果ての三勇士・後編


 いや、攫われた側に問い詰めても仕方ないだろう。

 やらかすのがいつもあいつだから、つい攻めてしまった。

 すまん、リンカ。心の中で謝っておこう。


 とりあえず、この混乱を鎮めるためにまずは情報を整理しなければ。

 聞けば、リンカは謎の少女に攫われた。その後、間を置かずに数名の暴徒が首都カティアに出現。破壊活動を行っているらしい。

 明らかな陽動だろうが、木国軍はなにをしているんだ?

 しかし、たまたまシェルの目の前にリンカと少女が現れたから発覚したものの、それが無ければ手遅れだったに違いない。


「私が姫様を独りにしたばかりに……」


 やばい、イザドラさんが責任を感じすぎて機能していない! 混乱の原因はこれか!


「これでは、精霊破局の二の舞になってしまいます」


 ん? なぜここで精霊破局の話が出てくるんだ?


「そ、それ以上言ってはダメだ!」

「も、申し訳ありません、陛下!」


 陛下が慌てた声でその言葉を制し、イザドラさんが即座に謝罪する。


「陛下、なぜ精霊破局の話が出るのですか」


 俺はすかさず疑問を口にした。陛下は苦虫を噛みしめた顔で俺を見ている。相変わらず顔に出る人だ。


「ヴィーヴ様なら、調べ上げてしまう恐れがあるかと」


 イザドラさんが険しい顔で、陛下に言葉を繋ぐ。ああ、自らの失言を悔やむ顔だな、これは。


「そうだな……。いいか、ヴィーヴ、他言は無用だ」

「……はい」


 いつになく真剣な顔のリーヴェス陛下の言葉に、俺も疑問符頭を冷やして頷く。

 陛下が俺の耳に手をあて、耳元でささやく。


「精霊破局の時、その混乱に乗じて、当時のシャドラ王家第二王子が攫われて行方不明となった事件があったのだ」


 冷やした頭に熱せられた石が放り込まれた。

 その石が冷め切るまで、少し時が経ち、


「はぁ?!」


 俺は素っ頓狂に声を上げてしまった。そしてすぐ、手で口を押さえた。

 なんだその歴史の裏の中の隠し倉庫の隅の隅の宝箱の中に隠して鍵さえなくしておきたかったような内容は!

 だめだ、混乱しすぎて文章表現がおかしくなっているぞ。おちつけ、俺。


「事実、ですか」

「そうだ」

「しかし、家系図には」

「攫われた王子は生後間もなかったから、記載されていない」

「ああ、【神霊樹の加護】を受けていなかったと」


 王家の家系図に名が記載されるのは、神霊樹の加護を受けられる満一輪からだ。

 出生してから一年間の死亡率が高かった昔の名残なのだが、それで家系図にもなかったのか。

 なんというか、他王家より健全だと思っていたシャドラ王家の闇を垣間見た気がするぞ。


「それ以来、【育手】の汚点となっていてな……イザドラがああなるのも分かるだろ?」

「ええ……」


 【育手】とは王家の子を【王の選別門】を通るにふさわしい王に育てる、特殊な傍系のことだ。

 木国では、イザドラさん一族を指す。なるほど、イザドラさんが責任を感じて機能していない原因はこれか!

 つーか、そんな重大事件を歴史学者に教えないで頂きたい!

 墓まで持って行くべき内容じゃないか! 生殺しにもほどがあるだろう!

 ……ちょっと待て。これは国家機密では?


「陛下……本格的に俺を囲い込みましたね」


 意図を察した俺は、陛下を軽く睨む。


「そんなことより、拉致が発覚した状況を教えてくれ」


 ちっ、話をずらしたな! まあそれは追々追求するとしよう。


 その後、シェルから詳細を聞いた俺たちは、犯人の幼さに驚きつつも事件の概要をまとめていく。

 一瞬で移動する術を使うだと? どんな術だ! 犯人もなかなか常識の域を超えてるぞ!

 いろいろと突っ込みたいが、淡々と整理するしかない。

 この国の頭脳系最高峰が集まっているこの場だ。シェルの情報の正確さもあり、犯人の行動予測が構築されていく。


「面倒なことしてるねー」


 というところで、トゥーワから声が上がった。

 シェルは誰?と顔を傾げる。

 そりゃそうだ。

 お前が生まれたとき以来、この槍バカはここに来てないからな。


「面倒って、情報整理しないと何処か分からないだろうが」

「あたしの鼻ならすぐだし」

「……それがあったか」

「おいおーい、ヴィーヴくんさぁ、大分平和ボケしてんじゃないー?」

「元から頭を働かせてないお前に言われるとめっちゃむかつく」

「ひどいなー、筋力だけじゃ師範代になれないよ?」

「槍についての割り当てが大きすぎるんだよ! 他のことにも頭を使え!」


 そうだ、こいつの鼻があれば、あいつの捜索に関して何の問題は無い。

 問題はないんだが……問題はこいつの足に着いてこれるヤツはいないってことだ。


「トゥーワよ、会ってもいないのに娘の匂いがわかるのか?」

「ヴィーヴくんから匂ってたからほぼ確実に」

「ではリンカの捜索を頼む」

「追跡班を編成してからでは……」

「いや、速さ優先だ。犯人は身代金などの下賎ば目的ではない。

 おそらく、娘の確保が目的だろう。となると、早急にこの国から離れたいはずだ。

 ここでの最善手は、最速の手でリンカを確保しなれればならない。

 それを実現できるのは、現状、トゥーワの鼻と足での捜索だろう」


 俺はその判断にぐうの音も出なかった。

 さすが、王の選別門から【叡智の王】と告げられた陛下だ。

 得られた情報から判断を組み立てる速さは陛下の十八番だ。

 果てへの旅の中、これで何度助かったかわからない。

 

「承知しました。トゥーワ、頼むぞ」

「はいよ、護衛対象がいなきゃ仕事ないもんね、頑張るよー。ついでに暴れてるヤツも倒していい?」

「別にいいが、最優先は姫様の確保だ!

 あと、決して殺すんじゃないぞ! 【加護】で何処の街に戻るか分からん! 生きて捕らえろ!」

「わかってるよー。じゃ、行ってきます!」


 槍を背に付け、霊素を筋力強化に使って加速、一陣の風となって城内を出て行くトゥーワ。

 あいつの仕事に関して、俺はは文句を一度も言ったことがない。

 鼻も槍も持っているあいつに敵う戦士はそれほどいないだろう。

 しかし、何故か胸がざわついた。


「トゥーワの動向は彼女に追いつく範囲でいい、随時報告を」


 陛下がぱんぱん、と手を叩き、周りに指示を出していく。

 混乱していた王城の面々も冷静さを取り戻し、思い出したかのように自分の役割に戻っていく。


「ヴィーヴ、アファト。二人は街で暴れている徒を抑えるため、出撃の準備を頼む」

「承知しました」

「陛下、俺は武官では……」

「この状況で言ってる場合か。

 国軍で対応できないほどの者となると、確実に『枝の外』が絡んだ熟達者だ。

 今、この国で即座に対応出来るのは『果ての三勇士』である『碧鱗の術師』と『禁紋使い』であるお前達だけ。

 頼りにしているぞ」

「……御意のままに」


 徐々に大きくなるざわつきを抑えながら、俺は陛下の出撃要請を受けるのだった。

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