのではとロマンチックに語られることも多い。同じくらい、嫉妬や憎しみを込めて語られることも多い。
そんな彼女の家は、実験的で斬新な小説の版元として有名だ。無名な作家でも一般書籍として認めるハードルの低いことでも知られている。読書家たちの中では、マニアックな本も多いということで人気の版元となっているのも当然のことだろう。
(そして、リリー・ブレンディが版元として専属契約しているのも、ウォン&ハーバー製作所なのよね)
ようするに、ジャスミンがデボラを気にしているのは、彼女が『秘密の庭園』に限らずBL小説の一般書籍化を阻んでいるらしい小説家の正体を知っているかもしれないからだ。
「リリー・ブレンディ、ねぇ」
つい口に出してしまったその瞬間、ピタリとイザベラの手が止まった。
「お嬢様、ブレンディ先生の小説をお読みになられたのですか?」
「え?」
「え、今さっき、おっしゃったではないですか、リリー・ブレンディって。わたしの聞き間違いなんてことはないですよね?」
イザベラの目が爛々と光っている。
(なんだか、怖い……)
優しく両肩に置かれたはずのイザベラの手が、ジャスミンはなんだかとても恐ろしい拷問器具のような気がした。
「お嬢様にも、ぜひ読んでもらいたいと思っていたところでしたのに、すでにお読みになっていられるなら、早くおっしゃっていただければ良かったのに」
「まだ読んでいないから」
「まだ?」
「え、ええ」
大好きなBL小説の普及の道を阻んでいる敵が書いた本を、ジャスミンは読んでいない。読みたいとも思わない。
(金に物言わせて女と女のふしだらな小説ばかり売り出している童貞野郎の本なんて見たくもないわ)
と言えればよかったのだけれども、イザベラの異様な雰囲気に圧倒されて言えなかった。
「まだお読みでないなら、わたしの本を貸します」
「いや、いいから、そういうの」
「いいえ、読むべきです。読まないなんて、お嬢様、人生半分以上損してます」
イザベラの声に、どんどん異様な熱がこもっていく。
(あ、これ、ベラはすっかり百合豚になっている)
さすがに、ジャスミンも現実を認めるしかなかった。メイドたちと、イザベラをどうやって沼にひきずりこもうかお喋りするのが楽しかったのに、それももう終わった。
「ブレンディ先生のお名前をご存知なら、どのようなジャンルで有名なの知らないわけないですよね?」
「え、ええ、まぁ……」
「ご興味もあるのですよね?」
「読みたい、ほどではないわね」
「読みたいほどではないなんておっしゃったこと、一冊でもお読みいただけたら後悔しますよ。わたしもはじめは抵抗がありましたけど、読んでみたらもぉ……」
イザベラはうっとりとした表情で、百合の素晴らしさを語る。
どうやら、彼女はリディアの一件で教会の強制捜査に同行したときからの男友達の一人から勧められたらしい。ちなみに彼女は同行したとき、神の教えを捻じ曲げた神官に激怒し烈火の如く口撃してのけた。イケメン探しなんて不純な目的を、彼女は完全に忘れていた。恋人はできなかったものの、同行した男たちとは親しくなった。五日に一度の休みのたびに、複数人の男友達と遊び歩いているのをジャスミンは知っている。
ジャスミンとしては、その中に誰かいい人がいればいいと思う。けれども……
(どこの誰よ、ベラに百合沼に落としたのはぁああああ)
イザベラは今、女と女が友情を超えているかもしれないと自分に問いかける尊さを熱く語っている。
「なんだか共感できるところも多いんですけど、やっぱりわたしは一線を越えるなんてないってわかってしまうんですよね。だからこそ、百合は尊いんです」
熱く語るイザベラには申し訳ないけれども、ジャスミンはBL小説の普及を阻んているらしい作家の小説を読むわけにはいかないのだ。
(こんなことなら、手段やタイミングを選んでいる暇があったら、とっととベラを引きずりこんでいればよかったぁああああああああ)
彼女の中では、完全に腐女子と百合豚は相容れない敵対関係になっている。そんなことはないのだけれども、やはり第一印象は大事だということだ。
そして、あろうことかイザベラは熱く語るあまり口にしてはならないことまで言ってしまう。
「そうそう、お嬢様、まだご存知でないでしょうけど、この国には腐女子という……腐った女子という意味の言葉があるのを知っていましたか?」
「……」
知っているも何も、ジャスミンは腐女子だと自覚している。
「尊い百合とは真逆のジャンルにハマる女子を腐った女子なんて、言い得て妙ですよね、お嬢様。肛門性恋愛なんて汚らしい……」
「お黙りなさい」
「え?」
「お黙りなさい、イザベラ・ガンター!」
熱く語っている分には、黙って聞き流せた。けれども、BLだけは馬鹿にはさせない。
燃え上がるような美しい赤毛と呼ばれる髪の毛の一本一本が、まるで怒りでうねるような錯覚を、イザベラは鏡の中に見たかもしれない。
「よくお聞きなさい、イザベラ・ガンター。BLこそが、尊い至高のジャンルよ」
「お、お嬢様?」
「お黙りなさいと言ったわよね、イザベラ・ガンター!!」
「ひぃいいい」
ジャスミンの怒りはそう簡単に収まらなかった。もともと一度火がつくと怒りが燃え尽きるまで、彼女は止められない。
「汚らしいですって? BLのビーの字も知らないくせによく言えたものね。恥を知りなさい」
彼女の一方的な反撃は、メイドのマリーがジャックの来訪を告げに来るまで続くのだった。
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