研究魔と異世界初戦闘


「いやー、よかったよかった見つかって。さあ、姫様、みんなが心配してるから帰ろうねー」


 赤い竜人が間延びした声を出しつつ近寄ってくる。言葉を見るに、私の救出部隊の人のようだ。

 だけど、それはつまり、エンエちゃんの敵って事で。

 助けに来てくれてありがとう、なんだけど、私の計画で非常に邪魔な存在になっちゃてるよ、知らない誰かさん!

 というか、自分を助けに来てくれた人をおじゃま扱いってどうなの?

 攫われた側としては救助を求める立場だけど、今は「へい、私を攫っちゃわない?」という心境なわけで。

 我ながらめちゃくちゃな状況だよ!


『——姫様、本当に、うちの弟や妹を——家族を助けてくれるんですか』


 状況の変化にあたふたしていた私に、エンエちゃんが問いかける。

 そうだ、私は決めたんだ。そして誓ったたんだ。

 この子を、この子の大切な人たちごと、助けるって。

 この決意を揺るがしてはいけない。


『どんなに大変でも、どんなに無謀でも、どんなに道が閉ざされても、絶対助ける』


 私の目と彼女の視線が重なる。果たして、彼女の瞳に私はどう映ったのか、エンエちゃんが霊器なるものを床に置く。


『分かりました。うちも覚悟を決めて——姫様を攫います』


 意思をもった静かな、それでいて熱のある宣誓の声。私は、その声を聞いて静かに頷いた。

 霊器を床に置いて、彼女が立ち上がる。その両手には、いつの間にか黒い紙が握られていた。

 そして、竜人の敵へ向くと同時に腰を低くし、手を前に構えた瞬間、黒い紙が黒い短剣へと姿を変えた。

 えっ、何それすごい! エンエちゃんはいろいろ隠し球多いね! それも術かな?

 後で詳しく教えてほしいなぁ……。おっとシリアスシーンによだれは似合わないよね。


「んー、陰術? それに短剣の構えもなかなかの練達っぷり。——楽しめそうね」


 覚悟を決めたエンエちゃんに対して、赤い槍の人は構えもせず、槍を立てているままだ。

 あれれ、完全に油断しているよね、この人。これは、いけるのでは?

 エンエちゃんには疑似光速まで加速する術がある。

 逃走に便利な技だけど、真価は暗殺。

 音もなく高速移動をして、一撃で葬り、即離脱する。

 しかも高速移動中は光子状態のため、物理攻撃も無効化されるというトンデモ仕様だ。

 さすがに加速中の運動エネルギーは攻撃に乗らないけどね。というか、運動エネルギーが乗ったらやばい。

 質量が増大して肉体に復帰したときに耐えられないだろうし。

 もちろん、暗殺だけでなく、エンゲージした時でも有効だ。

 ……常人には見えない疑似光速って、すっごい初見殺しの技だね。


『相手は油断してるよ! 殺す気でいっちゃえ、エンエちゃん!』


 私は彼女の後押しをするように檄を飛ばす。

 そう、どうせ【神霊樹の加護】持ち同士の戦いなのだ、相手を殺す気で行かないとこちらがやられてしまう。


 【神霊樹の加護】。

 それは霊人種に神霊樹から与えられた、『一日一回、死を免れる』というとんでもない加護のことだ。

 しかも、致命的な攻撃を無効化したあと、登録した霊樹まで身体を転移してくれるというおまけ付き。

 ……なんというか、すごくゲームっぽい仕様だよね。

 ただし、外的要因でしか機能しないので、病気とか毒とかでは発動しない。

 まさしく、『戦闘で命を落とさないための加護』だ。

 この加護が作られたのは英雄時代中期。

 戦力の要である霊人種が命を落とさないために懇願した結果、大精霊と神霊樹から授けられたのがこの加護だ。


 なので、この世界の霊人種同士の戦いは、『相手が加護持ちならは、殺す覚悟で臨むべし』と言われている。

 本からの受け売りだけどね。


 なんにせよ、異世界初の戦闘が見られるのだ。

 私はその様子を見逃さないよう注視する。

 例え彼女が一撃必殺で勝つとしても、だ。


『幻影、狭地』


 エンエちゃんが光の理術で幻影を作り、幻影の影で疑似光速化の技を発動する。


 瞬間、金属同士が激しくぶつかり合う音が、倉庫内に響いた。


 えっ、と私は竜人さんのほうを見る。


 エンエちゃんの短剣が、突っ立てられた赤い槍に防がれていた。


「へー、陰の精霊だけじゃなく、光の精霊とも契約してるとは驚いたよー」


 しかも、防がれ方が尋常じゃない。黒い短剣が、エンエちゃんの全力が当たったというのに、槍が全く微動だにしていない。

 槍に添えられているのは、ただの片手。それも優しく撫でるような持ち方だ。

 それなのに、その槍は地下数十メートルから生えているオベリスクのような存在感があった。


「才能は十分。ただ、殺気を殺すのが下手すぎ? そんなんじゃ、私の鼻をごまかせないよー」


 あのなぜ防げたのだろう、と私は少し考え、『鼻』と言う言葉にそうか! と私は気づいた。

 相手は霊人種、エンエちゃんが過去視という徴術を持っているように、相手も徴術を持っている。

 しかも、戦闘に利用できる徴術を——!


