研究魔、師匠を見つける
私がうんうんと頷いていると、コンコン、コン、ココンと扉からノック音が響いた。
お兄様の入れと言うと、扉が開き、奥から女性が出てきた。
淡い翡翠色の髪をした耳の長い妙齢の美女。お母様と仲の良い、側勤め筆頭のイザドラさんだ。
手には、前から気になっていたあの『お湯が湧き出すポット』を抱えていた。
「ガーガリル様、少しよろしいでしょうか?」
「イザドラさん、どうしましたか?」
その言葉を聞いて、ヴィーヴ先生がニコリと微笑み、優しい口調で話し始める。
だ、誰だこいつ!
今までの不機嫌ニヒルな雰囲気から打って変わって、爽やか系の優男に見えるよ!?
『何でそんな顔をしているのかあとで説明してもらおうか、姫様』
こちらをチラ見して、ニィ、と笑う先生をみて、ひぃっ! となる私。恐怖の大王が近くにいるよ!
「給湯ポットが壊れてしまって。漏れてはないので、恐らく刻紋の方かと」
イザドラさんが給湯ポットと言った陶磁器製(っぽい)ポットを差し出す。
そのポットには、何やら図形が外側にびっしりと彫り込まれていた。
それは、前世にもよく漫画で登場した魔方陣のように見える。
「どれ、見ましょう」
ヴィーヴ先生がポットを受け取り、掘り込まれた紋様を観察する。
「ああ、底面式ですか。よく使われたのですね。底の刻紋の端が薄くなっています。
少し彫りましょうか」
「お願いいたします」
ヴィーヴ先生は胸ポケットにしまっていたペンを取り出し、キャップを外す。
そのペン先はペンでは無く、彫刻刀のような、婉曲した細い刃先だった。
ポットの上部分を股ではさみ、固定してから、底面にもあった紋様を彫り起こす。
出たクズは丁寧にあつめ、キャップに集めつつ、丁寧に彫る先生。
彫りが薄くなった部分を、周りの彫りの深さに合わせるように掘っていく。
なかなかの職人芸だ。
「できました。使ってみてください」
「では、確認いたします」
先生からポットを受け取ったイザドラさんは、机の上にポットを置き、注ぎ口近くの紋様を触る。
ポットの周りの霊素が、紋様に集まっていく。そして霊素が無くなり、紋様が青と赤でパッと光った。
すると、ちゃぽちゃぽという水の音がポットから響き、ぼこぼこと沸騰する音が響く。
何もないポットの中に水が出現し、お湯が沸いた。
何度も見てるけど、すごい! 本当に本当の、魔法だよ!
質量保存とかエントロピーとか完全無視だよ! 因果律とか崩壊しないのかな!
「問題無いようですね、ありがとうございます」
「いえいえ、お役に立てて何よりです」
「いつも助かっています。それでは、後でお茶をお持ちしますね」
「どうぞお気遣い無く」
イザドラさんがポットを抱え、軽く礼をして部屋を出て行く。
それを見送ってから、私は興奮を抑えきれず、先生に質問する。
『先生、あれ何ですか! 術ですか! 直したって事は先生も作れるんですか!』
『ええい、声が大きい! 勢いありすぎて質問内容が聞こえん!』
意識を強くだすと大きな声に聞こえるらしく、先生は聞こえていない耳を塞ぐ。
強過ぎちゃった、てへ。
『リンカ、あれは術でなくて【刻紋】だよ』
なんとか聞き取れていたお兄様が、質問に答えてくれた。さすおに!
刻む紋様で刻紋なのかな?
『刻紋?』
『刻紋とは、術の発動手順を解析し、精霊語・図形・記号・心象画に起こし、物質に紋様として刻み彫ることで、誰でも術を使えるようにした技術だ』
私のハテナに先生が答えてくれる。なるほどなるほど、術精霊がやっている術のプロセスを刻紋が代わりに実行してくれるのね。
『って誰にでも? ということは先生でも扱えるんですね!』
『そうだ。刻紋は元々、純人種でも術が使えるよう研究されていた技術だからな。
その『精霊に頼らずとも術が使える特性』が、精霊破局後の文明恢復に多大な貢献を果たしたんだ』
なるほど、精霊破局時は霊人種でも術が使えなくなったのね。それは刻紋使わないと文明が復活しないわ。
『すごいですね!』
私は目をキラキラさせて先生を見つめる。
『だろう? それ以来、生活に密着した技術として発展し、刻紋を開発できる純人種の地位向上も果たした』
『うわー、つまり生活魔法!』
『マホウ? なんだそれは』
はっ、ヤバイヤバイ。異世界物の小説だと生活魔法ってよく出るからつい言っちゃった。
『気にしないでください。——ということは、先生も刻紋技術を習得してるんですね!』
話を変えてごまかす私。ただ、その質問にヴィーヴ先生は苦笑し、お兄様が代わりに答える。
『リンカ、先生は刻紋を習得しているではなく、刻紋技術を研究・開発している、刻紋研究者だよ』
『え……歴史研究者だけじゃなくて、刻紋研究者?』
『ああ、俺の歴史研究はライフワークだが、表側は刻紋学研究者として宮廷に招聘されている、刻紋博士だ』
宮廷教師はその片手間だな。片手間はひどいですよ、先生。はっはっは。そんなお兄様と先生の会話が脳をすり抜けていく。
術を解析、研究して誰にでも使える技術、刻紋。
手を伸ばせば、そこに前世にはなかった全く新しい技術体系。
術の力や私の霊素操作系技能じゃない、物理というしがらみを超えた先を研究する学問。
研究者としてかなり尊敬できる(性格は微妙だけど)のに、そんな刻紋学も修めているって、ヴィーヴ先生すごすぎる!
次の瞬間、私は興奮を抑えきれず、叫んでいた。
『ヴィーヴ先生! 私を弟子にしてください!』
「……はぁ?」
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