幕間・蠢く闇、近づく嵐

『では、そのように』


 鈴のような声。


 宗主からいつもの御言葉が部屋に響き、続く言葉はなく、辺りは静かになる。

 部屋にある円卓の上には、人が座る場所に香炉に似た光を放つ器が七つ、置いてあった。

 全ての器が光を失ったことを確認した後、部屋に居たただ一人の男は、静かに息を吐いた。

 痩身痩躯という言葉が似合う男は、灰色の前髪をたぐり上げる。

 髪をたぐり上げた先の耳はとがっていた。

 そして、男は整った顔の口角を上げ、ゆがんだ口元で嗤う。


 シャドラ王女誘拐計画、それが男が考え出した、現状を変えうる逆転の手だった。


 まだ公式には発表されていない、現シャドラ王の第二子、全ての神霊石を持った王女。

 宗主曰く、最後の『千年の子』であり、千年の子を手繰る運命を持つ者。

 これから起こるであろう争乱の鍵となる存在だ。


 宗主からは、今は干渉するなと言われている。

 しかし、その幼子をこちら側に引き込めば、彼らが有利になるのは明白だった。

 ならば、と男はその計画を練った。

 数年規模に渡る誘拐計画を。

 この計画が成功すれば、組織に貢献でき、宗主から寵愛を賜ることができるだろう。

 そうすれば、こんな孤児院長のような立場でなく、自分はもっと上の立場に登ることが出来る。

 男はそんな未来を幻視し、嗤った。


 数年単位での入念な下調べを元に、宗主の許可が下りてから王女を誘拐する。

 シンプルで地に着いた計画を、男は自賛していた。

 今日はその計画の中でも重要な日。王竜会議終了式典の日での城内調査だ。

 貴重な情報を得られる日。この日のために、虎の子である少女を送り出した。

 彼女の能力を持ってすれば、城の結界を突破出来るという判断だ。

 もちろん、調査だけであり、誘拐は指示していない。

 誘拐の実行犯に彼女を使ってしまったら、宗主に殺される。

 頭の中に寒気が走った。男の口が元に戻る。


 その時、男の前に器が紫色に、淡く光り始めた。その色は、今考えていた少女を示していた。

 器の蓋を閉める、すると光は明確となり、続いて音が聞こえる。


『院長様、緊急に申し上げたいことがございます』


 あどけない少女の声。しかし、その声色に似合わず、冷たさを感じる事務的な声だ。


『エンエか、どうした』

『シャドラ王女を確保しました』

『……は?』


 エンエと呼んだ少女の報告に、男の思考が停止した。


『ついては、回収をお願い致したく』


 しかし、話が本当であれば、時間が無いことを男は理解する。


『わ、分かった。追っ手は?』

『今のところは。しかし、時間の問題かと』


 簡潔な言葉だが、無言が多い彼女がここまで喋るとは、かなり切羽詰まっているのだろう。


『分かった。では末端に場を荒すように手配しよう。

 それから、【門】を使う。位置を悟られぬよう、待機位置には十分気を付けるように。

 委細の報告は戻ってから受ける』


 時間稼ぎに、最短の回収方法を提示する。エンエはほっと息を吐き、


『承知しました。それでは切ります』


 と言い、通話を終了。器は光を失った。

 それを確認した後、男が顔を両手で覆い隠し、肘で机を突いた。


「……宗主様の言葉に反してしまった。どうすればいいんだ」


 部屋の窓に空が映る。

 嵐の前触れのような、紅に染まった空だった。


 男が忙しそうに退室した後、最後の光が消えた。

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