果ての三勇士・前編


 王竜会議が終わった。


 ほっと息を吐きつつ、俺——ヴィーヴ・ガーガリルはシャドラ城へと戻る一団へと歩を進める。

 一日ぶりの木国への帰還だ。早く見慣れた場所に帰りたい。

 セツカ様に拉致られ……連れられてから、木国は第二の故郷といっていいだろう。

 しかも、今は目を離せない弟子もいる。


——おかしいな、一気に不安になってきたぞ? たった一日なのにか?


 あいつが開発していた『エレメンタルアイ』なる術、あれはすごかった。

 他人の視界や視覚記憶を共有できるという、実用化されれば国家転覆を狙えるレベルの術。

 そんなモノを『できちゃいました』なんて軽く話してくるあいつの頭の中こそ覗いてみたい。

 そういえば、『エレメンタルイトデンワ』もあいつの設定次第で心の声を聴けるんだったか。

 一方通行ってするいよな?


 ……おっと、話が明後日の方向へ行きかけた。


 俺は重要課題を王竜会議に奏上するために、ここ、神霊樹の間に来ていた。

 重要課題、それはいわずもがな、三連型刻紋についてだ。

 俺が研究を進めた結果、やはりというか、三連型刻紋はこの世界のパワーバランスを壊しかねない刻紋だった。

 なにせ、術図を知っている者が霊人種の術レベル以上を行使できるようになるのだ。

 もちろん、制約は存在するし、術の上位互換とはならないが、『だれでも』というのは世界を揺るがしかねない。

 俺が開発した戦闘用刻紋書に三連型を組み込んで実演した時の、王達の呆けた顔は忘れられない。


「禁紋使いが手に負えないレベルになったぞ」

「ちょっと、リー、今からでも彼をくれない?」

「やですよ!」

「もうやだ早く帰りたい」

「複雑な刻紋用に大判の石紙を作る必要があるな」

「あ、あの刻紋の起源ってもしやあの術……? 今までの効力が弱すぎて分からなかった……」


 王達の言葉は聞かなかったことにしよう。

 そして、三連型刻紋は木国内へ封印指定となった。

 わかりやすく言えば、木国内でのみ三連型の研究が許された格好だ。

 異例なほど優遇された即決に、さすがに戸惑う。

 この提案をしたのは樹守の竜だった。王達はそれに頷いただけだった。


「叡智を持つ人の子よ、その弟子と共に、世界のため邁進せよ。

——変化無き世界は腐るのみだ。我は今代の王達と、民達に期待する」


 樹守の竜からの御言葉を貰い、俺が無理矢理ねじ込んだ議題が終わったと同時に、今年の王竜会議は幕を閉じた。

 終わったときの王達の安堵した顔が忘れられない。


 樹守の竜も歴史の生き証人だったことも思い出したが、あの場で質問出来る胆力はない。

 王竜会議が終わってから始まる大移動。なにせ一節半ほどここにいたのだ。移動する物資も人も桁が違う。

 俺は早く木国に帰るために、王と同じ一団で移動することとなった。

 そして、神霊樹内部にある扉の前で、一団とともに王が到着するのを待っていた。


「やあ、ヴィーヴ」

「アファトか」


 木国宮廷術師筆頭兼医大臣であるアファトが俺を見上げて声をかけてくる。

 霊人種蛇人族では珍しい、額と両腕にある青い鱗に青い髪の、少年と間違えられてもおかしくない背格好の同僚だ。

 ちなみに、当人の前でこいつの背について話してはいけないというのは、宮廷内での暗黙のルールとなっている。

 本人は気にしていないらしいが、彼が苦笑している姿を見ていると、話していた側がつらい気分になるからだそうだ。


「しかし、君が奏上するとは驚いたよ」

「あんなのを見つけてしまったからには報告するしかないだろう」

「そうだね。僕もびっくりしたよ。

 ところで、果ての三勇士が一人、禁紋使いのガーガリルが新たな境地に至った、ってもうすでに噂になってるよ?」

「やめてくれ……お前も碧鱗の術師って言うぞ」

「あはは、僕は身体特徴だからあまりダメージないよ」

「ちっ」


 果ての三勇士。それはセツカ様に世界の果てまで拉致られ……連れられた王族以外の三名を指す言葉だ。

 そのうちの一人は俺、【禁紋使い】。不本意だ。俺の手で歴史の闇に葬り去りたい。

 もう一人が、【碧鱗の術師】がアファト・べルシ。別名は可哀想だから言わない。


「なになにー楽しそうに話してるじゃん。混ぜてよー」


 そして、最後の一人が、【竜犬の赤槍】トゥーワ・エイカ。

 槍一本と道着のみで【果ての魔獣】とやり合った歴戦の槍使いであり——


「やっと同じ所で働けるんだからさ!」


 先ほど、俺たちの同僚になった、リンカの護衛筆頭(予定)だ。

 どうしてこうなった。

 俺はアファトを背中から抱きつき、胸を彼の頭に乗せながらニコニコと笑う赤角赤髪の竜人を見て溜め息をついた。


「アファ兄、ヴィーヴくんがこっちを見て溜め息ついた!