 エンエちゃんが相手の間合いから離脱し、短剣を逆手に構える。


「さて、と。じゃあ、こちらから行くわよ」


 そこから、機関銃のような息を吐かせないほどの槍撃が始まった。



  *・*・*



 どうしようどうしようどうしよう!


 槍の人が攻勢に入ってから、エンエちゃんはその槍を短剣でしのぐことしか出来ていない。

 一撃一撃が必殺の威力で、それをミリ秒単位で放ってくる相手。

 逆によくしのげてるよね? すごいなエンエちゃん。

 って感心してる場合じゃないよ!


 私は【武術】について勘違いしていた。

 武術は先人の武技を術精霊を通じて技の継承をする、術精霊を技のアーカイブとして利用することが起源の術。

 私はこれを知って、「へー、空手家養成ビデオみたいなものかな」と思っていたけど、実際は違う。

 術は霊素を消費して様々な事象を起こすことを指すけど、この事象を肉体や武装に特化・最適化したものが、武術。

 つまり、武術は、近接格闘術と魔法術を高度な次元で組み合わせた、いわゆる魔法戦士になるための術なのだ。

 肉体の最適化・強化、技を行う際に発生する物理現象の統制、霊素を使用した技の拡大化。


 霊人種でしか到達できない武の極限、それが武術。


 そんな常識外の戦闘が、目の前で行われている。


 ……明らかに慣性の法則を無視して攻撃モーション入ってるよね?

 現実世界で格闘ゲームの技キャンを見るとは思わなかったよ!


 いやいや、おかしい速度で突きを連続で放ってない? ほぼ同時に二突き?

 あ、霊素でもう一突き作ってた? よく見えるね、むーちゃん。解説されても意味が分からないけど。

 しかもそれを防いだエンエちゃんもエンエちゃんだよ!


 人外魔境かここは!


「あははは、君、いい芽だね! どう? 今からでも槍術を習わない?

 私の弟子にしてあげるよ!」

「……槍は、長いからだめ」

「そっかー長いからだめかー、残念ッ」


 明らかに腰が入った、今までよりも強力な突きを放たれる。

 エンエちゃんは二つの短剣で防ぎきるも、黒い短剣は崩れ、霧散してしまう。

 すぐ様黒い紙が袖から出て、黒い短剣が出現。

 再び構えるけど、エンエちゃんの息がだんだんと上がってきたのが分かる。

 じり貧という言葉がふさわしい状況だ。しかも竜人さんはおしゃべりなのか、ずっと会話する余裕っぷり。

 相手に手を抜かれているという、圧倒的不利な状況。


 なにか、なにか逆転の一手を……! プリーズ!


 その時、私の視界に黄緑色の光を放つ丸いモノが見えた。

 エンエちゃんが持っていた、通信用の霊器だ。

 そうか、これを使えば拉致関係者に連絡が取れる!

 そうすれば、増援を呼ぶことができるかも!

 ん? 拉致対象が実行組織に連絡を取るのっておかしくない?

 ……もう細かいことは気にしないでおこっと。

 私は嬉々とエレメンタルハンドでそれを掴み、ねじり蓋を閉めた。

 黄緑色の光が強くなり、『声』が聞こえた。


「やっと繋がった。こちら宿り木、状況説明を」


 よし、なんか目論見通りの人と通信できた! 相手は、声変わり前の少年っぽい?

 ともかく、繋がったのだ。こっちの状況をエンエちゃんの代わりに……ん? 声?


「あうあ!(しまった!)」


 うん、私、赤ちゃん言葉しかだせないです。

 しかもエレメンタル糸電話に頼り切って、あまり喋らなかったせいか、発声がうまくいかないよ!

 どうしよう!


「赤子の声……? そして金属音? くっ、交戦中か!」


 どう伝えたモノかと悩んでいたら、少年は霊器から聞こえる音で状況を理解してくれたようだ。

 宿り木さんもなかなか頭の回りが早い。


「宿り木は門の前で待つ、その場から即刻待避せよ!

 退避が難しい場合は、対象を置いてもかまわない!

 これは院長命令である! 帰還が最優先だ! 交信終了!」


 少年が院長からの命令を伝え、音声が途絶えた。

 霊器は光を失い、ウンともスンとも言わなくなる。


 えっ、それだけ? 増援とか期待してた私はどうしたらいいの!


「帰還を優先とか仲間思いだね! 好きだよそういうの!

 ——でもね、君は帰さないよ」


 槍の人が一旦距離を取り、そして軽く飛び上がる。


「千棘天襲、加手竜鼻くわえてりゅうび


 武術の賜物か、滞空時間がおかしい彼女の周りに顕れる、無数の黒槍。


「安心して、急所は外してあげる。『一投』」


 エンエちゃんに、黒い槍が殺到した。


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