 昔、トゥー姉って言ってた純粋なヴィーヴくんはどこに行ったの?」

「一回も言ったことないからな?」

「そうだっけ。昔のことは忘れたなー」

「こいつ……」

「ヴィーヴくん、怖い顔してるよ? 笑え笑え〜!」


 あはははと屈託ない笑顔のトゥーワ。本当に年上がどうか疑いたくなるほどの天真爛漫さだ。

 あいつと良い勝負だな……。こいつも武術バカだし、似通った部分があるかもしれない。


「トゥーワ、胸が重い……」

「あっ、ごめんごめん」


 ぱっとトゥーワがアファトから手を離す。

 解放されたアファトが頭を振るう。


「トゥーワは相変わらずだね。

 そういえば、噂で聞いたけど、白竜槍術の師範代になったんだって?」

「さすがアファ兄、情報が早い。あたしがんばりました。ほめて?」

「えらいえらい」

「師範代になったのか、それはめでたいな……って、よく木国に来ることが許されたな?」


 確か白竜槍術は竜国の国家武術であり、その師範代となると国外に出ることも難しいはずだ。


「うん。あたしもびっくりしちゃったよ。エイカ王の要請だしね」

「……は? 竜国王の要請だって?」

「よっぽど私が護衛に付く姫様が重要なんだろうねぇ」


 国家レベルでなく、世界レベルで、と言葉を続けるトゥーワ。

 そのわりには緊張感無いな。こいつにそんなのがあったら槍が降るか。

 しかし、遠縁とはいえ王名を持つトゥーワをリンカの護衛につけるとは、王達は一体なにを考えているのだろう。


「ふふ、トゥーワもリンカティア姫殿下にあえば分かると思うよ」

「へぇ。確かに、姫様の匂いにはすごい力を感じるけど」

「何? もう匂いがわかるのか?」

「ヴィーヴくんから知らない匂い。リー様とセツカ様に似てる匂い」

「……さすがだな」

「いい鼻持ってるからね!」


 自慢気にトゥーワは自分の鼻を指す。

 彼女の徴術、【竜の鼻】は生命の存在を匂いで感知できると言う術だ。

 匂いで感知できるのは、生命の存在位置だけでなく、生命の感情その他諸々の機微も含むらしい。

 この鼻は、果てへの旅で幾度となく俺たちを助けてくれた。

 トゥーワ自身より信頼できるかもしれないな、竜の鼻。


「ヴィーヴくん、失礼なこと考えてるでしょ」

「そんなことないぞ」

「嘘はいけないなぁ、匂いが揺らいでるよ」


 ……こんな風に嘘も見抜く、信頼できる徴術だ。


「さて、じゃれるのはこれくらいにしようか。僕はそろそろ【門】を開かないといけないし。ほら、陛下が来た」


 アファトが視線を後ろに向ける。陛下が側勤めと共に近くまで来ていた。

 憔悴しきった顔の陛下。明らかに王竜会議前よりやつれている。


「早く帰ってリンカを見たい」

「……重傷ですね」

「ほぼ二節だぞ? 拷問か、これは」

「陛下、まだ神霊樹ですよ」


 俺は目を伏せる。王というのは想像以上に大変そうだ。


「……アファト、早く門を開けてくれ」

「承知しました」


 アファトは苦笑しつつ、扉を開ける。

 その部屋には、一本の霊樹があった。

 通常の霊樹と違うのは、霊樹を縦に割るような空洞があること。

 【門樹】と呼ばれるそれは、場所と場所を繋げる門を作ることに特化した霊樹だ。

 アファトが門樹に手を置き、霊培術を行使する。

 すると、門樹が縦に裂け、横に開き、虹色の壁がある門を形成する。


「用意ができました」


 無事に木国に繋がったようだ。俺たちは門樹をまたぎ、木国へと帰還した。



  *・*・*



 帰還した俺たちを待っていたのは、阿鼻叫喚だった。

 右往左往する側勤めたち、交錯する報告、おろおろする王妃、王城は混乱していた。

 そして、俺たちはすぐにこの混乱の原因を知ることになる。


「はぁ?! リンカが攫われただと?!」


 一日空けただけだぞ! 何やってんだあの研究バカ!

 って、倒れないでください、陛下! ここで倒れるとまとめ役がいなくなる!

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